第5話 妖怪達


 「やーみんなお疲れ様ぁ、今日は仕事したねぇ」


 そんな事を言いながら、この店の店主である“結 幸太郎”が畳の上に転がった。

 彼は“語り部”と呼ばれ、様々な話を相手に聞かせる仕事をしている。

 とはいえ、ただ無意味に語る訳では無い。

 相手の状況にあった話、参考になる話、恐怖を煽る話。

 語る内容は相手次第だ。

 今回の依頼主の様な、“憑りついた悪霊”を引っ張り出す為には、今日みたいな無茶だって平気でする馬鹿者である。

 とはいえ、今日のはちょっとやり過ぎだと思うが。

 相手の話と、ほぼ同系列の話を語って挑発したのだ。

 もしも依頼主がそのまま帰るような事があれば、多分翌日から“語った内容”と同じ現象が彼女に降り注いでいた事だろう。

 こうすれば相手は怖がってくれるのか、という情報を霊に教えた様なモノなのだから。

 しかし今回は相手が小物だったからこそ、挑発にすぐに乗って来てくれて助かった。

 話は変わるが霊にも様々な種類が居る、それは人間側も同じ。

 “見える人間”、見えない人間。

 ソレに関わる“能力”がある人間、まるで感じる事も出来ない人間。

 大まかに分ければそんな感じだが、“見え方”や“能力”にも大小が存在するのだ。

 ウチの店主はと言えば……汎用性が高い中途半端な存在という所だろうか。


 「主様、アレくらいの相手なら私にお任せいただければ……」


 この店の受付嬢兼、雑用係が声を上げる。

 やけにムスッとした表情で、小娘が店主の近くに腰を下ろすが……コイツは、いちいち距離が近い。

 この小娘が近くに居ると寒いから嫌だと何度も言っている筈なのだが、どうにも覚えが悪いようだ。


 『フンッ、小娘が。お前の様な未熟者が相手をすれば、依頼主ごと凍らせかねん。もっと精進してから偉そうな口を叩く事だな。そしてお前が近くに居ると寒くてかなわん、シッシッ』


 「煩いですよ猫畜生、主様のお腹の上から降りなさい。卑しい獣の頂点に上り詰めたからといって、調子に乗り過ぎです。誰が貴方の抜け毛を掃除していると思っているのですか?」


 『あぁ? 雄に媚びて騙す事しか能のない“雪女”風情が、我に指図するか?』


 「はっ、喋ってデカくなれれば偉いとか思っているお頭の小さい獣よりマシでしょう?  “猫又”」


 この女、相変わらず鬱陶しい。

 幸太郎……我は太郎と呼んでいるが、こいつもこんなジャジャ馬を拾ってくる事などなかったろうに。

 一体何を考えているのやら。

 なんて、いつも通り威嚇し合っていると。


 「幸、雪ちゃん。そこまでー」


 寝っ転がったままの主が眠そうに顔を上げた。

 はっきり言ってしまえば、だらしない。

 浴衣は着崩し、身だしなみに興味がないのか髪の毛もボサボサだ。

 天パという訳でもないのに、だらしなく伸びた髪があっちこっちに跳ねている。

 そろそろ美容室に行け、毛先が痛んでいるぞ。


 「二人共仲良くしようよぉ、同じ店の従業員な訳だし。俺が居ない間とかどうしてる訳? まさか庭でバトってたりしないよね?」


 とかなんとか言いつつ腹の上から降ろされ、太郎はため息を溢しながら立ち上がる。


 『生意気な新人を教育するのは先人の務めであろう。何よりこの小娘、未だに太郎を殺そうとしているのではないか? 隙あらば近くににじり寄っていくぞ。腹黒だか発情期だか知らんが、もう少し冷気を抑える事を学ぶべきだ。寒くて敵わん』


 「主様にそんな事する訳ないでしょう!? しかも、は……発情期とかっ! 馬鹿じゃないの猫畜生が! なんならコタツ用意してあげるから、ずっとソコで寝てなさいよ!」


 あからさまに動揺する小娘にため息を溢しながら太郎の方を見てみれば。

 コタツかぁ、そろそろいいかもねぇ……とかボヤいている始末。

 全く、朴念仁とはこういう人間の事を言うのだろうな。


 『まぁいい。太郎、もう帰る時間だろう? 送っていくか?』


 「ううん、大丈夫だよ幸。“今回は”残ったり飛び火することもなかったし」


 「主様、では私が」


 「えっと、雪ちゃんを連れていくと余計不味いかな? 見た目的に」


 そんな会話をしながら、太郎が一瞬で着替えを終える。

 ヨレヨレのジーンズに、暗い色のTシャツと茶色のジャケット。

 非常に地味だ。

 そして相変わらず、だらしない。

 とはいえ、正確には着替えてなどいないのだ。

 最初からこの恰好でココへやってきて、この姿のまま客対応をしている。

 ただし客や我らには、ソレが“認識”できないのだ。

 この場所に居る時の彼は和服姿であり、飄々とした態度で相手に接している。

 “そういう設定”の元、作られた世界だからこそ……我々“妖怪”なんて呼ばれる存在にも、変化している時の太郎の姿は見破れない。

 顔や声は変えていないので、服装が変わっただけではあるのだが。


 『何度も言うようだが、相変わらず凄いな。未だに見破れん』


 「そういう“異能”だからね」


 気の抜けた笑みだけを残し、彼は客間を後にした。

 その後ろを小娘が付いて行ったが……まあそれはいつもの事なので気にしない。

 はぁ……今日はコレで終わりか。

 なんて事を思いながら畳の上で転がって瞳を閉じた。

 明日にはどんな相談がくるのやら。

 もしかしたら明日は誰も来なくて、一日中ゴロゴロしなければいけないのかもしれない。

 苦痛だ、我は暇が嫌いだ。

 そんな、どうでも良い想像をしながら徐々に意識は夢の中へと誘われていく。

 吾輩は、猫である。

 名前もあるし仕事もあるが、困った事に死んだら“怪異”になってしまった。

 そのおかげで今もこうしてこの世に存在している訳だが……まあ、そんな事はどうでもいいか。

 やはり仕事の後はちゃんと眠れる。

 暇なときはどうにも落ち着かなくて、眠る気にさえならないというのに。

 今の娯楽は太郎の人生を見届ける事と、仕事をして気持ちよく眠る事くらいだろうか。

 我ながら、本当に猫なのかと思える思考回路である。

 まぁ、困ってはいないので別に良いが。

 これは“語り部 結”という店においての日常風景。

 誰しも人生の岐路という雰囲気で来店してくる訳なのだが、住人にとっては……正直“いつもの事”、なのであった。


 ――――


 「あら、幸太郎ちゃん。おかえりなさい」


 アパートへと帰って来た俺を、建物入り口でまず出迎えてくれたのはココの大家さんである“大山 桜”さん。

 今年で六十代後半と言っていただろうか?

 見た目だけなら四十代くらいといっても信じてしまいそうな、いつも綺麗に和服を着こなしているおばあちゃんだ。


 「ただいま、桜婆ちゃん。こんな時間にどうしたの?」


 現在は既に夕方、というより夜に差し掛かっている時間だといえよう。

 そんな時間に、この人が外に出ている事は珍しいのだが……。


 「それがね、知り合いの農家さんからいっぱい野菜が届いちゃって。宅配で送られてきたのはいいけど、運ぶのが大変でねぇ……誰か若い子が帰ってきたら運び込むの手伝ってもらおうかって待ってたのよ」


 少しだけ苦笑いを浮かべながら、大家さんの住む101号室の前に積まれた段ボールを指さした。

 あぁ、なるほど。

 アレはちょっとお年寄りには無理だ。

 なんて思えてしまう程大きな段ボールが、いくつも部屋の前に積まれていた。

 相手が相手なんだから、宅配員も手伝って上げればいいのに……。


 「そう言う事なら、手伝いますよ。部屋に上がっちゃっていいですか?」


 「それはもちろん、良かったら夕飯も食べて行って? ごめなさいねぇ、仕事帰りに。あと皆に御裾分けもしたいから、少し仕分けも手伝ってもらっていいかしら?」


 「もちろんもちろん。いつも御裾分け助かってます」


 「幸太郎ちゃんだけは、作って持って行ってあげないとだけどね?」


 「感謝してます」


 ふふっと楽しそうに笑う大家さんに対して、俺もニカッと満面の笑みで返す。

 このアパート、というか俺が借りている借家な訳だが。

 もう随分と古い上に、周囲には新しいマンションなども次々と作られあまり人気がない。

 そもそも見てくれ自体が年代物という雰囲気があるので、若い子達などは見向きもしないだろう。

 そんな、言わば“ボロアパート”なんて呼ばれてしまいそうな出で立ち。

 でもこういう所だからこそのメリットもある。

 大家さんが同じ建物に住んでいる事や、今回の様な御裾分け。

 そう言った気配りもあり住人同士の仲も良好であり、何より家賃が安い。

 まあ家賃が安かったのは、他に原因があったりもする訳だが……。


 「本当にごめんなさいね? その代わりと言ったらなんだけど、夕飯は豪華にするから」


 「よっと。桜婆ちゃんのご飯は何でも旨いから、変に気を使わなくても大丈夫だって」


 そんな会話をしながら、段ボールを室内に運んでいく。

 結構野菜がぎっしり詰まっているのだろう、かなり重い。

 コレをお婆ちゃんに運ばせるのはいくら何でも無理があるだろう……なんて事を思いながら、居間へ向かってどんどんと荷物を運び込んでいく。


 「幸太郎ちゃーん。 今日ホッケなんだけど、何枚食べるー?」


 キッチンから大家さんの声が響く。

 ほほぉ、今日はほっけか。

 居酒屋なんかでしかお目に掛からなそうな物だが、この家では普通に出てくる。

 見た目や仕草からも分かるが、徹底的に“和を叩き込まれた女性”という雰囲気なのだ。

 なんでもお家柄的にそうなったらしい。

 色々大変だったとは聞いた事があるが、彼女の作る日本料理はどれも絶品。

 おかげで和食料理店なんかには、随分と足が遠のいてしまった程に旨いのだ。


 「贅沢言って良いのなら、二枚欲しいです。お腹空きました。あと運び終わった野菜、仕分け始めちゃっていいですかー?」


 「はいはーい、若いんだからいくらでも食べなさいな。足りなかったらまた焼くからねぇ? 仕分けもお願いねぇー、いつも通りに~」


 キッチンから響く間延びした声を聞きながら、段ボール箱を開けていく。

 仕分け、と言っても別に良し悪しを見る訳じゃない。

 住人に配る為に、一部屋ずつに配る量へと分けるだけ。

 誰誰さんは何が苦手~とかもあるので、その辺も気を使いながら立派に育った野菜を仕分けていく。

 そんな事を繰り返していると、不意に小さな手がジャケットの袖を引っ張った。


 「ん? どうした?」


 手の主の方へと視線をやれば、そこには白い着物姿の小さな女の子が。

 見た目的には小学生くらいなのだろうか? 身長は低く、幼さが目立つ顔立ち。

 肌が少し白すぎる気もするが、このまま成長すれば周りの男が放っておく事などないだろうと予想出来る。

 そんな風に思える程整ってはいるが、彼女にそんな未来は訪れない。

 彼女が纏っている“死装束しにしょうぞく”が、ソレを物語っていた。

 この子もまた、幽霊。

 ただ他のモノとは少しだけ違っている。

 前回の依頼主、栗原静子さんに話した内容の続きを話そう。

 幽霊には質、というか段階が分けられている。

 とはいえ我々の様な人間が区分しているに過ぎない訳だが。

 まずは一般的な幽霊。

 そこいらを徘徊し、時には一か所に憑りつき、数が増えれば人に害を成す。

 コレを、“下級霊”と呼んでいる。

 場所や人によっては、「下級なんて言葉を付けるなんて失礼だ」という事で“霊”と呼んでいる事も多いが。

 次に栗原さんにも話した“さなぎ”。

 コレは“想い”が人一倍強い個体や、害を振り撒く“下級霊”より強い個体……なんて説明しか出来ないが、コレ以上に語る事がない。

 今日の相手も“ソレ”だった。

 下級霊よりも強く、直接的で攻撃思考も強い個体が多い。

 話によれば下級霊から進化、もとい他の“想い”を食った姿だと言われている。

 そんな個体が、蛹……またはつぼみなんて呼ばれたりもするが。

 何故そんな名前が付けられたかと言えば、当然続きがあるからだ。

 その次の段階、“妖怪”もしくは“化け物”。

 ここら辺に来ると、若干ファンタジーに聞こえるかもしれないが彼らは実在する。

 “蛹”から進化……というよりも“堕ちた”と表現するべきかもしれないが、ここまで来ると本格的に実害が出る。

 しかも死に関わるレベルで、だ。

 この“位”が上がれば上がるほど生前の思考は戻り、話をしたり生者とも条件次第では誰の眼の前にも姿を現せたりと、様々な事が出来る様になるわけだが……。

 当然ながら、話が出来るからと言って全てのモノが“話が通じるお利口さん”ではないのだ。

 死んですぐに“妖怪”になった想いの強い個体ならまだマシなモノが多いが……なり上がってきた“化け物”は、正直手が付けられない様な危険分子が多い。

 まあその辺りの話はまだ今度とにするとして、何が言いたいかと言えば。


 「座敷童ざしきわらし、そっちの箱がどうかした?」


 妖怪、座敷童。

 子供の幽霊であり、かの者が住み着いた家には幸運が訪れる……なんて言われているが、実際の所は分からない。

 俺から見てみれば普通に子供の幽霊だ。

 しかし“妖怪”の位にありながら、攻撃的な力を何も持たない不思議な存在。

 そんな彼女が無言のまま袖を引っ張り、一つの段ボール箱を指さしている。


 「どれどれ」


 誘われるがまま箱を開けてみれば、そこにはドデカいカボチャが一つ。

 送って来た主も、多分ネタの扱いだったのだろう。

 俗にいう“お化けカボチャ”と呼ばれるようなサイズのカボチャが鎮座していた。

 そこらのスイカよりデカい気がする……。


 「えーっと、コレ。すごいね? こんな大きいの初めて見た。お供えでもしてほしいの?」


 そんな事を言いながら白服の彼女を見れば、首を左右にブンブンと振り回している。

 では、どうしろと?

 なんて首を傾げてみれば、座敷童は部屋の壁に掛かっていたカレンダーまで走っていくと、ビシッ! と人差指を壁に向かって突き立てながらこちらへと振り返った。

 指さした先にあるのは……10月の最終日の日付。


 「あー……もしかして、作れと?」


 コクッ。


 「被りたいの?」


 ブンブン。


 「見たいだけ?」


 コクコク。


 「あー……桜婆ちゃんに相談してからでもいい?」


 コクッ。


 「ういうい」


 どうやらこの子、ジャックオランタンをご所望の様だ。

 しかも、一番ドデカいカボチャで。

 アハハと乾いた笑いを洩らしたりしてみる訳だが、この子も“妖怪”なのである。

 とはいえ害はない……と思う。

 たまに悪戯をしてくるくらいで、誰かを貶めるような行為をしない「生まれつき」と言ったら語弊があるが、死んですぐに“妖怪”になった少女。

 更に他の個体と違う所を上げるのであれば……この子は一切“喋らない”事だろうか。

 だからこそ名前も知らないし、素性も知らない。

 でも、俺にとっては大事な存在といえる。

 なんたって、“語り部 結”の初めてのお客様なのだから。

 彼女が居なければ、俺がこのアパートに住む事も無かっただろう。

 そんな事をやっていると、お盆を持った桜婆ちゃんが室内へと小さな足音と共にやってきた。

 その姿は、どこかの旅館の女将かと思わせる程。


 「はいはい~お待たせしましたっと。ん? 幸太郎ちゃん、どうしたの?」


 段ボール箱の前で固まっていた俺に対して、桜婆ちゃんは首を傾げる。

 まあ傍から見たらおかしな体制で固まっている様に見えるだろう。

 俺の目の前で飛び跳ねる、“死装束”の少女が見えていないのだから。


 「あの、このカボチャ。どうにかハロウィンっぽく出来ますかね?」


 「あら、随分と立派ね」


 段ボールから引っ張り出した一抱えもありそうなカボチャに対して、桜婆ちゃんは口に手を当てながら静かに驚いていた。


 「ハロウィンっていうと、アレかしら? くり抜いて顔を作って……ぼんぼりみたいにする」


 「ぼんぼりって……ジャックオランタンと言います」


 「そうそう、ジャックオグラタン」


 「美味しそうになっちゃいましたね」


 とかなんとかやりながら、無事座敷童のお願いは了承された。

 今月末のハロウィンには、でっかいカボチャ頭が玄関に鎮座している事だろう。

 その様子を見て、嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねる座敷童。

 これが今日の相手より上位なんだもんなぁ……なんて、どうでも良い事を考えながらほっけ定食を頂く語り部であった。


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