第16話 真実の無い噂


 「おや、アレだけ喚き散らしていた割にはお早いご来店でしたね」


 「……うっせ」


 やけに棘のある言い方をしてくる受付嬢に対し、気まずくなって思わず視線を逸らした。

 確かに言われても仕方がないだろう。

 昨日散々息巻いておいて、次の日には掌を返したかのように仕事をお願いしに来るのだから。

 とは言え、やはり性格的に言われっぱなしというのは気に入らない。


 「妹に“憑いてた”のが祓いきれてないって線はないのかよ? 昨日は散々だったんだ。 もしそうなら店主に一言――」


 「それはあり得ません、私がきっちり“仕留めました”から。 もしあるなら、やはり主様が言う様に“貴女”に憑いているのでしょうね」


 「はぁ?」


 色々と聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするのは気のせいだろうか?

 “私が”、だぁ?

 詰まる話、店主じゃなくてこの同い年くらいの女の子が“祓った”という事だろうか?

 ますます怪しくなって来たんだけど……。

 なんて事を考えていたら、太ももをつねられてしまった。


 「お姉ちゃん、信じるって言いました」


 「うっ……分かったよ……」


 ジトッと半目で妹から睨まれ、思わず降参とばかりに両手を上げた。

 その様子を見て、受付嬢がクスクスと愉快そうに笑っている。

 さっきとはまるで別人みたいに、綺麗で優しい微笑みで。


 「……悪かった」


 「えぇ、そりゃあもう。 主様に土下座する勢いで反省して下さいませ」


 「っく。 アンタ、なかなかいい性格してるな……まぁいいや、土下座でも何でもしてやるさ。 ソレで仕事を受けてくれるのなら」


 ぐぬぬっとばかりに悔しさをかみ殺しながら相手を睨んでみれば、ソレを受け流すかのようにオホホホとか言いそうな仕草で笑みを返された。

 くそう……私が悪いのは分かってはいるが、どうにもこの受付嬢とは合う気がしない。

 そして昨日あんな態度を取った店主に、これから会うのだと考えるとやはり気が重い。


 「ちなみに主様はまだいらっしゃっておりませんので、しばらくお待ちください。 なぁに、土下座の練習でもしていればすぐです」


 「おっ前本当にいい性格してんなぁ!?」


 「お褒めに預かり光栄です」


 そんな会話をしながら、私達は昨日の広間へと通されるのであった。


 ――――


 「……あの、コレは一体?」


 「主様、お帰りなさいませ。 ちょっと野生動物の調教を」


 「だぁれが野生動物じゃぁぁ!」


 襖を開けた先には、混沌が広がっていた。

 いつになく上機嫌でクスクスと笑い声を洩らす雪ちゃんに、呆れ顔の幸。

 そしてその幸を胸に抱えながら、困った顔を浮かべている零ちゃん。

 そこまでは良かった、まだ安全だった。

 でもさ、彼女は一体何しているのだろうか。


 「み、みるなぁ……」


 涙目でこちらを睨んでくる神庭治 美鈴。

 昨日の今日で忙しい事だとは思うが、そんな感想の前に色々気になる恰好をしているのだ。


 「……で、何してるの?」


 「主様に“ココ”の権限を一部貰っておりますので、作ってみました。 私の趣味です」


 楽しそうに答える雪ちゃんとは対照的に、美鈴さんは真っ赤な顔で睨みながら……短いスカートの裾を下に向かって引っ張っていた。

 昨日の雰囲気からはまるで想像出来ないが、何故か彼女はミニスカのメイド服をその身にまとっていた。


 「は、はぁ!? 店主がこの恰好が好きだから、コレで謝れば許してくれるって言ったのお前だろ!?」


 「本気で信じたんですか? 逆に凄いですね。 あ、でもちゃんと似合ってますよ?」


 「ちげぇよ! そういう事聞いてんじゃねぇよ!」


 やけに騒がし会話を聞きながら、やれやれとため息を一つ溢す。

 まあとりあえず、一言くらい言っておかなければいけないだろう。


 (それで、本日はどういったご用件で?)

 「色々と凄いですね、はみ出てしまいそうです」


 言葉を紡いだ瞬間、昨日と同じく顔面に衝撃を受けた。

 吹っ飛ぶ瞬間に、零ちゃんと幸のジト目がチラッと視界の端に映った気がするが……俺はもしかして言う事を間違えただろうか。

 まあそれも仕方ない。

 それくらいに、“凄かった”のだから。


 「ホラ、主様も喜んでくれましたよ?」


 「嬉しくねぇよバカタレ!」


 そのメイド服はスカートが短いだけじゃなく、胸元も大きく開いたデザインなのであった。


 ――――


 「さて、それじゃ改めてお話を伺いましょうか」


 顔面パンチを貰った影響で、鼻にティッシュを詰め込んだ状態で話を切り出してみた訳だが。

 反応は様々だった。


 「いや、その……ごめん」


 「店主さん……プッ、クスクス……」


 「お茶をお持ちしました」


 『……』


 フンッ! と鼻に力を入れて詰まったティッシュを噴出してみれば、零ちゃんだけが耐えきれないとばかりにピクピクしながら畳の上に転がった。

 普段から大人ぶっているというか、冷静であろうとする彼女はこの手の下らないネタに弱いのかもしれない。

 その隣ではお姉さんが非常に気まずそうに視線を逸らしていらっしゃる訳だが。


 「あ、あのさ……最初に確認いいかな?」


 恐る恐るという様子で、メイドさんが右手を小さく上げる。

 そう、この子まだ着替えていないのだ。

 まあいいけど、眼福だし。


 「昨日、零から“祓った”のは間違いないんだよな? でも昨日の夜、普段より凄いのが来ちゃって。 アレは一体どういう説明になるのかなって。 あ、その。 頼る以上信じてない訳じゃないんだけど……」


 メイドさんはどこか居心地悪そうに、というか恥ずかしそうにモジモジしておられる。

 なら話の前に着替えて来ればいいのに、とか思ったりもする訳なのだが、もしかしたら彼女のなりの誠意というか謝罪の意なのだろうか。

 だとしたら、そうだな……ありがとうございます!


 「主様、面白いくらいに邪念を感じます。 今はお仕事に集中を」


 「気のせいじゃないかな、俺は真面目に聞いてるよ?」


 もはやお仕事モードなのか普段通りなのかわからない口調で答えれば、未だピクピクしながらも座り直した零ちゃんの膝の上から、大きなため息が聞こえて来た。


 「ま、そうだね。 簡単に言えば縄張りが空いたから、余計に踏み込んでくるようになったんだよ」


 「縄張り?」


 はて? と首を傾げるメイドさんに微笑みを返しながら、とりあえず説明を続けることにした。


 「“幽霊”にも種類があってね、細かい説明は省くけど……そうだな、弱い幽霊と強い幽霊が居ると想像してもらえば分かりやすいかな?」


 コレは以前栗原さんに説明した内容の簡略版であり、その先の話でもある。

 怪異、そう一括りに出来なくもない“幽霊”という存在。

 以前も説明した通り、霊、蛹、妖怪、神。

 そんな風に分類分けされている、あくまでも“俺達”の様な存在には。

 そして“蛹”より上の存在。

 それらは多くの個体は、自らの支配圏内を主張するかのように“縄張り”を持つのだ。

 簡単に言えば獣と同じ。

 強い個体が縄張りの主になり、更に強い個体が来れば明け渡される。

 更にカレらの“縄張り”とは、土地だけには限られないのだ。

 獣の様に、「この山は自分のモノじゃー」と主張する様な土地に憑くモノもいる。

 まあ地縛霊の一種。

 だがしかし、彼らは概念や人にも憑くのだ。

 詰まる話、神庭治という人間……今回は零ちゃんだったが。

 彼女に上位個体が付いていた為、彼女に近い存在である姉の美鈴に憑いていた霊は大きな顔が出来ない。

 それこそ、“ちょっかいを掛ける”くらいで収まっていたのだろう。

 だがしかし、先日の一件で零ちゃんに憑いていた“怪異”が消失した。

 だからこそ、その“怪異”はこれ幸いにと本腰を入れて姉の美鈴に影響を及ぼし始めた。


 というのが俺の予想であり、結論。

 その結論が出ていたからこそ、前もって零ちゃんに注意を促しておいた訳だが……。


 「ま、まって。 それだと私は妹とは関係なく“前から憑かれてた”って事になるんだよな? 全くそんな覚えないんだけど」


 覚えがない、というのは多分。

 『そこまで人に恨まれる覚えがない』という事なんだろう。

 だがしかし、恨みとは……“呪い”というモノは、基本的にその程度なモノなのだ。

 もっと簡単に言えば“お手軽で身近なモノ”、なんて言葉でも言い表せるかもしれない。


 「零ちゃん、いつまでも笑ってないでお話を聞かせてもらって良いかな?」


 「スゥゥ、ハァァァ。 大丈夫です、ちょっとお姉ちゃんの恰好と店主さんの対応がヤバかったので、取り乱しました」


 喋る前に滅茶苦茶深呼吸されたんだけど。

 なんかもうこの子、ココに馴染み過ぎてない? 気のせい?


 「昨日起こったという“怪奇現象”。 君はどう感じた? 今までと同じだった?」


 そう問いかければ、彼女は難しい顔をしながら首を傾げた。

 その膝に幸を乗っけたまま、眉を顰めていく。


 「何と言えばいいのか……あっ、今までとは全然違いました。 悪意の質が違うというか……今まで私の周りで起こった現象は、まるで相手を殺すかの様な勢いだったんです。 執着というか、徹底的に壊してやる! みたいな。 でも昨日は多分、違いました。 最後はお姉ちゃんに目隠しされちゃったので良く分かりませんが……とても、“軽かった”と感じました」


 「軽かった、ね」


 この子もやはり、何かしら“感じられる”程度には力があるのだろう。

 それは“姉”程ではない様に思えるが。


 「そ、それでどうなんだよ? 私そんな恨まれるような事をした覚え無いぞ? ……多分」


 どこか焦った様な表情を浮かべているメイドさんが、涙目でそんな事を訴えかけて来た。

 ふむ……あんまり虐めるのも可哀そうだから、そろそろ始めようか。


 「二人に聞きますね? 呪いとは、どういうモノだと思いますか?」


 「へ? えっと、悪い感情を煮詰めて、相手にぶつけるみたいな……そんな感じ?」


 「改めてそう言われると……ある意味、他者に対しての“想い”そのもの。 あえて区別するなら、悪い部分を呪いと表現したように思えてきますね」


 姉妹はそれぞれ自分の意見を述べる。

 どちらも間違っていない。

 居ないのだが……後者である零ちゃんの方が近い。

 しかし、実感できる程の“呪い”となれば、美鈴ちゃんの方が近い。


 「二人共正解。 呪いは“想い”であり、“思い”であり、そして“他者に向ける感情”そのものである。 強い想い程効果を表し、相手がソレを脅威だと感じた場合……人はその想いを“呪い”と呼ぶんだよ。 例えソレを想った相手の感情が、好意や興味だったとしてもね」


 「……つまり、相手を好きだと思う感情でさえ、受け取り手次第では“呪い”になると?」


 「その通り、逆の両想いだったりするパターンを言えば“運命”だ何だと飾られるけどね。 本来“好意”とは綺麗な感情と捕らわれがちだ。 でも考えてみて? まるで知らない、顔も見たことも無いし話したことも無い。 そんな相手から“毎日貴女を見ています、好きすぎて目が離せません”なんて手紙が来たらどう思う?」


 「気持ち悪いです」


 「殴る」


 姉メイドの方の反応はどうかと思うが、まあ普通はそうだろう。

 一方的な好意、それは受け取り手としては“奇跡”にもなり得るし、“恐怖”にもなり得るのだ。

 行き過ぎた想いがあっても、結局は相手次第。

 この辺り、前回の栗原さん何かだったらより一層理解してくれたかもしれないが。

 まあ、それはともかく。


 「要はそういう事だね、見方によって様々な事が変わってくる。 全ての“想い”は受け取り手次第。 ソレは恋であっても、友人間であっても同じ。 もしくは見知らぬ誰かなんて可能性もある。 しかしソレは全て“想い”であり、“呪い”でもある。 ココまでは良いかな?」


 語り部というより、教師みたいになって来てしまった。

 まあ今回は、コレで良い気がするけど。

 だってお姉ちゃんの方かなり単純そうだし……下手に語ったら全部を全部鵜呑みにして自滅しそうだし。


 「まってまって? だとしたら何、人の想いは呪いに直結するみたいな? 恋人とか結婚とか、ああいうのってどうなってくるの? それも呪いの一種になっちゃうの?」


 おっと、どうやらこの姉メイド。

 荒っぽい見た目とは違い、随分と乙女であるらしい。

 うん、なるほど。

 こういう子って“憑かれ”やすいからね、ある意味納得。

 例えソレが、“実体のない概念だけの呪い”だったとしても。


 「そもそもの勘違いですかね。 想いは呪い、ではなく、受け手に“悪と感じさせる想い”が呪いと呼ばれるんです。 その辺りをごちゃまぜにすると混乱しますよ? 恋仲という話が出ましたけど、何故結婚指輪を左薬指に嵌めるかし知っていますか? 心臓には心が宿っていると考えられていた時代、その心臓に一番近い血管が左薬指に通っているとも信じられていたからです。 ロマンチックに言えば貴女の心を逃さない、私の心は貴女のモノだなんて言えますけど。 悪く言えば命を捧げる程の“契約”、裏切った場合には心臓を差し出す。 みたいな。 ソレを物として表わしているのが、結婚指輪です」


 「あの……うん、聞かなければ良かった」


 どこか打ちのめされた様な表情で、遠い目をしている乙女は「ハハハ……」とか乾いた声を洩らしている訳だが。

 もしかして夢を壊してしまっただろうか? だとしたら申し訳ない。

 彼女とは対照的に、興味津々という雰囲気で鼻息荒くしている妹さんも隣に居らっしゃるわけだが。


 「店主さんさっきの“呪い”の話、もしかして“虚言”や“噂”。 詰まる話、実体のない偶像的なお話と言ったら良いのか。 誰か一人ではなく、群衆としてのまとまりのない“想い”も含まれますか!?」


 「ほぉ、良く気づいたね。 その通りだよ零ちゃん。 “嘘や噂”というモノには、人の悪意が乗りやすい上に“真実が捻じ曲がる”事が多い。 しかしそこには多くの“想い”はあるが“実態”……つまり呪いを吐き出す“張本人”がいない。 そういうモノはね、何かが“憑く”のではなく“生まれる”んだ。 新しい怪異が」


 胸糞悪い、とばかりに姉メイドに顔を顰められてしまった。

 でも、コレばかりは“そういう現象”が実際に起きているのだから仕方がない。

 先に述べた、“実体のない虚言”とは本来何の力も持たない。

 しかしそれが、数十……数百という人数の“想い”が重なればどうなるか。

 例え話をするならば、元々は存在しない怪異、例えば3日連続でトイレにそうめんを流すと、“勿体ないお化け(そーめんバージョン)”が出る。

 というどうしようもない噂を流すとしよう。

 本当にこんな下らない話なら誰も信じないが、もしも周囲の人間が信じたと仮定する。

 するとどうなるか。

誰しも“噂”というものがどういう変化をするのか、多少なり心当たりはある筈だ。

 より深く、より残酷なモノへと変貌することが非常に多いのだ。


 コレは儀式であり、内容は三日連続でトイレに食料を流す……とかに変わるだろう。

 要はマイルドな部分から次々に削られていくのだ。

 するとどうなるか。

 数日後には何らかの霊が現れて、トイレに流れる程細かく刻まれ流されるとか、そんなエグイ内容に変わっていたりするのだろう。

 さて、ここまで内容が変わってしまった“噂話”だが、結局は何が言いたいのかと言うと。

 最初は存在しない筈の噂話だったが、実際に思い描いた“ソレ”として現れ始めてしまうのだ。

 もしかしたら誰かの人魂が、ソレを模して現れるのかもしれない。

 その真相は分からないが、ただただ“噂”から形作られ、虚像の産物でしかない筈の“ソレ”が現れる。

 コレだけは事実だ。

 経緯までは正確には分からないが、実際に“出現”する。

 だからこそ、“広まり過ぎた噂”というのは終止符がない。

 突如として現れ、そして被害が出るのだ。

 だから終わらない、いつまでも語り継がれる。

 誰しもが知って居る“噂話”だって、実際にこういう所から来ているのかもしれないのだから。

 そしてその語り継がれたその話は尾ひれを付けて、また育ちながら“噂”という形で現れるのだ。


 「もしかして突拍子もない、というか余りにも下らない妖怪とか都市伝説の類って“そういうの”なんですかね。 ほら、メリーさんとか。 どうやって人形が電話掛けてくるんだぁって話ですし。 実際存在するのかは知りませんけど」


 「あぁ、あの子ねぇ。 居るよ? しかも結構な数が。 元々は固定電話が浸透し始めた頃に、電話越しに怪異の声が聞こえたって話しから“噂”が出来たんだったかな? あれ? 人形がどうとかって話が先だったかも」


 「鶏が先か卵が先か、とはまた違うのかもしれませんけど。 迷惑な話ですねぇ」


 「だねぇ。 ちなみにあんまり知り過ぎたり関わり過ぎたりする“出る”タイプだから、気を付けてね?」


 はーいと返事する妹さんを尻目に、今回の相談主はもはや泣きそうな顔になっているのであった。

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