第21話 閑話


 「店主さんっ! 明けましておめでとうございます!」


 「え~っと、あけおめ」


 「はい、明けましておめでとう御座います。 今年もよろしくお願いしますね、二人共」


 “語り部 結”の玄関に、妹の元気な声が響き渡った。

 対するはいつも通りの恰好でニコニコしている店主。

 こういう時くらいもう少し良い恰好に着替えれば良いのに。


 「あら、二人共いらっしゃい。 明けましておめでとうございます」


 「あっ、雪奈さん。 明けましておめでとうございます」


 「何故雪ちゃんの方には丁寧な挨拶なんだ……」


 新年早々何故職場に顔を出しているのかといえば、単純明快呼ばれたから。

 正月は特に予定なしと伝えたら、店の手伝い兼おせちでも作ってくれなんて言われてしまった。

 仕事だから別に良いんだけどさ、正月にキッチン使っちゃって良いのかと。

 まあ、今どきはそんな事気にしないか……いやこの店の場合は気にした方が良いのでは?

 などと考えながら実家に顔を出したら、妹も付いて来てしまったという訳だ。


 「それじゃ台所借りるね。 お節って結構好み別れるけど、何か嫌いな物とかある?」


 「俺は特にないよー、雪ちゃんと幸も好き嫌いないはず」


 「あいよ、んじゃ作って来るから」


 それだけ言って、勝手知ったる人の家とばかりに台所に直行。

 付いてくるのは先輩である雪奈さんと、妹の零。


「零? 幸太郎の所で遊んでても良いよ?」


 妹は随分と店主の事が気に入っている様子だったので、迷わずそちらに付いて行くと思っていたのだが。

 ここへ来ると聞いた時だって「店主さんの所行くの!? 私も行く!」みたいに付いて来たし。

 そんな風に思っていると、零は驚いたように眼を見開いていた。


 「ううん、お手伝いする。 というかお姉ちゃん、店主さんの事呼び捨てにしてるの? 職場の上司なんだから、あんまりそういうの良くないと思うんだけど……せめて、さん付けとかさ」


 物凄いド正論を小学生の妹からぶつけられてしまった。

 思わずウッと唸り声を上げてしまうが、コレには訳が有るのだ。

 以前「お前からちゃん付けとかされると気持ち悪い」って言ったら、「じゃぁ俺の事も呼び捨てにしてね? 片方だけ呼び捨てだと、何か偉そうだし」とかいう謎理論の元、呼び捨てが決定しているのだ。

 そもそも身から出た錆な訳だが、確かに妹の言う通りなんだよな。


 「し、仕事中はちゃんとしてるから……」


 「今も一応仕事中じゃないの? お手伝いの時も、自給発生してるんでしょ?」


 「うぐっ! た、確かにそうだけど……」


 「そもそも客前では店主さんの事何て呼んでるの? お姉ちゃん」


 「……店主様」


 「……プッ」


 「おい」


 物凄く掌の上で踊らされている感が酷い。

 小学生にココまで揺さぶられる私って一体……。

 そんな私達の様子を楽しそうに見ていた雪奈さんが、やっとの事救いの手を差し伸べてくれた。


 「零ちゃん、お姉ちゃんで遊ぶのはその辺りにして料理作っちゃいましょう? それに、呼び捨ては主様も望んでいる事ですから」


 「はーい」


 オイ。

 お姉ちゃんで遊ぶってなんだ、聞き捨てならないぞ。

 ジトッとした眼差しを二人に送ってみるものの、全く効果は発揮されず着々と準備を始める二人。

 悲しい、新年早々妹と先輩に遊ばれてる。


 『おい娘』


 「ん? 幸? どこ?」


 急にもう一人……一匹? の住人の声が響いたが、その姿が見えない。

 普段なら料理を始めれば大体足元をうろついてるのに。


 『どいつもコイツも正月だからと浮かれおって……我は魚を所望する』


 「うん、まぁ魚は良いんだけど。 何が食べたい? ていうかどこに居るのよ幸」


 キョロキョロと見回してみるが、相変わらず幸の姿が見つけられない。

 まさか霊体とかになってその辺りフヨフヨしてる感じ? そんな事出来たっけあの猫。


 『……鯛』


 「随分とおめでたいチョイスだね」


 浮かれおって、とか言ってのに。

 完全にお正月漫喫するつもりじゃないか? この猫。


 『もしくは伊勢海老……』


 「オイ」


 やっと声の出所が判明し、扉を開け放ってみれば。


 「……オイ、幸」


 そこには、何と言えばいいのだろう……土佐犬?

 あのおめでたい装飾を施したヤツ。

 そんな恰好をした黒猫が鎮座していた。


 『望んでこうなった訳では無い……太郎の奴が……』


 「あぁうん、もう何も言うな」


 そっと視線を逸らし、静かに調理を始めるのであった。


 ――――


 「では改めまして、皆さま今年もよろしくお願いします」


 幸太郎の簡単な挨拶と同時に、各々が頭を下げて言葉を返していく。

 そして机の上に並んだ数々のお節、は良いのだが。


 「何で本当に鯛と伊勢海老があんのよ……」


 結果、ソレも調理することになった。

 お節自体は殆ど作って来た物だったので、皿に並べるだけだった。

 お雑煮くらいはと、ココの台所で作った訳だが……こいつ等のせいで余計に時間が掛かってしまった。


 「アパートの大家さんが、結構色んな所から物を頂く交友関係の広い人でね。 その御裾分け」


 「それでも普通鯛とか伊勢海老とか送られてこないでしょ……何その金持ち交友関係」


 「あははは、とにかく“運”が強い人だからねぇ」


 そんな説明になっているのかどうかも怪しい説明を受けてから、各々箸を進めていく。

 せっかくだからと、まずは鯛のお刺身頂く。

 捌いたの私だけど。

 とはいえまあ、口に運んだ刺身は非常に美味。

 貧乏学生という事もあって、普段お寿司やお刺身なんて食べないけど。

 脂がのっている、というのはこういう事を言うのだろう。

 非常にまろやか、普段調理している魚とは違ったお高い味がする。

もしかして、鯛初めて食べたかも。


 そして次に伊勢海老。

 見た目的な意味で殻が付いたままデンッ! と塩ゆでで大皿に盛ってみた訳だが。

 凄い、存在感が凄い。

 最初に手を付けても良いのかな? なんて思って店主の方を見てみれば、「早く早く」とばかりに期待の眼差しを向けて来ていた。

 あぁ、取り分けろという事だろうか。

 私だってこんな物慣れている訳じゃないんだ、身が崩れても文句言うなよ?


 「ハサミ入れちゃうよ? かぶりつきたかったら各々ご自由に」


 「お姉ちゃん、私も食べ方分かんないから切り分けて欲しいです」


 「了~解、ちょっと待ってね?」


 「もうこの際全て開いてしまいましょうか、私もお手伝いしますね」


 「あ、すんません雪奈さん」


 「いえいえ」


 そんなこんなで、ハサミとカニスプーンを使って食べられる状態になっていく伊勢海老。

 にしても数が多いな、本当に幸太郎のアパートの大家さんって何者?

 未だ晴れぬ疑問を抱きながら、各自の前に待ちに待った海老が置かれていく。

 最後に自分の分を取り分けて、さていただきます。

 と行こうとしたら、幸が膝の上に飛び乗って来た。


 「なに?」


 『……おかわり』


 「海老? 鯛?」


 『両方』


 「あいあい」


 随分と馴染んでくれたのは嬉しいが、なんか飯番になってないか私。

 そんな事を思いながらも、和気あいあいと食事は進んでいく。

 お節くらいなら安くても手間を掛ければそれなりの物が食べられるが、ここまで豪華な正月料理を食べたのは多分生まれて初めてだろう。

 私、この店でバイトしてて良かった……。

 なんて噛みしめてしまう程、海老も鯛も美味しかった。

 お節はまあ普通。

私が作った物だし、それくらいの感想しか浮かんでこないが。


 「ご馳走様、美鈴は何でも作れるね。 凄く美味しかった」


 手を合わせながら、幸太郎がそんな言葉を口にする。


 「別に、大したモノ作った訳じゃねぇし。 鯛と伊勢海老なんか出されたら、私の作った料理なんか大した事ないだろ」


 「いやいや、お節もお雑煮も凄く美味しかった。 正月料理ってあんまり好きじゃなかったんだけど、今年は本当にご馳走って感じだったよ」


 「なら……まぁいいけどさ」


 満面の笑みで答えてくる幸太郎から視線を逸らせば、そこにはニヤけ面の妹が。

 なんだ、なんだその顔は。


 「お姉ちゃん、嬉しそうだね?」


 「う、うるさいっ」


 なんやかんやありつつも、新年早々としては悪くない過ごし方だと思う。

 予想外に高級な物まで食べられたし、もうこのまま寝正月に突入しても良いんじゃないだろうか。

 そんな事を考えながらも、食器を片そうと立ち上がってみれば。


 「では、片付けが済んだら始めますか」


 急に、幸太郎がそんな事を言い始めた。

 始める? 何を?

 正月にやる事って何だっけ。

 あいさつ回りとか?

 もしくはココ特有の儀式みたいなモノがあるのだろうか。


 「どっか出掛けるの? それとも仕事が入ってるとか?」


 取りあえず聞いてみたが、相手には不思議そうな顔を返されてしまった。

 何だよ、私が常識知らずみたいな空気になるだろ、止めろよ。


 「何って、麻雀」


 「まーじゃん?」


 「うん、麻雀」


 コイツは、本当に何を言っているのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る