第14話 姉妹


 「で? 何か言ったらどうなんだ? あぁ!?」


 やけに喧嘩腰の少女はズカズカと室内に上がり込み、そのままの勢いで俺の襟元を掴み上げた。

 うーむ……まさかこんな歳になって、女子高生に喧嘩を売られるとは思わなかった。


 「お姉ちゃん! 本当に勘違いだから! お願いだから止めて!?」


 その腕に必死にしがみ付く零ちゃん。

 半泣き状態で止めてくれるのは嬉しいのだが、多分それ逆効果だから。

 などと思っている内に、胸倉を掴んでいる少女の顔はみるみる内に激高していく。

 あぁ、やっぱり。

 これは一発殴られておこうかなぁ……なんて考えていたら、彼女の背後で二体の“怪異”がスッと立ち上がった。

 不味い、コレ殴られたらアカンやつだ。


 「えぇっと、とりあえず落ち着いて話しませんか? どうやら誤解もあるようですから。 それに彼女から頂いた料金、何なら返しますよ? 私も幼女からお金を頂くというのは、些か抵抗があったもので」


 「あぁ? むしり取った金返せば終わるとか思ってんじゃ――」


 「それだけは絶対に駄目です! むしろ足りないんですから、ちゃんと受け取ってください!」


 宥めようとした矢先、片方は更に激高し、もう片方は言葉を遮ってまで返金を拒否してきた。

 あぁもう、コレどうしよ。

 とかなんとかやっている内に、背後から更に迫る妖怪たち。

 コレもうアレだ。

 穏便に済ませるとか、そういう考えは無しにしよう。


 「とりあえず、二人共座って。幸、雪ちゃん。止めなさい、それ以上の接近は許さないよ?」


 眼を細めてピシャリと言い放てば、背後の二体はともかく……何故か目の前の二人まで目を見開いて固まってしまった。

 なんで?


 「へぇ……おっさん、そっちが“素”か? ふぅん……?」


 ニヤリと口元を歪める少女は、楽しそうに笑う。

 あくまでも黒い笑みという意味で、だったが。


 「まぁ、ソレはともかく。お話を伺いましょうか?」


 やけに好戦的な彼女に対して苦笑いを浮かべながらも、机の向かいへと促していく。

 ココは話を聴く、語るお店であって殴り合う為の場所じゃない。

 些か極端な除霊方法を取っている為、一概に違うとも言い切れないのが悲しい所ではあるのだが……まあ、それは今どうでも良いか。


 「さて、そんじゃ聞かせてもらおうか。おっさんの言い訳を」


 ドカッと向かいの座布団に腰を下ろし、片膝を立てる少女。

 その隣では零ちゃんがひたすらに頭を下げ続けている。

 ここはそういう事を語る店ではないんだけどなぁ……なんて、困ったように笑いながら。


 「どうでもいいですけど、パンツ見えてますよ?」


 次の瞬間、色んな方向から鉄拳が飛んできたのであった。


 ――――


 彼女の名前は神庭治 美鈴かんばじ みれい

 神庭治 零の義姉に当たり、関係は良好……らしい。

 親の再婚の連れ子同士。

 最初こそ距離はあったものの、割とすぐに打ち解けたそうだ。

 だがしかし、問題が起きた。

 神庭治 零に憑いた“執着霊”とも呼べるソレが、家庭内を引っ掻き回したのだ。

 目に見える形で、しかも零ちゃんを中心として猛威を振るうかの如く。

 その結果家庭内には大きな溝が出来たと言う。

 再婚相手の母親は怯え、父親ですら距離を取るような接し方になったらしい。

 まあそれも仕方がない。

 なんたって過激なポルターガイストが起き続けていたらしいのだから。

 母親が彼女に声を掛ければ周囲で大きな音が鳴り響き。

 スキンシップなんてしようものなら、食器が割れるどころか、食器棚までひっくり返したらしい。

 それはそれは、好き放題暴れていたようだ。

 そりゃ確かに驚くし、恐怖心さえ植え付けられるだろう。

 そんな訳で、今の家庭環境は冷え切っている状態。

 との事だ。


 まあそうは言っても、もう祓っちゃったから何も起きないんですけどね。

 なんて言った所で信じてもらえないのは明白なので話を続けるが、彼女……姉の方は現在一人暮らしをしているらしい。

 高校生にしては珍しいとは思うが、やはりそこも零ちゃんの影響によるものだった。

 ある日、妹を構った姉に対して“霊”が過剰反応を起こした。

 頭に物が当たる、家財の下敷きになるなどして大怪我。

 それこそ入院騒ぎにまでなったらしい。

 だからこそ両親は姉と妹に距離を置かせ、両者成人するまでは穏やかに……なんて思ったらしいのだが。

 結果は見ての通り。

 姉は自分が捨てられたのだと思い、グレた。

 しかし可愛い妹を恨む気にもなれず、度々こうして顔を合わせているらしいが。


 「いまいち信用ならねぇなぁ……なんなんだよお前」


 そう声を上げるのは、姉の方。

 彼女自身零ちゃんの事を気に入り、随分と構い倒していたような話なのだが……。


 「私の事はともかく、お話の続きを――」


 「喋り方が気に食わない。なんだその無理してお上品に喋ってるって雰囲気は。せめて普通に喋れよ」


 ふむ、中々人の本質を見る眼はあるのか。

 俺の“商売用”の喋り方が気に食わないらしい。

 とはいえ些か言葉が攻撃的過ぎたのか、俺の背後でゆっくりと雪ちゃんが立ち上がったりしている訳だが。


 「雪ちゃん? 止めな。悪かったね、美鈴ちゃん。君相手には俺も普通に喋る事にしよう。これでいいかい?」


 「まだなんか引っかかるけど……まぁいいや」


 ほぉ、中々面白い反応だ。

 確かにまだ一人称を変えたくらいで、普段の適当な喋り方には戻していない。

 それでも彼女は“引っかかる”と表現したのだ。

 コレはもしかしたら。


 「美鈴ちゃん君、人の嘘に敏感だったりしない?」


 「あ? んーまぁそうかも? 雰囲気や仕草がどうとかっていうより……何ていうの? 空気がウザくなるんだよ。って言っても、理解された事なんかないけどさ」


 人の嘘を見抜く能力。

 それは割とありふれた、というより普通の人間でも会得できるような能力だ。

 相手を調べ、特徴を覚え、尚且つ“そういう知識”を聞きかじった初心者にさえ使える技法。

 嘘を付く時には髪の毛を弄る、瞼や顎を擦る癖があるなど。

 一見分かりやすく思えても、慣れていないと日常の仕草から見抜くのは結構難しい。

 要は人の“癖”を見抜く観察力というのが一般的だが、彼女の場合は少し毛色が違うようだ。

 まぁどれも聞きかじった知識であり、俺は専門家という訳では無いのだが。


 「美鈴ちゃん、ちょっとテストしてみてもいい?」


 「その寒気がする様な呼び方を変えるなら、受けてやっても良いぞ?」


 売り言葉に買い言葉、というのはこういう時に使うのだろうか。

 いや多分違うか。


 「俺は妹さんから金銭を受け取って、尚且つご両親からも搾り取ろうと目論んでいる」


 「……」


 意識的に表情も視線も動かさず、真っすぐ彼女を見据えながら言い放った。

 我ながら外道とも言える発言だが、今だけは許して頂こう。


 「俺は女性の相手が得意でね? このお店に来る女性客なら大体騙せるし、尚且つ肉体関係に持ち込める」


 「……はぁ」


 大きなため息をつかれた上に、周囲からの視線も凄い事になっているが……続けよう。


 「その上で言うよ? 君にも“憑いて”いるから、俺に頼ってみてはいかがだろうか?」


 その言葉に目を見開いた彼女は、数秒間固まってしまった。

 このテスト次第で、彼女への接し方が変わってくる。

 ちゃんとこちらの意思を汲み取ってくれるのなら……多分反応が変わってくるはずだ。

 なんて、しばらく観察するつもりで居たのだが。


 「店主さん、歯を食いしばってもらえるかしら?」


 「誠実な人だと思ったのに、非常に残念です……」


 前依頼者二人が、まるでゴミでも見るかのような眼差しでこちらを見つめてくる。

 それどころか、隣に居る栗原さんは拳を振り上げていた。

 パーじゃなくてグーだ。

 コイツは非常にまずい。


 「はぁ……止めなよお姉さん。コイツの言ってる事はほとんどが“嘘”だ」


 この空気だったら“意外”と思われそうな人物が声を上げる。

 目の前に座ったヤンキー女子高生。

 彼女はもう一度大きなため息を溢しながら、改めて座り直した。


 「答え合わせといきましょうか」


 「楽しそうに言うんじゃねぇよ……えっと、最初。アレは半分嘘だ。妹から金をとったのは間違いないが、家族から取ろうと何て思っちゃいない。そして次の女に関しての言葉……嘘っぱち過ぎて笑えるね。アンタもしかして童貞?」


 「余計な詮索は身を滅ぼしますよ? なので止めてくださいお願いします」


 表情だけは冷静を保ちつつも、口はやけに滑らかに動きコレ以上の発言を止めさせた。

 別に他意はない。

 そう、他意はないのだ。


 「そんで最後の質問……まるで“嘘”が無かった。コレ、どういう事?」


 「“そういう事”、なんじゃないですかねぇ」


 これはもう決まりだろう。

 彼女は人の“嘘”を見抜く能力を持っている。

 それこそ超能力とか、サイキックみたいな事を言うつもりはないが。

 俺の知っている限りの“そういう力”と言えば、“異能”に他ならない。

 彼女の言う嘘を吐く人間の“空気が鬱陶しくなる”というのは、多分“こちら側”の感覚だ。

 言霊、もしくは恨み言などの“感情”を含む言葉、呪詛。

 呪詛なんて言葉を使えば、やけに大きく捉えがちだが……実際にはそうではない。

 相手を憎む心、貶める心。

 そう言った“悪い”感情が言葉に乗るのが呪詛の基本。

 ソレを彼女は、敏感に感じ取る事が出来るの様だ。


 「中々どうして、面白い能力だ」


 大袈裟と言えるであろう動作で両手を広げ、彼女に微笑みを浮かべてみれば。

 チッと舌打ちされるのと同時に、思いっきり眉を顰められてしまった。

 あらら、塩対応ですこと。

 なんて考えていた俺に対して、彼女は予想斜め上の返答を返してきた。


 「それで誤魔化したつもりか? おっさん。私は妹の巻き上げられた金について話しに来たはずだったんだが?」


 「……ごめん、普通に忘れてた」


 本題をそっちのけにしていたのは自身のミスなので、ここは素直に謝っておこう。

 まあ彼女の事を調べるのは後回しにするとして、眼の前の問題を片付けよう……とは思うのだが。


 「やっぱり、惜しいなぁ」


 「あぁ?」


 「いや、こっちの話」


 もしも彼女が本当に“異能持ち”であるのなら、どうにかこちらに引き込めないだろうか。

 そんな事を考えながら、昼間に起きた零ちゃんの出来事を話し始めるのであった。


 ――――


 あまりにも怪し過ぎる男から話を聞いてから、とりあえずは一旦解散という運びになった。

 とはいえ……。


 「そろそろ機嫌直してくれよ、零」


 「嫌です。今回のお姉ちゃんの行動は軽率です、そして一方的で勘違いも甚だしい最低の行為です。例えソレがお小遣いであったとしても、私は頂いたお金を自由に使う事も許されないんですか?」


 プイッとそっぽを向いたまま、未だに妹が目を合わせてくれない。

 原因は分かり切っている、私の鞄に入っている茶封筒。

 妹が店主に対して支払ったお金。

 ソレを一時的とはいえ、取り返してしまったのが原因だろう。

 『お姉さんの方もこのままでは引き下がれないでしょうから……あぁ、この話し方が嫌なんだっけ? このままじゃ引っ込みがつかないだろうから、とりあえず“コレ”は預けておくよ。正当な報酬だったと判断した時にだけ、返してくれればいい』

 そう言って、いとも簡単に妹のお金を返してくれた。

 何なんだろうか、アイツは。

 今までに見たことの無いタイプ。

 一見口が上手いとか、相手を騙そうとする人間に“見た目”は似ているが。

 どうにも、ソレらしい雰囲気がまるでない。

 ただただ本当の事を語り、そして受け流していく。

 まるで“全てがどうでも良い”と言いたげに、死んだ様な冷たい瞳で“生きる”為だけに“生きている”様な気配。

 それがなんだか、凄く気持ち悪いのだ。


 「相変わらず、子供のくせに固い口調で喋るのな。どこで覚えたんだ?」


 「お姉ちゃんは大人の一歩手前の割には、随分と子供っぽいよね。癇癪を起した幼児みたいに、店主さんに迷惑かけて」


 取り付く島もない、とはこの事なのだろう。

 不機嫌全開の妹は、報酬は正当なモノであり、足りないくらいだと最後まで訴えかけていた。

 確かに本当の“お祓い”だったとしたら、この子が支払った金額程度では到底足りないだろう。

 でも、あの店であの店主だ。

 いくらなんでも“ちゃんとしたお店”には見えないし、しっかりと祓えたかも疑わしい。

 だからこその行動だと、何度も説明はしたのだが……。


 「その場に居なかったお姉ちゃんには、いくら説明しても分かりません。アレは、簡単な言葉で説明できる光景じゃありませんでした」


 ピシャリとそう言い放たれてしまえば、後には何も言葉が繋げられなくなる。

 あの店主、妹に一体何を見せやがった?

 本当に小学生か? なんて思えるくらいに頭の良い妹がここまで言うのだ。

 余程凄い光景を目にしたのだろうとは予想出来るが……如何せんその光景とやらが想像できない。

 ホント、何を見たのだろう。

 なんて、心の中でため息を溢していれば妹がそっぽを向いたまま言葉を続けてくれた。


 「店主さんも仰っていましたが、今日はお姉ちゃんのアパートに泊る。もしくはお姉ちゃんが実家に泊まる、という事でしたけど。どっちがいいですか?」


 出来ればこちらを振り返って欲しかったが、相変わらず不機嫌な妹は吐き捨てる様に言い放ってきた。

 困った……これ、もしかしたらかなり嫌われたかもしれない。

 グスン、とか泣き真似をしてみれば妹からは舌打ちが聞こえて来る。

 ゴメンって、すぐ答えるって。


 「んと、実家はちょっと。だから零がウチに泊ってくれないかな? 夕飯何がいい? 何でも作るよ? 食材はこれから買いに行かなきゃいけないから、デザートも一緒に買おっか。何が食べたい?」


 矢継ぎ早にゴマ摩りを開始する。

 神庭治 美鈴。

 学校での成績は中の下、口が悪いのでヤンキー呼ばわりされている。

 弱点、妹。

 なんてプロフィールが作れてしまうくらい、私は妹に弱かった。

 というより、溺愛していた。

 一人っ子で、姉弟や姉妹の居る周りの人がずっと羨ましかった。

 そんな中、やっと念願叶って出来た妹なのだ、そりゃ甘やかすさ。


 「アイス……食べたい」


 「よっしゃ! それじゃ夕飯はハニトーにアイス添えでも作りますか! しょっぱい物も欲しくなるだろうから、そっちも作ろう! 零、手伝ってくれる?」


 「……ん」


 短い返事に、小さくガッツポーズを浮かべた。

 一人暮らしの影響、というか元々家事が得意だった事もあり基本的に料理は得意だ。

 作ってやる相手は、自分か妹しか居ないが。

 それでも私が料理すると、妹は喜んでくれる。

 ある意味、妹の機嫌を直すにはコレしかないとも言えるが。

 そんな訳で、許してくれた訳ではないにしろ多少気が晴れたのか。

 妹はムスッとしながらも、私と手を繋いで帰路に着くのであった。

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