第13話 縁
今回の依頼主、神庭治 零ちゃん。
彼女はその後も働かせてくれと食い下がって来たが、中学生では特別な環境下にないと働けない事を事細かく説明した結果渋々ながらに引き下がってくれた。
とはいえ「じゃぁお手伝いなら!」とか、「後で残りの料金と、お礼の品を持ってまいります!」と言ってきかなかったが。
お金自体は確かに少なかったが、それでも店主の俺が良しとしたのだ。
今回はラッキーだった、くらいに思ってくれても良いのに……どうやらそれでは納得しないらしい。
なかなかどうして、お堅い思考回路の幼子だ。
「今日は帰りますけど……また後日伺いますからね! 本日は大変お世話になりました!」
まるで宣戦布告の様なお礼の言葉を聞きながら、彼女を見送った。
いやー……嵐が去ったとは、多分こういう時の事を指すのだろう。
「さて、色々あったけど私もそろそろ帰ろうかな」
そう言って立ち上がる前依頼者の栗原さん。
しかし残念ながら、こっちの人はすぐに逃がす訳にもいかない。
思わずその手を掴み、その場に再び座らせた。
「な、なによ? まだ何かある訳?」
多少警戒した様な眼差しを向けてくるが、彼女は本日何のために来店したのか忘れているのだろうか。
「貴女からはまだ報酬を受け取って居ません。 ソレを支払う為に再度ご来店頂いたと伺ったのですが?」
「あー、あ~うん。 そうだった、完全に忘れてましたわ」
気まずそうに視線を逸らしながら、彼女はバッグの中から一つの茶封筒を取り出した。
どうぞ、と差し出されたので受け取って見るが……なかなか向こうが手を放してくれない。
何してるんだろうこの人。
「レイちゃんみたいに、ちょっと割引とか……」
へへへ、とか薄ら笑いを浮かべている。
おい大人、小学生と同じサービスを受けられるとか思ってるんじゃないよ。
「これはいわゆる、“聞いたら出る”類のお話なんですがね? ある男女が――」
「あぁごめんなさいごめんなさい! 厚かましくてすみません! お納めくださいお願いします!」
パッと封筒から手を放し、その場で即座に土下座をかます栗原さん。
まあ、最初ウチの店に来た時より随分と元気になったと思えば、これも良い結果なのだろう。
はぁ、と一つため息を溢してから封筒の中身を確認する。
一、二、三……ふむ? 十五枚ある。
確か前回の依頼は十枚で良いと言った筈なのだが。
「あーえー、いやね? 流石に一番最初提示された金額だと厳しかったんだけど、十は流石に安いかなぁって思いまして。 感謝の意も含めまして、多めに包んだ訳なんですが……」
「今日の零ちゃんの支払った料金を見て欲が出た、と」
「ほんっとうにごめんなさい。 滅茶苦茶感謝してます、ついでにお菓子も持ってきた……んだけど、さっきの一件で吹っ飛んだみたい」
チラリと視線を流してみれば、壁に激突したまま張り付いている八ツ橋が。
あぁ、何という事だろう……八つ橋好きなのに。
「まぁ、コレばかりは気持ちだけ受け取っておきます。 あと、欲が出るのは分かりますので責めたりはしません」
流石にアレでは食べられないからね、仕方ないね。
もう一度だけため息を吐いてから、改めて彼女の方へと視線を戻すと……そこには意外なモノを見たかのような表情が転がっていた。
「なんですか、その顔は」
「え、いや。 私みたいな貧乏庶民の話を“分かる”なんて言われると思ってなくて……あ、嫌味じゃなくてね? だって貴方、稼いでるんでしょ? 一回の依頼でアレくらいの料金を支払われるくらいには。 だから、裕福なのかなって」
思いっ切り眉を顰めて切り返せば、そんな意味の分からない返答が返って来た。
一体俺のどこを見れば裕福に見えるのだろうか。
平均体重より軽いし、顔色だって良くない事は自覚している。
正直俺が体調を崩さずに生きていられるのは、たまに大家の桜さんが手料理を振る舞ってくれるからに他ならない。
一人だったら多分既に死んでいるだろう、そして部屋には大量のカップ麺のゴミが溢れていた事だろう。
つまり、それくらいには貧乏なのだ。
「副業としてスーパーでアルバイトするくらいには貧乏ですよ。 “こっちの依頼”だって、そう何件も入るモノではありませんから」
額に集まった皺を親指でグリグリしながらため息を溢せば、彼女は驚いた様子で眼前まで迫って来た。
「アルバイト!? それは流石に嘘でしょ! だってこのお店、というかお屋敷めっちゃ豪華じゃん! 固定資産税とか色々……あっ、もしかしてそっちに持って行かれちゃって貧乏って事?」
なんか、うん。
明らかに信じられない言葉を聞いた時の反応ってのは分かるけど、貴女結構失礼な事きいてますからね?
それこそ数回会っただけの人に、年収聞いている様なモノだからね?
もう少し落ち着こう?
そういう意味も込めて静かに彼女の肩に手を置き、元の場所へと正座させる。
というかこの人、いつまで居る気なんだろう。
「あのですね? そういう内容はそもそも気軽に聞いてはいけない事ですよ、というのを前提にお話ししますね?」
「あ、う……申し訳ない」
今更ながら自覚したのか、気まずそうにモジモジと身を揺すりながら、視線を明後日の方向へと追いやっている。
この人……見た目よりずっと子供っぽいな。
というか、今まで“怪異”のせいで色々な感情が溜まっていたと考えるべきか。
「結論から言いますと、この和風な建築物に税金は掛かっておりません。 個人事業主としてお国に申請している建物は、私の住んでいるボロアパートです」
「え? 脱税? 虚偽申告?」
「最後まで聞きなさいよ」
どうしても結論を急ぐ彼女に、もう一度大きく溜息を吐いた。
どうしたモノかな、別に全ての真実を彼女に話す必要はないのだが……如何せん説明が面倒になって来た。
これはもはや、“見せた”方が早いのかもしれない。
「栗原さん、ちょっと付いて来て下さい」
「え? どこへ?」
「いいから」
短い会話をしながら、彼女の手を引いて玄関へと向かう。
その後ろには、幸と雪ちゃんも付いて来ている訳だが。
「あの、気に障ったのなら謝るから。 お願いだから追い出すような真似は……」
「そうじゃないですよ……」
何やら勘違いをしたらしい彼女は涙目で訴えかけてくるが、本格的に面倒くさい。
人というのは、話だけでは百パーセント信じられる簡単な生き物ではない。
だからこそ、コレばかりは見た方が早いのだ。
そう言う訳で早速普段履きのスニーカーに足を通し、彼女にも靴を履くように促す。
その後ろでは雪ちゃんが静かに頭を下げ、幸が呆れた様な視線をこちらに向けながら欠伸をかましていた。
「すぐ戻るから、お茶の準備でもしておいて」
「はい、主様。 いってらっしゃいませ」
そんな会話を終えてから玄関を開き、外へ出ると……。
そこには、随分と廃れた光景が広がっていた。
「えっと……外に出て、どうするの?」
雰囲気からするに、まず間違いなく彼女の通って来た“入り口”へと出られたのだろう。
ここってどの辺だったかな……全ての設置した“入り口”を覚えている訳では無い。
「後ろを振り返って見て下さい」
「はい?」
こちらの言葉に疑問ばかりだと表情が語っている様だが、それでも彼女は振り返った。
そして“本来”この場所にあるべき姿を瞳に焼き付けたのか、その表情は驚愕へと変わる。
「は? え? な? どういう、はぁ!? だってさっき、私達店の玄関から……」
「驚くのは分かりますが、言葉を紡ぐ時は一旦落ち着てからにしましょうか。 脊髄反射で声を上げても、相手には伝わりませんよ?」
まあ、それくらい驚いたって事は伝わったが。
続けて自分自身も振り返って見れば、そこには。
「お店……どこにいったの? 何で今目の前に空き地が広がってんの? しかも、めっちゃ狭いし」
そう、目の前にはただの“空き地”が広がっているのだ。
売地と書かれた看板が建てられている他には、コレと言ってめぼしい物ない狭い土地。
しいて言うならば、手入れを怠っているのか雑草が酷い事になっているくらいだろうか。
「まぁ、こういう事です。 なので税金は掛かりません。 だって、本来建物は立っていない上に、私が所有する土地でもないんですから」
「……何が“こういう”事なのか、全然わからないんだけど? え、なに? 私狐に摘ままれたとか、そういう経験しちゃってるの今」
もう少し想像力を働かせてほしいなぁ、何て思いながら一つ指を鳴らす。
すると目の前には一枚の扉が。
コレは俺が使用するときに使う簡易的な代物で、彼女にとっては見覚えのないモノだろうが……。
「どこで〇ドア……」
「ある意味間違いではない」
もはや説明は不要とばかりに彼女の手を引き、扉を開く。
そしてその先には、当然とばかりに雪ちゃんが頭を下げながら待ち受けていた。
「お帰りなさいませ、主様」
「ゴメン、もう一回行ってくる」
「お忙しい事で……いってらっしゃいませ」
隣で完全に呆けている栗原さんを無視しながら会話を進め、もう一度玄関を潜った。
すると。
「え、どこ?」
「こっちは、零ちゃんが使ったであろう“入り口”を使ってみた」
見渡す限り家、家いえ。
結構な住宅地なのか、建物の密度も濃い。
一軒家やアパートが密接に立ち並んでいる所を見ると、都会のベッドタウンとかそういう場所なんだろうか。
正直、設置した時の記憶がない。
「えぇっと……つまり、店主さんも人間じゃなかった?」
「失礼な、れっきとした人間ですよ。 戸籍だってある現代人です。 ただ、ちょっと不思議な事が出来るだけです」
「どこでも〇ア使えるのに?」
「正確には“どこでも”、ではないんですけどね。 まぁ、お店に戻ってから説明しましょう」
そう言ってから、再び背後の扉を潜ってお店へと戻るのであった。
彼女に俺自身の事を語る意味はない、というか義理もない。
でも、こういう人って大概気になる事が解決するまで帰らないのだ。
しかも今回の件で“縁”が出来てしまったからには、この先無関係という訳にもいかないだろう。
はあ……と今一度ため息を溢しながら、今日何度目かの雪ちゃんのお出迎えを受けるのであった。
――――
改めて語ろう。
この世には“怪異”と呼ばれるこの世ならざる者が存在する。
彼らは死した人から成るモノ、獣から成るモノ、そして“想いから”成るモノ。
決まりはない。
幽霊という言葉の一括りにしないのは、この辺りが原因なのだろう。
そしてソレらはただソコに在るだけではなく、生きた人間にさえ、環境にさえ影響する。
よく耳にする恐怖を覚えるような心霊現象、何故か物が一人でに動きだすポルターガイスト。
もっと括りを広くすれば、神様のお導きなんて言葉や、宗教の類だって“怪異”と関わってくる。
全ては言い方次第、語り方次第。
当人達にとって都合が良ければ神とされ、被害を受ければ悪魔と囁かれる。
だからこそ捉え方次第、受け手の考え方次第。
ソレが怪異、というより“摩訶不思議”な出来事。
超常現象というモノに当たる。
こんな説明をされれば、思考は様々な方向へ枝分かれするだろう。
あの場合は、この場合は?
アレは悪い霊だったのか、それとも導こうとする良い霊だったのか。
それも全て、受け手が決める事に過ぎない。
信じるか信じないかは、アナタ次第って奴だろう。
そしてもう一つ、似たような事例がある。
一般的に言う魔法使い……とはあまり言わないか。
魔女と呼ばれたり、霊媒師、霊能力者何て言われる存在。
当然誰しもそう名乗るのは自由だ、だからこそ名前“だけ”の人間だって腐る程いる。
とはいえ一般的にカレらが語る内容は、共感出来ないモノが多い。
“一般人”が見ている分には分からないが、カレらだけには感じたり聞こえたり。
俗にいう『私には、見えます』ってヤツだ。
だからこそ疑わしい。
そんな風に思ったことは無いだろうか。
しかし、それは当たり前の事なのだ。
本当に“見える”、“聞こえる”、“感じる”人間には、言葉以外でソレを他者に伝える術がないのだから。
逆に自分しか見えないモノがある日突然見えてしまった場合、その人物はソレをどう証明する?
写真にも動画にも、もちろんマイクですら証拠が残せない中。
自分自身にしか見聞きできない“ナニか”が現れた場合。
貴方は、どう証明できるだろうか?
傍から見れば“異常”と評されるソレ、しかし確実に自身に宿っている“ナニか”を捉えるその特徴。
他者には理解されない、常識とは外れたどこかブレた“能力”。
ソレを我々の様な人物は、“異能”と呼ぶ。
何の捻りもないが、普通とは“異なり”、“異質”で、“異様”な能力。
だからこそ“異能”。
当然その力の強弱も様々であり、五感に頼るモノが多い。
俺の“異能”はより異質とされ、“特別視”された。
詰まる話、気味悪がられたのだ。
俺の異能は、“自身の世界を作る”能力。
一言で言えば“箱庭”、夢の世界とでも言った所だろうか?
“異界”、または“冥界”。
更にはこの世とあの世の“狭間”、つまり“境界”を作り出す異能、なんて呼ばれていたりする。
コレは本来力を付けた幽霊、つまりは妖怪などが人を貶める為に“自身の世界”に引きづり込む為に使う能力と酷似していた。
要はおままごとを行う為に用意したステージ、自分に都合の良い舞台という訳だ。
聞いたことは無いだろうか?
肝試しに行った結果、突如として隣にいた筈の友人が消えた。
部屋にいた筈の家族が、急に居なくなった。
それらは様々な意見が交わされるも、未だ解決していないモノが多い。
では、どこへ行ってしまったのか?
そしてすぐ近くに居る人物にさえ気づかれず、どうやって移動したのか?
その答えが、俺は“箱庭”だと思っている。
怪異によって引き起こされた現象なのであれば、ソレは“妖怪”の作る“箱庭”に攫われた。
簡単に言えば“神隠し”の類だ。
現世からあの世に近い世界へと踏み込んだのであれば、周囲の人間は気づく事が出来ない。
なんたって“見る力”、もとい見る為の“眼”が無いのだ。
それこそ、急にその場から“消えた”ように感じるだろう。
そんな忌むべき能力である“箱庭”を持つ“異能持ち”。
ソレが、結 幸太郎という人物なのである。
「……えーっと。 そのすんごい力を持っている人が他にもいっぱい居て、更には店主さんがその中でも異質な力を持っている。 だからこそ、何もない空間に“このお店”を構えている。 っていう認識で良いのかな? その他にも色々聞きたい事はあるんだけどさ」
どうにか必死に納得しようとしているのか、額を抑えた栗原さんがため息交じりに問いかけて来た。
「えぇ、その認識で間違っていません。 なのでココは、あの世の一歩手前だとでも思ってもらえば宜しいかと。 安心してください。 ちゃんと帰れる以上、死んだ訳じゃありませんから」
「安心できる要素がほんのちょっとしかない……」
自分から聞いて来たと言うのに、随分と失礼な返答が戻って来た。
とはいえまぁ、普通だったらそういう反応になるのだろう。
相手は“怪異”に困っていたからこそ、目の前にあった相談所に頼っただけ。
まさかそこが、現実とは異なる“狭間”の世界だなんて思いもしないだろう。
「ま、そんな訳ですから。 問題が解決した以上“ココ”には関わらない方が良いですよ?」
「こういう時の“カン”って、結構当たる方なんだけどさ……絶対そうならない気がする……」
何やら不穏な事を呟く彼女に対して、ほう? と首を傾げるも少しだけ眉を顰める。
感、俗にいう第六感。
予知や未来視と言った、曖昧な感覚。
大概が記憶から来る予測や、希望的観測であるのは間違いない。
しかし、実際に“ソレ”を持つ人間は存在するのだ。
だからこそ、彼女の言葉を真面目に受け止めた。
もしも彼女の言う“カン”が、こちら側に近いモノだとしたら……ちょっと無視できない。
「ちなみにソレは、どういう時に――」
「たのもおおぉぉぉ!」
言いかけた台詞は、部屋の外……玄関の方だろうか?
そちらから聞こえる大声に押しとどめられた。
今日は何と言うか、忙しいにも程がないか?
一日に三人のお客様を迎えたのなんて、多分初めてだよ。
「なんか、嫌な予想が当たった気がするので帰らせて頂いても……」
「構いませんけど、多分もう遅いですよ?」
会話を続けている間も、ズンズンと進んでくる足音が聞える。
すぐさまこの部屋にご登場なされる事だろう。
なんて気軽に考えていれば、スパーン! という音と共に、勢いよく襖が開かれた。
そしてそこに居たのは。
「……さっきぶりですね」
「ほんっっとうにゴメンなさい! またご迷惑おかけします!」
さっき送り出したばかりの幼女。
もとい神庭治 零ちゃんが、必死にペコペコと頭を下げていた。
その隣に居るのは、どこかの高校のモノと思われる制服に身を包んだ目つきの悪い女性。
高校生なら、少女と言った方がいいのだろうか?
とはいえ一言で表現するなら……ヤンキー?
女性の場合何て言えばいいのだろうか、スケバンはちょっと古い気がするし。
「テメェか、ウチの妹の小遣い巻き上げたっていうクソヤロウは」
あぁ、これ。
多分面倒くさい“縁”を繋いじゃったかな?
そんな風に思うくらいには、良い未来が見えない状況であった。
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