第8話 独り遊び
「零ちゃん。カードゲームは好きかい?」
「カード、ですか? トランプくらいならやった事はありますけど……それ以外はちょっと分からないです」
“クリハラさん”から聞いた、確かな影響が実感できる“そういう”お店。
ソコに訪れた私は、今目の前に座る男性に困惑の眼差しと言葉を向けていた。
一言で言うなら不信、彼の笑顔からは感情が読み取れないのだ。
正直に言えば、少しだけ怖い。
私は世間一般で言われる小学生とは少しだけ違う、なんて言われる事が多い。
言葉遣いが嫌に丁寧だとか、我儘を言わないだとか。
そんな理由づけをされる事が多いが、実際の所は違う。
私は、人の感情というか……顔色が気になってばかり居るだけなのだ。
相手を、大人を怒らせない様に、困らせない様に。
そんな事ばかり考えて生きている。
そして、感情を押し込めた時に限って“その声”は聞こえてくるのだ。
『コノ……男――ダメ。 今すぐ、帰――』
まただ。
途切れ途切れに聞こえてくる言葉は、まるで壊れたラジオから聞こえてくるみたいにノイズ交じりで。
酷く不快な気持ちにさせてくれる。
そんな声が、目の前の誰かに対して私に変わり“評価”してくるのだ。
もう、止めて……。
「一人遊びってあるじゃないですか。ただの暇つぶしの類だと思って、まぁ何も考えず気軽にやってみて下さい。決して難しいルールなどがある訳ではありませんから」
そう言ってから彼は座布団の上で正座する私の目の前に、五枚のカードを並べた。
タロットカードってヤツだろうか?
本物を見たことは無いが、細長い見た目の綺麗な模様をしたカード。
そして。
「雪ちゃん、鏡」
「はい、主様」
短い会話を終えたかと思えば、この部屋まで案内してくれた綺麗なお姉さんが近寄って来た。
そのまま彼の隣に腰を下ろすと、私の真正面……並べられたカードの向こう側に、どこから持ってきたのか、一枚の鏡を置いた。
化粧鏡……っていうのかな?
人の顔くらいの大きさで、淵が装飾された丸い鏡。
そこには、不安そうな顔をした私の顔が映っていた。
そして男は、再び語り始める。
「ルールは至って簡単。君の“困っている事”に関する内容、それをカードに書いてある質問に対して、思っている事を“素直”に語るだけです。ただし、一つだけ条件を出しましょう。決して“嘘”だけはつかないで下さい。私達に分かる様に説明して頂かなくても結構です。あくまでカードに書いてある質問に対して、本当の事を思うままに答えてください。あくまでコレは、“独り遊び”ですから」
「えっと……はい」
なんだか、一気にうさん臭くなった気がする。
私はまだ子供で、“お祓い”というものを受けたことがない。
でも聞いた話では、こういう事をするのは胡散臭い占い師の類だった気がする。
このお店、本当に大丈夫だろうか?
なんて不安の籠った視線を、“クリハラさん”に向ければ。
彼女は真剣な顔で、静かに頷いてみせた。
彼女と知り合ったのは、とあるオカルト掲示板。
お互いに困っている内容を相談したり、相談されたり。
そんな事を数年は続けて来た仲だ。
彼女が本物の“クリハラさん”で、尚且つこのお店で解決したと言うなら……多分大丈夫なのだろうが……。
「い、いきます!」
不安に押しつぶされそうになる心を必死に奮い立たせながら、私は最初のカードめくるのであった。
――――
彼女が、一枚目のカードをめくった。
その内容を見て、眉を顰めているのが分かる。
どう答えていいのか分からない、という所だろうか。
「カードをこちらに見せて……いや、鏡に向かって見せてください。そして、思った通りに言葉を紡いでみて下さい」
そう告げれば、少女は恐る恐ると言った様子で鏡にカードの表面を向ける。
俺の前に鏡が置かれている以上、当然その内容はこちらからも伺える。
『いつから?』
真っ白いカードの表面には、そう書いてあった。
「えっと……私のお父さんと、お母さんは再婚で……多分、一緒に暮らし始めて少し経ったくらいからでした。もしかしたらもっと前からだったのかもしれないけど、私が気づいたのはその頃……というか、新しいお母さんと仲良くなった頃だったと思います」
ゴクリと、隣から生唾を飲み込む音が聞こえる。
言わずもがな、栗原さんだろう。
今回の儀式、もしくは彼女の語る内容に興味があるのか。
成人女性とは思えない距離感で、俺に近づいて来ている。
それに迷惑そうに顔を顰めながら、幸が膝に乗って来た訳だが……まあ今は良いか。
「次に行っていいのかな……? それじゃ、いきます」
ひとつひとつ声に出しながら、彼女は次のカードをめくった。
横一列に並べられた五枚のカード。
それをランダムに引いていく。
そして、少女は再びカードをこちらに向けた。
『何が起きた?』
「んと、最初は変な声が聞こえるなって。それくらいでした。でも次第に声は大きくなるし、物が動いたりするようになりました。しかも、家族写真が飾ってあるフォトフレームが落ちて割れちゃったり、帰って来たら家族のアルバムがビリビリに引き裂かれていたり。しかも、全部が全部“新しいお母さん”と一緒に取った写真ばっかりだったんです。それ以外は……その、お母さんとお話したりすると。『この人は駄目だよ』って“声”が聞こえました。喋っている時なんかに、そこら辺から急に音が……ヒッ!」
少女が語っている間、室内に置いてあったお茶請けが急にひっくり返った。
誰が触っている訳でもないのに、ガチャンッ! と派手な音を立てて部屋の隅まで吹っ飛んで行ったのだ。
ソレはまるで、誰かが蹴飛ばしたかのような勢いで。
そんな現象が急に起こり、少女と俺の隣にいる栗原さんは顔を青くしながら吹っ飛んでいった物を見つめていた。
加えて言えば雪ちゃんには額に青筋が立ち、幸は興味無さそうに横目で眺めているだけだったが。
「さぁ、続けて?」
そう言って次のカードを促せば、少女は『信じられない』とでも言いたげな表情でこちらを見つめるのであった。
「大丈夫、君の事は私達が守るよ」
「で、でも……もしかしたら皆さんの方に……」
「大丈夫だから、引いてごらん」
「は、はい……」
多分、そういう経験があるのだろう。
“亡者”の言葉を無視した結果、その相手に牙が向いた。
だからこそ彼女は、相手の顔色を伺うし深く関わろうとしない。
そのルールを破ってしまえば、傷付くのは自分ではなく相手の方なのだから、と。
……まったく、ふざけた話だ。
「い、いきます」
「どうぞ?」
残り三枚の内から一枚を引き抜き、目の前に持ってきた瞬間、少女はまたもビクリと震える。
そして、そのカードをこちらに向けた。
『ソレは誰だと思う?』
「えっと……その」
「大丈夫、思うままに言ってごらん?」
促しては見るものの、やはり彼女は口ごもった。
当然だろう、“相手”が聞いているのだから。
その名前を、存在を、目の前で告げ口する様な行為。
それは幼い少女とっては、かなり重い罪の様に感じているのだろう。
しかし、彼女はキュッと口元に力を入れてから……強い眼差しをこちらに向けてから、再び唇を動かした。
「多分……お母さん。前の、もう死んじゃったお母さんだと思います。私と新しいお母さんと仲良くするのが嫌なんじゃないかなって、そう思ってます。あと、他の人の場合は……お母さんから見て“嫌”な人を拒絶してるんじゃないかって――」
彼女が言葉を紡いだ瞬間、変化が起きた。
室内の物が、先程の様に暴れ始めたのだ。
部屋の隅に置いてあった置物、お茶を淹れる為の道具。
掛け軸や、襖や障子までもがガタガタと激しい音を立てて鳴り響く。
まるでこの部屋の中にだけ台風が来たかの様な有様だった。
「キャアァ!」
「ごめんなさい! ごめんなさいっ!」
依頼主と、前の依頼主が揃って悲鳴を上げながら頭を押さえて蹲るが……まあうん、自然な反応だろう。
『太郎』
「分かっているよ、幸。コレ以上好きにさせるのも癪に障る」
懐から一本の扇子取り出し、バッ! と音を立てながら派手に開いて見せた。
その瞬間防風は止み、さっきまでの混乱が嘘みたいな静寂が訪れる。
蹲っていた二人も、困惑顔で頭を押さえながら周囲を警戒しているが……それ以上の異変は起こらなかった。
ちなみに、全く関係ないが扇子は閉じていると“本”。
開いている状態だと“面、枚”という数え方をする。
それ以外の数え方もあるのだが、今はいいか。
「あ、あの……」
不安そうな表情をこちらに向けながら、相変わらず蹲っている少女。
彼女に向かって微笑みを返し、どうぞ? とばかりに掌をむけた。
目の前に伏せられた、残り二枚のカードに向かって。
――――
信じられない。
こんな事が起きたばかりだと言うのに、彼はこの“儀式”とも言えるモノを続けようとしていた。
だってあり得ないじゃないか。
誰も触っていない筈のモノが動き、そして明らかな敵意を持って飛び回る。
正直、こういう現象は初めてではない。
我が家でも、学校でも同じような起こっているのだ。
だからこそ私は家庭内でも、それ以外でも一定の距離を置かれてきた。
私が悪い訳じゃないのに、私は何もしていないのに。
だとしても、“ソレ”の不満を買えばさっきみたいな事が起こる。
気味が悪い“呪われた子”、生まれて来るべきではなかった“忌み子”。
他人からそんな風に呼ばれる事だってあった。
それでも家族は、距離を置きながらも私に居場所をくれた。
捨てないで、傍においてくれた。
だからこそ問題を起こさない様に、“ソレ”の不満を買わない様に過ごしてきたと言うのに。
彼は、ソレを煽る様に微笑みを浮かべている。
彼は、“ココ”は異常だ。
その事実が、ありありと感じられる程……異変、ポルターガイストの起きた筈の室内は静まり返っていた。
今では普段から起きる怪奇現象より、彼の方がずっと怖く感じたりもする訳だが……。
「どうぞ?」
再び促す言葉を発してくる彼の言葉に、従う以外の選択は私には出来なかった。
怖い、ひたすらに怖い。
目の前にいる男に言われるがまま行動を起こす事も、この後にまた起こるであろういつもの“怪奇現象”も。
ひたすらに、全てが怖い。
私は、何処で間違えたのだろうか?
私が、何か悪い事をしてしまったのだろうか?
私は、一体どうすれば……どう生きれば良かったのだろうか?
そんな事ばかりを考えながら、ガタガタと震える手で残るカードを引こうとした時。
「大丈夫ですよ」
ひんやりとした真っ白い手が、私の伸ばしたその手を包み込んだ。
「怖がらないで下さい……と言っても無理かもしれませんが。大丈夫です、主様が付いています。きっとこのお店から出るときの貴女は、笑っていると思います。だから、安心してください」
気休め、慰め。
様々な言葉に当てはまるだろう彼女の声は、随分と自信に満ちている様だった。
「本当、ですか?」
声にしながら差し伸べられた腕の先へと視線を流せば、そこにはやはり先程の美しい女性が。
薄い藍色の和服に身を包み、長い黒髪を揺らし。
そしてやけにひんやりとする冷たい体温の女の人が、優しい微笑みを溢しながら真剣な眼差しを向けて来ていた。
まるで母が子を見るような眼差し。
しかし彼女には“芯”とも呼べる揺るぎない自信がある様に、その瞳からは“何か”が感じられた。
「信じてください、とは言いません。しかし、守ってみせます」
どこまでも素直で、真っすぐなその言葉に促されたのか。
私の手は、残るカードの片割れを自然に摘まみ上げる。
いつの間にか、震えは止まっていた。
「初めて会った人を簡単に信じたりしません。でも……頼りにはしています」
「えぇ、それで結構です」
その言葉を聞いてから、残るカードを目の前でひっくり返したのであった。
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