第15話 来訪者
店主さんからの条件は非常に簡単なモノだった。
「今日はお姉さんと一緒にお休みになってください。 多分“何か”起きますが、多分零ちゃんなら“違和感”に気付くと思いますよ?」
本日“祓って”貰った私。
だからこそこれからは何も心配なく過ごせるのだ、そう思っていた所に冷や水を被せられた思いだ。
とは言え気になるのが、“姉にも憑いている”と本人に告げていた一言。
アレが本当だとすれば、一体何が起きるのか。
私がこれまでに経験した出来事は、主に“ポルターガイスト”と呼ばれるモノ。
物が勝手に動く、ひとりでに扉が開く、電子機器が起動するなどなど。
絵に描いた様な代表的な項目は大体経験済みだ。
それどころか、映画でもここまでしないだろうという大技……棚がひっくり返ったり、陶器が人に向かって飛んでいく、何て危険極まりない出来事にだって遭遇したぐらいだ。
そのせいで姉とも離れ離れで暮らしている訳だが……まさか今日もそんな事が?
なんて、不安を隠せない様子で姉に作ってもらった夕飯を食べていた。
その日の夕飯は、こんなにも贅沢をして良いのかという程豪華だった。
というより、甘い物尽くしだったのだ。
夕飯もデザートも、そして「お母さん達には内緒だよ?」なんて言いながら用意してくれた、寝る前の甘味などなど。
非常に甘やかされていると言える環境もようやく終わり、ベッドに入った頃には零時を過ぎていたと思う。
これは流石にやり過ぎたとも思う中、隣で眠る久しぶりに会った姉を見ると、どこか甘えたくなる感情が芽生えてくる。
だからこそ、眠って居る姉の体に抱き着いた。
『お姉ちゃん、私解放されたよ! やっと終わったよ! あのね、今日ね! “祓って”もらったの!』
語り部 結を出た後、お店から近かった姉の家に思わず駆けこんでしまった。
とにかく嬉しくて、今後は姉とも一緒に暮らせるんだっていち早く報告したくて。
でも結果的にソレが、店主さんに迷惑をかける形になってしまった。
今になって考えれば当然だろう。
普通なら、小学生相手に数千円で“お祓い”をしてくれる所なんて滅多にない。
神社のお祓いだって、お布施? だっけ? そういう形で結構な金額を払うのだ。
“あの光景”を見ていなければ、だまし取られたと考えてもおかしくは無いだろう。
「でも……信じて欲しかったな」
姉の行動は、私を心配しての事。
それは分かっている、分かっているのだが。
それでも、悲しかったのだ。
激高する姉を目にした時、嬉しい気持ちは絶望へと転換した。
目にした光景を言葉で伝えた所で説得力がまるで無い事なんて分かっている。
でも、信じて欲しかったのだ。
あの光景が嘘だと言われているみたいで、非常に悲しかったのだ。
私を救ってくれたあの人達の暖かさ、強さ、そして美しさ。
アレを伝える手段がないのが、非常にもどかしい。
だからこそ、思ってはいけない事を思ってしまった。
姉にも“あの光景”を見る機会が訪れればいいのに、と。
それは願ってはいけない願い。
それはつまり、姉が“怪異”と遭遇する未来。
でもそれ以外で“彼らの凄さ”を理解出来ないのなら、いっそのこと……。
正直、最悪の想像だろう。
でも私は、そんな風に思ってしまった。
そして店主さんが“姉にも憑いている”と言い放った瞬間、どこか期待してしまった自分がいる。
本当に、私は性格の悪い子供だ。
だからこそ許してとは言わないけど、どうせ被害にあうなら……せめて私だけに。
家族に怪我を負わせたことのある私だが、せめて心の傷は私だけにして下さい。
今までみたいに、私だったらいくらでも傷つけていいから……。
そんな事を思いながら、夜のとばりは降りていく。
ゆっくりと瞼を下ろせば、なんだか今日は随分とよく眠れる気がしたのだ。
――――
深夜、私は物音に目を覚ました。
瞳を開けてみれば、隣には静かな寝息を立てる妹。
だからこそ、音を立てる人間なんかいない筈なのに……なんて、“いつも通り”思う訳だ。
こんな現象、今に始まった事ではない。
“怪奇現象”を呼び寄せる妹。
母に最初そう聞いた時は鼻で笑った。
でも実際に目の当たりにして、怪我をして。
ようやく“そういう事”は実在するのだと知った。
怖くないと言えば嘘になる。
だが同時に、念願かなって出来た妹が“こんな事”に苦しめられていると考えたら……無性に腹が立ったのを覚えている。
“そういう事”もあって、私の部屋で起きる出来事は“ソノ”延長なのだと思っていた。
妹のせいだとか思ったことは無いが、妹を苦しめているソイツが、私にも手を伸ばしてきたのだと感じていた。
しかし、本当にそうなのだろうか?
私はずっと一人っ子だった。
父親の記憶がないから、片親なのはコレと言って不幸とも思わなかったが、周りの友達の“兄弟や姉妹”というモノには憧れていた。
その影響もあって、やっと出来た妹はひたすらに可愛かったし、ソレを苦しめる存在に腸が煮えくり返る想いだった。
だというのに私は一人家を追い出され、こうして一人暮らしをしている。
しかもその可愛い妹が、本日貯めに貯めたお小遣いをはたいて“お祓い”をして来たと嬉しそうに告げて来たのだ。
普通に考えれば子供一人で依頼できる事柄ではない。
いざ乗り込んでみれば、怪しい男がヘラヘラと笑いながら座っていたのだ。
コレはもう、殴るしかない。
そう思っていたモノの、その男からはどこか他の人間とは違う雰囲気を感じた。
“嘘”をほとんどつかないのだ。
私は昔から嘘に敏感だった。
子供の嘘から、大人の嘘まで。
“嘘”をつく人間が出す特有の空気を読むのには自信がある。
だからこそ、彼が言い放った言葉に背筋が冷えた。
『君にも憑いている』
だとしたら何か? この部屋で起きる現象は、妹とは全く関係ないとか?
そうすると、この部屋で起こっていた出来事を全て妹のせいにしていたことになる。
だとしたら、私は妹を恐れた周りの人間と一緒だ。
「……チッ」
自分に嫌気が差し思わず舌打ちが漏れるも、周囲の音は止んではくれない。
ドンドンッと壁を叩く音や、ノシノシと天井から歩く音が聞こえる。
更にはヒソヒソと内緒話でもするかのように、周りから声が聞こえてくるのだ。
内容までは分からないが、それでも確かに“声”として聞こえてくる。
最初の頃は随分と騒がしいアパートだと勘違いして、クレームを入れたものだ。
その結果、逆にクレームを貰う形になってしまったが。
この時間上下左右の住民は騒いでいないし、むしろ壁ドンで返していた私に迷惑していたという内容で返って来た。
こうなると、この騒音はこの室内で完結しているという事に他ならない。
「何なんだよ一体……私が何したってんだ……」
妹に憑いていた“霊”は祓われた。
その言葉を全て信じた訳ではないが、それでも店主の言葉に“嘘”は無かった。
もしかしたら勘違いとか、そう信じ込んでいるだけの可能性も残されている訳だが……。
「今考えて見りゃ、確かに実家で起こってた“怪奇現象”とは種類……っていうか、やり方が違うよな」
上半身だけを起こして、ふむ……と考え始めた私の袖を、小さな手が掴んだ。
「お、お姉ちゃん? コレ、なに?」
驚いて視線をやれば、そこには青い顔をした妹が震えていた。
しまった、いつもの癖で独り言をブツブツ喋り過ぎたか?
どうやら妹を起こしてしまったらしい。
そして尚も続く怪奇現象に、すっかり怯えてしまっている様だ。
「ごめんな、起こしちゃって。 零は初めてかもしれないけど、結構いつもの事なんだ。 だから気にしないで寝てていいんだよ?」
「い、いや。 無理」
まあ、ですよね。
なるべく優しく毛布を掛け直すも、速攻でNOを食らってしまった。
普段ならそろそろ終わる筈なんだけど……なんて、思っていた頃。
――ガシャッ。
普段は聞えない、変な音が廊下の方から聞こえて来た。
「お、お姉ちゃん?」
「大丈夫、ちょっと見てくるよ」
「駄目っ! 危ないよ!」
必死に腰にしがみ付くように、妹が縋りついてくる。
こんな状況だというのに、ちょっと幸せを感じてしまうのは病気だろうか。
いや、可愛い妹に抱き着かれたのだ。
誰だってこうなるに違いない。
「でも、変な人が玄関開けようとしてたりなんかしたら危ないでしょ? だから見てくるよ」
「余計に危ないよ!?」
必死にしがみ付いてくる妹に対して、まぁまぁとばかりに軽い笑みを浮かべながらベッドから降りる。
本当にそんなヤツが居たのなら、玄関を開けずに警察を呼べばいいだけだ。
もしも侵入を試みる様なら、全力で殴り飛ばそう。
なんたって今日は妹も居るのだ、私の後ろに通す訳にはいかない。
そんな意気込みで、再度気合いを入れ直しながら室内の明かりを灯す。
その瞬間騒音や囁き声はピタッと止まるが……未だに玄関の方から聞こえてくるガシャッ、ガシャッ! という音だけが鳴りやまない。
コレはマジで通報事案か?
恐る恐る廊下の明かりを付ければ、そこには。
「……え?」
ガシャッ、ガシャッ!
未だに鳴り止まぬ音の元凶。
ソレが、私の目の前で尚も活動していた。
あれは、一体なんだろう?
ちょっとすぐには言葉が出てこなかった。
「お、お姉ちゃん?」
「っ! 見ちゃ駄目!」
私の後を追ってきた妹の眼を掌で塞ぎ、そのまま廊下にへたり込んでしまった。
正直、腰が立たない。
もはや逃げだす事も、部屋に戻る事さえできる気がしない。
「お姉ちゃん何があったの? どうしたの?」
その声に答えられるだけの気力が、今の私には無かった。
だって私にとっての“怪奇現象”とは、音や声。
そういう“目に見えない”筈のモノだったのだ。
物が動くなどの現象はあったが、ソレでも“幽霊”そのものを目にした事なんかなかった。
だからこそ、信じてはいたがどこか歓楽視していたのだろう。
きっと大丈夫、大したことないって。
でも、目の前にある“ソレ”は。
私の薄い希望を打ち砕くには、十分な見た目をしていた。
「お、おねえちゃん……?」
「ぜ、絶対に……見ちゃ駄目」
コレだけは言える。
見て、幸せになる事なんて一つもない。
だって“ソレ”は、その光景はあり得ないモノなのだ。
物理的におかしい、絶対に入る訳がないのだ。
でも実際、目の前にある。
見てはいけない何か、というモノを見せられている気分だ。
ガシャッ! ガシャッ!
音はさらに激しくなり、苛立っている様にも聞えた。
「お姉ちゃん……?」
「お願い、見ちゃ駄目……」
絶対に妹に見せる訳にはいかない、あんなモノ見たら絶対に心に傷が残る。
――だって。
玄関の扉の郵便受け、封筒なんかしか通らない筈の場所から、生えているのだ。
真っ白い人間の腕が。
それだけならまだ……とは言えないかもしれないが。
それだけじゃないのだ。
腕はドアノブを握り、けたたましい音を上げながら何度も捻り上げていた。
まるで開かない扉に焦れているかのように。
ガシャッ、ガシャッ! と、確かに耳に残る金属を響かせながら。
そしてなにより気味が悪いのが、そこには絶対ない筈のモノが付いているのだ。
『――けて? 開けてヨ?』
ノイズの様な声が、私達の居る廊下に響き渡る。
『居ルんでしょ? 開ケテよぉ?』
ゾッと背筋が冷たくなるのが分かった。
コレは絶対に、“答えてはいけない声”だ。
妹もそう感じたのか、キュッと唇に力を入れながら両方の耳に掌を押し付けた。
それでも“ソレ”は喋り続ける。
ドアノブを何度も捻りながら。
その腕に寄生しているみたいに、手の甲に開いた唇を震わせながら。
『開けテ、開けロ』
『ネェ、居るんでショ』
『聞こえてるンデショ?』
『ネェネェ、ねぇネェねぇ』
唇はどんどんと増えていく。
それぞれ別の声で囁きながら、一本の白い腕からいくつもの“口”が開いていく。
なんだ、なんだこれは。
アレは一体、何なんだ?
『『逃がサないカラ』』
どれくらい経ったかは分からない。
でもその“口”達は声を揃えながらそう言い放った後、“手”を引っ込めた。
最後にはパタンッと、郵便受けが締まる音だけが静かに廊下に響き渡った。
怖い、それしか頭に浮かばなかった。
今までこんな事無かった、精々声が聞こえるとか音が聞こえるとか、その程度だった。
だというのに、今さっきまで目の前に居たモノはなんだ?
“怪物”としか表現できないソレに、私はただただ怯える事しか出来なかった。
そして……。
「お姉ちゃん……もう一回、店主さんの所に行こう? きっと何とかしてくれるよ」
震える声で、妹がそう声を上げた。
語り部 結。
あの怪しいお店、でも妹は“救われた”と言って聞かないそのお店。
信用した訳ではない、でも私にはそれ以外どうしたらいいのかもわからない。
だからこそ、小さく頷いてみせるのであった。
「あのお店って……料金どれくらい掛かるんだろう……」
ポツリと零れた言葉は、随分と場違いな上に情けないモノだった。
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