第4話 質
「はっはっは、災難でしたね」
「笑い事じゃないですからね、あれからポルターガイストだの無言電話だの。色々起こってますからね? なんなんですか? 今でもあの訳のわからないメール送り主が私に憑いているとでもいうんですか!?」
「まぁそうなんじゃい?」
そんな事を言いながら一本の蝋燭を指さし、消して消してとばかりに促してくる。
これってやっぱり、百物語だよね?
怖い話をして、終わるたびに一つずつ消していくっていうアレ。
だとすると、今の話で消していいの? って感じではあるんだが……まぁいいか。
ふぅっと息を吹きかけ、一本の蝋燭の炎を消し去る。
残り少ない光源を吹き消した事で、より一層部屋の明かりが少なくなった訳だが……。
「ではもう一つ私からお話しましょう。栗原さん、貴女は幽霊ってどんなものだと思いますか?」
唐突に、店主がそんな事を言い始めた。
幽霊とは何か、なんて明確な答えを持っている筈もない私は、ぼんやりとした答えしか思い浮かばない。
人が死んで、その魂が現世に残っている。
くらいしか思い浮かばないのだが……どんな答えが正解になるのだろうか。
「怖い話やテレビで語られている幽霊に色々居ますよね? 浮遊霊、地縛霊などなど。あながち間違いではありません。ただそれは、幽霊の傾向を現した言葉に過ぎないんですよ」
「と、いいますと?」
言っている意味が良くわからない。
言葉自体の意味は分かるが、傾向……と言われましても。
そこは種類として分別すべき内容なのではないか?
現に“そう言う番組”とかでは、やっぱり区分して語られている訳だし。
「では、逆にお尋ねしましょう。そうですねぇ……山に登るのが好きな方が居たとしましょう。人により舗装された道を上る人間、道なき道を上っていける人間、それらをサポートし登り方を教える人間。この三種類、貴女ならなんと表現しますか?」
「えっと……最初の人はホントに趣味、“素人”……というか一般人? 次の人は条件にもよるかもしれないけど“玄人”、場合によっては不作法者と言うかもしれないけど。それから最後の人は“プロ”、それを生業とするならどちらの道も進める技術が必要だから……ですかね?」
何かしら怖い話に絡めてくるとしたら、この答えは間違っているのかもしれない。
でも、言葉通りならこれくらいしか答え様がない気がするのだが。
なんて事を思っていた私に、彼はパチパチと乾いた拍手を送る。
「素晴らしい、正解です。それらを僕らは登山家と呼び、素人目から見ても彼等の上中下が見えてくる、という事ですね」
「はぁ……」
だから、それが一体何なのかという話な訳だが。
今度は山の怖い話か?
「では、その山に登る事が大好きな“登山家”達の種族を、私達は何と呼びますか?」
「……っ」
なるほど、そう言う事か。
登山家達の事情など、私は全く詳しくない。
けど、一般論的に“どういうモノか”くらいは知っているつもりだ。
だがソレは、“登山家”という一括りに絞った話に過ぎないのだ。
つまりは……。
「人、または人間。ですかね」
「ピンポーン、正解です。話を戻しますが、ぶっちゃけ何をしている幽霊か何てどうでもいいんですよ。ソレがそこら辺をフヨフヨ漂っていようが、一つの土地に留まっていようが、全て等しく“幽霊”なんです。問題は“質”ですよ。どんな“幽霊”で、どれほどの“力”を持っているのかが重要です。貴方が困っている問題に関わってくるのが“素人”なのか“玄人”なのか。もしくは“プロ”と言える程の上級な存在であるのか……はたまたソレ以上の存在だったりするかもしれませんね? ソレばかりは、確認してみないとわからない、という話です」
「ソレ以上?」
これは幽霊の話だ、まずそこを勘違いしちゃいけない。
さっきからの話であれば、そこら辺に居るのが“素人”。
ちょっと力をつけて、何かしらの手段で生者に害を及ぼすのが“玄人”だったとしよう。
“プロ”の扱いを受ける個体だったとすれば、何か?
良くある心霊スポットで、絶対に何か起こす幽霊とか?
もしくは人を死に導く様な怨霊だったりするのだろうか。
そういった“質”を、今この場で確かめようとしているのだろう。
しかし、ソレ以上ってなんだ?
例えば“素人”は写真に写るくらい、“玄人”は声やラップ音、その他の嫌がらせの類だと考えよう。
そして“プロ”。
これは直接的に手を下せる存在だと考えてみると……ソレ以上ってなんだろう?
触れただけで死ぬとか、見ただけで死ぬとかそういう類だろうか?
でもそんなの、言葉に表しようがない気がするのだが……。
「そうですねぇ。教えや地域にもよって変わってきますのでこれはあくまで一例として聞いてくださいね? そこら中に居るのが一般的な“幽霊”。一番底辺の存在であり、自我もほとんどありません。本能に従うだけの存在。詰まる話雑魚です、スライムみたいなモノだと思ってください。弱いが数も多い、しかし数が揃えば実害が出る」
「え、あ、はぁ……」
「その次に“
「蛹……なりかけ……」
なんかもうこの時点で良く分からない。
初級の“幽霊”という括りからはみ出した存在が“蛹”?
でもその蛹だって、幽霊には違いない訳で。
更にはその上まで居ると言うのだ。
もはや何と呼べばいいのか、どう解釈していいのか曖昧になってこないか?
「少し納得のいっていない表情ですね? まぁ余り深く考えなくて大丈夫ですよ。 先程も言った通り、全て幽霊という括りで間違いはありませんし。相手の質によって問題の大きさが変わる事はありますが、それを見極めるのは私の様な存在の仕事ですから」
相も変わらずヘラヘラと笑う店主が、おもむろに一本の蝋燭を吹き消した。
部屋の明かりは更に少なくなり、今では一本の蝋燭が頼りなく揺れている。
「って、えぇ!? 今の話で消していいんですか?」
怖い話っていうより、専門家の話を聞いただけな気がするんだが。
百物語って言ったら、一つひとつオチをつけなきゃいけない様な雰囲気があったが。
あんな説明文章で火を消してしまっていいモノなのだろうか?
「あぁ、大丈夫ですよ。結局は“向こう側”に纏わる話をして、蝋燭を吹き消す儀式でしかないので。それが中途半端であろうと、作り話であろうと問題ありません。それに、私の語った内容が近かったせいか、随分とこちらを“認識”してくれたようですから」
「は?」
相変わらず良く分からない事を語る店主に首を傾げるも、その後に発生した冷気にゾクリと背筋が冷えた。
なんだろう、急激に室内の温度が下がった気がする。
というか、気配と言ったら良いのだろうか?
私の背後に、何かが居る。
そう感じられるくらいに後ろから気配やら温度やら、そして息遣いが聞こえてくる。
動けない、動けるはずがない。
思わず眼を見開いて、店主を見つめるが……。
「では、続けましょうか」
彼は相も変らぬ笑みを浮かべて、最後の蝋燭を私の前に差し出した。
この人、まさかこの状態でも百物語を続ける気なのだろうか?
いや、あり得ないだろうに。
頭おかしいよ、絶対おかしなモノ呼んじゃってるし、私の後ろにいるし。
もしかして見えて無い? 気づいてない?
やはりこの人も、その辺のエセ霊媒師と同じだったのだろうか――
「最後の一本は、ご本人から話を聞いた方が良いでしょう。語ってくれますね? 貴方の経験を、そして生き様を」
そう呟く彼の瞳は、私を見ていなかった。
私の後ろ、と言うか私の肩口辺りに視線を向けたまま微笑んでいる。
瞼に涙を溜めながら、ガタガタと震えている私の事なんてこれっぽっちも視界に留めず、彼はゆっくりと皿に乗った蝋燭を畳の上に置いた。
そして。
『僕ハ、――ナッタだけだ。 ……ナ』
私の肩の近くから、今まで聞いた事もない様な低い声が響く。
何かがおかしい。
怖くて首を動かす事は出来ないが、視線だけ動かせば私の半身が“黒い霧”のようなモノに包まれている様に見える。
ゾッと背筋が冷えるが、私が声を上げていい状況じゃない事だけは理解出来た。
そんな事態だと言うのに、この店主は笑みを崩さずそのまま話を続けた。
間違いなく、私の肩口に居る何者かに“語らせよう”としている。
「そう言う訳にも参りません。見て分かるでしょう? 最後の一本です。貴方が語ってくれなければ、終わる事が出来ないのです。さぁ、教えてください。貴方が何を想っているのか、何を願っているのか。そしてその姿を私達に見せてくれない限りは、この“儀式”は終わりません」
そんな台詞を吐いて、彼は最後の蝋燭を私のすぐ近くへと寄せてくる。
この状況も、聞こえて来た謎の声も。
今の私には全てが怖い。
でも逃げ出す程の気力も、勇気も。
私の中では既に失われていた。
お願いだから、早く終わって。
それだけ想いながら、ガチガチと奥歯を震わせていると。
『初めテ――たんダ』
ラジオのノイズが混じったような声で、私のすぐ近くから男性の声が響いた。
「ほう、初めてだったとは、何がですか?」
『初めテ、優シク――……彼女ダッタ』
ポツリポツリと、その声は語り始めた。
しかし、私の耳には彼の声の全ては届かない。
途切れ途切れのラジオの様にノイズ交じりで、“ソレ”の言っている事の全ては聞き取れなかった。
それでも店主の耳には届いているのか、二人の会話は続いていく。
「ははぁ……詰まる話、高校時代に優しくしてくれた彼女に恋心を抱いて、社会人になってから再会したから執拗に付きまとった。というお話で良いんですかね? 知ってます? それってストーカーって言うんですよ?」
呑気に笑う店主を他所に、“黒い霧”が広がっていく。
状況について行けない私にも分かるくらい、この“幽霊”が怒っているのが分かった。
頼むから勘弁してくれ、もう少し穏便には済ませられないのか?
こっちは“こんなモノ”と面と向かって遭遇したのだって初めてなのだ。
そんな恨み言さえも言えず、ガタガタと震えながらすぐ隣の“ナニか”に視線を送っていた。
『オ前に――が、ワカ……だ! 僕ハ今ま――!』
「やー、わかりませんね。私ストーカーとかやったことないんで。同意を求められてもちょっと」
ハッハッハと笑いながら手を横に振った店主に向かって、黒い霧が勢いよく伸びていく。
これは、絶対不味い奴だ。
「避けて!」
思わず叫んでしまった訳だが、それよりも先に店主が行動を起こしていた。
「しっかりとこちらを“認識”したみたいですね? 今なら貴方の姿が見えますよ。いやはや、気持ちが悪い。この方にご執心なのは分かりましたが、人の姿を捨ててまで付きまといますかね?」
狐目、と言っていいんだろうか?
薄目を開けながら、彼は色鮮やかな扇子を開いていた。
黒地に赤い花の模様……梅の花や彼岸花だろうか?
朱く紅い、それこそ真っ赤な血を思わせる程の華が描かれた扇子。
彼の首元へと伸びた黒い影は、その扇子によって遮られている様だった。
「良かったですね? そんな化け物じみた姿を想い人に見せる事にならずに。さぁ、お逝きなさい。輪廻転生に従い、今度はしっかりと生きるのですよ?」
言葉だけなら、口の悪い聖職者の様な台詞だ。
この後祈りの言葉でも紡げば、さぞ絵面はよかったであろう。
でも、違うのだ。
この男は、さっきから言っている事と雰囲気がまるで合ってない。
聞いているだけでも分かる。
扇子に隠された向こう側で、彼は間違いなく……“笑っているのだ”。
「幸、もういいですよ。お願いしますね」
そんな言葉を呟きながら、彼は最後の蝋燭を吹き消した。
部屋の中の明かりは無くなり、真っ暗闇が訪れる。
当然相手の姿も、私に憑いていた“ナニか”の姿も見えなくなるが……。
『全く、待たせすぎだ。いつまで続くのかと思ったぞ』
今まで聞いて来た声とはまた違う、新たな男性の声。
まさか、新しい怪異?
なんて思った次の瞬間、室内には耳を劈く悲鳴が鳴り響いた。
もはや言葉にすらなっていない。
――キィィィ! みたいな叫び声? だろうか。
獣の雄叫びというにもおこがましいと思えるような、甲高い耳障りなノイズ。
思わず身を潜めて、耳を塞いでしまいそうになった瞬間。
『あーあーうるせぇな。これだから覚悟は足りないくせに、自意識過剰な奴は嫌いなんだ』
呆れかえった声と共に、ノイズはピタリと止んだ。
終わった……のだろうか?
フッと体が軽くなり、寒気も引いていく。
如何せん室内が真っ暗なので、確かな状況を判断できないのだが……。
『お嬢ちゃん、気を付けな。しっかりと拒絶してやらないと、相手は淡い希望を抱いたまま生きていく事になる。それが今回の火種だよ』
やけにカッコいい台詞と渋い声を聞きながら、顔面に毛布というか絨毯の様な温かい感触を受けた。
何と言えばいいのだろう、獣臭い高級絨毯?
いや、本格的な高級絨毯になんか触った事ないけど。
なにこれ、今私は顔面で何を受け止めているの?
「幸、戻って?」
『あいよ。獣使いの荒いご主人様だ事で』
そんな会話が聞こえた瞬間、顔面に触れて居たモフモフというかゴワゴワというか。
どデカい獣の毛皮みたいな感触は消え去り、再び真っ暗闇が戻ってくる。
さて、これからどうすればいいのか……なんて思っていた所で、スパーンと音を立てて襖が勢いよく開いた。
「主様……また獣風情に……。失礼しました、お菓子をお持ち致しましたのでご賞味くださいませ」
そこには、最初に見た和服美人の女の子が。
なにやら気になる台詞を吐いていた上に、凄く顔を顰めていた気がするけど。
多分触れちゃいけないのだろう。
今では涼し気な笑顔でわらび餅を用意しているし。
「って、え? あれ?」
あまりにも不可思議な出来事の連発で反応が遅れたが、コレはどういう事だろう?
彼女の姿も、差し出されるお菓子も見える。
更には目の前に座る店主や、その膝の上で転がる黒猫の姿も普通に見えているのだ。
というか、部屋が明るい。
まるでいつの間にか部屋の電気をつけたみたいに、ただただ私が目を瞑っていたんじゃないかと錯覚すら覚える。
そして、私の周りにあった筈の蝋燭が一本も見当たらないのだ。
「あの……コレって……」
理解が追い付かずに、店主に向かって助けを求めれば。
「あ、終わったんで追加料金請求していいですか? 金銭的に厳しそうなら別にいいですけど。大した事なかったんで」
なんて台詞を吐きながら、わらび餅を頬張り始める店主。
本当に、頭が追い付かないんですが。
「……あ、はい? はい。請求して、どうぞ。おいくら程になりますでしょうか?」
色々あり過ぎて、呆けた顔で普通に返事してしまった。
とはいえ、彼に“仕事”をしてもらったのは間違いない事実なのだろう。
今までに見たこのない光景、雰囲気。
そして感じたことの無い世界。
それら全てを、いっぺんに体感した気分だ。
もう、何が何やら良くわからない。
「んーじゃあ三十万くらいで」
「さ、さんじゅ!?」
「じゃぁ十万くらい?」
「適当過ぎません?」
いくらがいい? なんて、私や着物少女に問いかけながら口元をわらび餅のきな粉で汚していく店主。
その笑顔には、さっきまでの不穏な気配など微塵も感じない。
それこそ初めて会った時の様な、飄々とした雰囲気だった。
「とりあえず……終わったんですよね?」
色々と状況に理解出来ない点は多いが、それでも他で受けたお祓いとは全く異なる時間だった。
そしてなにより、今まで普段から感じていた不快感というか……肩の荷が下りた様な気分になっている自分が居る。
だから多分、終わったのだ。
そんな気がする。
とか何とか思っていると。
「んー多分? 祓いはしたけど、あの世から戻ってくる事例もあるから絶対ではないよ? なので、今後も気を付けてねぇ」
「……であればもうちょっと割引してもらっていいですか?」
「あはは、ですよねぇ。今後とも良しなに~」
何とも気の抜けた会話をしながら、私の依頼は達成された。
本当に大丈夫かよ……なんて思いながらも、私は和服少女に見送られて店を後にする。
あの店は一体なんだったのか、本当にこの世のモノだったのか。
なんて馬鹿げた思考を思い浮かべてしまう程には、現実離れした時間だったと思う。
結局料金はかなり割り引いてくれたし、また何かあったら相談に乗るとも言ってくれた。
そんな、良く分からないお店のおかげで私は救われたのだ。
怪異相談所“語り部 結”。
もう、関わる事が無いと信じたい。
でももし次があったなら、今度は茶菓子の一つでも持って行こう。
なんて、下らない事を考えながら私は帰路に着いたのであった。
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