第18話 噂箱
「ふんっ!」
語り終わってみれば、やけに柔らかい感触に顔面が包まれた。
接近し過ぎて良く分からないが、メイド服の美鈴さんに抱き着かれた……というより、抱え込まれた? という方が正しいのだろうか。
詰まる話、目の前に当たる柔らかい感触は彼女のでっかいアレな訳で。
などと考えている間に、頭の上から叫び声が聞こえて来た。
「お前は悪くない! ガキの頃なんて、誰しもが勝手なんだよ! だからお前も悪くない! 誰も恨むな、恨むだけ損だ。 だから……そんな泣きそうな顔すんな」
「別に、泣きそうになんてなって居ませんが?」
ちょっとふごふごしたが、どうにかメロンみたいな肉の塊から顔を出し、不満を口にしてみたが。
どうにも彼女は納得いっていないご様子。
「お前は零と一緒なんだよ。 全部を我慢して、全部自分のせいにして。 それでもどこかで救われたいって願ってる。 でもそんな救いなんか無いって、どこか冷めた自分が居るんだ」
この子は……今の話で、どこにそんな哀れみを感じているのだろうか?
悲劇というのは、そこら中に転がっている。
逆にハッピーエンドとは、自然には殆ど生まれないのだ。
救いがない、そんな事当たり前に転がっているというのに。
一体何を怒っているのか……なんて、どこか冷めた感情ですぐ近くの顔を見上げていると、彼女の瞳から雫が零れ始めた。
「嫌なんだよ、どこまでも“普通”で。 平凡がつまらないって溢す奴らがわんさかいる中で、お前や妹みたいな奴が泣くのは。 そうしたら、決まって普通の奴が“お前ら”みたいなのを笑うんだ。 そんなのもう、たくさんだ……見たくない。 私はソレに抗ったけど、結局ソレは間違いだって怒られて。 でも、私は……」
きっと彼女は、見た目に反して涙腺が弱いタイプなのだろう。
妹の事を想ってか、先程の話を聞いてか。
彼女はボロボロと涙を溢していた。
感受性が豊か、そう言ってしまえばそれまでだが。
相手の気持ちに、その立場に立った自分を“想像”出来る人なのだろう。
そして彼女には“嘘”が分かる。
だからこそ、“本物”のお話には心揺さぶられるのかもしれない。
コレばかりは、下手に否定をしたら殴られそうだ。
彼女にも、妹さんにも。
だからこそ、言わなければいけない事がある。
いつまでもこの状況では、お互いに“不味い”のだ。
だからこそ、早急に手を打つ必要があるだろう。
――そして、語り部は口を開いた。
「やっぱ、おっきいよね」
「ふんっ!!」
その右ストレートは、今日一番と言える程効いたのであった。
――――
「こればっかりは、仕方なくない?」
「だとしても言うタイミングとか、色々あんだろ。 馬鹿かテメェは!」
えらくプリプリと怒っているメイドさんを前に、ジンジンと痛む右頬を撫でる。
俺としては「当たってるから、離した方が良いよ?」的な感じで言ったつもりだったんだが。
それでも彼女は気に食わなかったらしい。
「もういいからさ! 早く“祓って”くれよ!」
何とも投げやりの言葉ではあったが、その顔は真っ赤に染まっていた。
うーむ、凄いね女子高生。
無茶苦茶ながらも、やはりどこか保護欲が出ると言うか。
何かちょっと、娘さんが心配なお父さんの気持ちが分かった気がする。
「おい、変な事考えてねぇだろうな?」
「いえいえ別に?」
「……敬語禁止」
「あっそう」
良く分からないが、彼女は“客対応”の口調がとにかく気に入らないらしい。
逆にこういう人珍しいんだけどね。
まあいいかとばかりに仕切り直して、正面のメイドさん……じゃなかった、依頼主に向き直る。
ちょっと余計な話をしてしまった分、迅速に行こうかな。
そんな事を考えながら、袖から一つのキューブを取り出し彼女の眼の前に置いた。
「これは?」
「“噂箱”」
「はぁ?」
彼女が不振がるのも分かる。
正直、ちょっと変わったサイコロにしか見えない。
ただし表面に掛かれているのは壱、弐、参という“大字”と呼ばれるモノ。
ボードゲーム何かに使うサイコロの二回りくらい大きいが、表面の素材が黄ばんだ様な和紙が張られており、振ると中からは『カラカラ』と軽い音が響いてくる。
そこら辺で売って居れば、まず間違いなく購入する人は少ないだろう。
一言で言えば、“気味が悪い”。
もっと言うならば、この箱の中には色々な意味で“耳が良かった”霊媒師の耳の骨が入っているらしい。
だからこそこのサイズなのだ、と教えられた。
その事を説明すると、彼女は更に嫌そうに顔を顰めた。
「じゃ、振って?」
「……マジ?」
触るのも嫌、と言いたげに口元を引くつかせる彼女は、恐る恐るそのサイコロを手に持った。
その中から『カラン』と音がする度に「ヒッ!」と短い悲鳴を上げるのだから相当なモノだ。
よほど怖いのだろう。
「じゃ、じゃあ振るぞ?」
「どうぞどうぞ」
おっかなびっくりという表現がコレほど似合う少女は他に居ないだろう。
そんな様相で、彼女は机の上にサイコロを放り投げた。
カラカラと音を立てながら、不規則に転げまわるソレは“陸”の目で止まった。
そして……。
「えっと……なんて読むんだコレ?」
「六です。 まぁとにかく耳を澄ませてみて下さいな」
そんな緊張感のないやり取りをしながらも、俺達は耳を澄ます。
すると“噂箱”はカタカタと“中身が”揺れ動き、そして。
『――聞いた? アイツ、アパートで男“飼ってる”らしいよ?』
「ひっ!? お、おい急に箱から声が」
「しっ。 いいから聞いて」
泣きそうな彼女に向かって掌を向け、再び耳を澄ます。
『聞いた聞いた。 なんでもヤバイ妹のせいで性癖拗らせて、本人もヤバい事になってんでしょ?』
『アレの暴走っぷりを見るとあながち否定できない所がねぇ、マジでアイツの部屋がどうなってるのか、一回見てみたいよね』
そんな声が、箱の中から聞こえてくる。
それこそ誰かが話す噂話が、ふと“耳に入ってしまった”かのように。
「……で?」
「コレ、貴女の噂話です」
「……はい?」
首を傾げた状態でしばらく停止してしまったが、ようやく言った意味が分かったのか。
ボッと顔を真っ赤にして叫び始めた。
「~~っ違うからな!? そんな趣味無いからな!?」
「噂とはこんなものです。 一つのモノから百が生れる。 だからこそ、怖いんですよ。 という訳で。 さ、もう一度」
まあ、それはともかく。
この“噂箱”とは、こういう道具だ。
大きな数字は関わりのある“広がった噂”を“術者”に聞かせ、小さい数字は噂の“元凶”へと近づいていく。
今回の術者はサイコロを振る美鈴さん。
そして前回のカード同様、“決められた運命を辿る”呪具だったりする。
「マジかよ……」
「ささっ、グイッと」
「酒みたいに言うんじゃねぇよ……」
もはや反論というかツッコミを入れてくる力もないのか、彼女はため息を吐きながら再びサイコロを振るった。
そして上を向いた面には、“伍”の数字。
「これは何となく分かる。 五だよな」
「漢字の勉強をしている訳じゃないんだけどねぇ……」
そして震え始めるサイコロ。
先程と同じように、カタカタと震える“音”はやがて“声”に変わり、そして噂を口にする。
『神庭治の噂聞いたか? 二万だってよ』
『あー普通に考えりゃ“アリ”なんだけど、金ねぇしなぁ……。 学生には結構きつくね?』
『バイトでもするかなぁ、そしたら神庭治と一晩な訳だろ?』
『ま、アイツの部屋限定って話だけどな。 なんで他の場所だと駄目なんだろ――』
「ファァァァァァァ!」
「ちょ、まっ、落ち着いて美鈴ちゃん! 噂箱叩き潰そうとしないで!」
右腕を振り上げた彼女を、まるで抱き着くようにして止めに掛かった。
流石に止めてくれ、“呪具”は高いんだ。
いくら羞恥心が勝っても、商売上一時の感情で破壊される訳にはいかない。
「なっ! だって、だって! アイツら! 私の事なんだと思って!」
「わか……りはしないかもしれないけど、噂の不条理さは分かるよ! だから止めて!」
振り上げた拳を何とか下げさせる頃には、二人してぜいぜいと息を吐くほど疲弊していた。
ホント、本当にこの子は……どうしたものか。
直情的なのは分かっていたが、沸点が低いというかスイッチが色々あり過ぎる。
最近の子は“この手の話題”に慣れている印象だったが、彼女はどうも違うらしい。
抱きしめる様に止めていた彼女は、涙目でこちらを睨みながら「絶対違うからな……」と小声で溢した。
あぁもう、若い子ってホントにわかんない。
――――
その後“肆”と、“参”と出たがやはり似たような内容だった。
何とも高校生らしいと言うか、根拠もなくひたすら悪い噂を流しいている印象。
そして女の子という影響もあってか、やはり性にまつわる噂が“広げられていた”ようだ。
しかしどこか違和感が残る。
何故“部屋”なんだ?
もしくは“部屋に居る彼女”というセットなのかもしれないが、どの噂も彼女自身と、そして“部屋”を指していた。
何故?
聞いたところ、彼女の部屋は別に曰く付きという訳でもない。
本当にただのアパート、その一室だ。
では、何故そんな“部屋”が必ずと言っていい程話題に上がる?
もしかしたら彼女に纏わる噂だけで、本筋は“部屋”とは関係ないのかもしれない。
いや、しかし……何て事を考え始めた頃。
「ねぇ、もう止めて良いですか……」
「あーえっと、ドンマイ。 振って?」
「……鬼畜」
謂れのない罵倒を受けながらも、彼女がダイスを振る姿を見届ける。
そして表示されたのは“弐”。
更に聞こえて来た声は、俺には予想外というか。
あぁなる程、ソコに繋がるのかと言える様な内容だった。
『アイツって、独り暮らしなんだっけ?』
『なんでも、“アレ”の為に一人暮らしみたいだぜ?』
『アレ?』
『聞いた事あんだろ? 何でもアイツの部屋を訪ねた時点で、“そういう事”になるらしい』
『なんだよソレ、まるっきり“そういう店”じゃんか』
『だからだよ。 アイツの妹なんか色々ヤバイ状態らしくてさ、両親公認の元、治療費を稼ぐために“そういう店”になってるんだとか……』
『でも良いよなぁ。 “ソッチ”の意味でも色々だけどさ、俺も一人暮らしとかしてみてぇー』
「うがぁぁぁぁ!」
「おちつこっか、ね? ステイステイ」
まさか最初の方からここまで酷い状況になっているとは思わなかった。
というか高校生の考える位の“噂話”だから、少しくらい“その手の話”が混じっているのは覚悟していた。
でも“弐”でもこれほどなのか?
詰まる話、“そういう話”だという前提で噂が広まった可能性がある。
というか、あえてそう広められた可能性が出てくるのだ。
そしてもう一つ。
“一般的”な彼女の異常性。
それが浮き彫りになった。
「確かに、高校生で一人暮らしっていうのは悪目立ちするよね……」
「ち、違うからな!? 私はまだそんな経験ないしっ!」
「あぁごめんね? そうじゃなくて一般的な話」
そう、本当に一般的な話になるのだ。
一人暮らし、それは俺みたいな歳になれば当たり前になってくる生活だが、彼女達高校生には全く別のモノに映るだろう。
何をしようと自由、煩い事を言われない。
そんな“勘違い”を華開かせ、若人は妄想に浸るのだろう。
神庭治 美鈴は持っていて、自分達にはないその“自由”に彼らは憧れるのだ。
膨らませた妄想と、嫉妬とも言えるその想いが彼女を苦しめているのだとしたら……。
「くっだらねぇ……」
「店主さん?」
不安そうにこちらを見上げる彼女の頭に、思わず手を置いてしまった。
彼女は偉い。
全く意味もない言葉だが、そんな風に思ってしまった。
待ちに待った妹を可愛がろうとしたら怪異に襲われ、怪我を負って家族とは離されてしまう。
それは彼女自身を守る為に両親が決断した事なのだろうが……若いが故か、彼女はソレを“拒絶”と受け止めてしまった。
だというのに彼女は諦めなかった。
住まいは変わり、アパートでも怪奇現象が起きても。
それでも妹を想って、愛し続けたのだ。
ココまでの事を、一体どれ程の人間が体現できるだろう。
綺麗事や正義感では通らない“彼女の世界”。
それでも自分を押し通し、孤立しても“妹”を手放さなかった彼女。
その強さを否定する人間が居るとするなら、俺はこういってやるだろう。
「まずは自分も同じ目にあってから、同じ事を言ってみろ」と。
それは到底無理な話だし、言った所で“想像”するだけで喋り始めるだろう。
そんなモノはクソ食らえだ。
だからこそ、俺は絶対にこの子を救おう。
有象無象では救えなかったであろう彼女を、間違いない“結果”として印を残してやろう。
他の奴らとは違うのだと、彼女の心に刻んでやろう。
いつかまた困った時に、まっさきに“ココ”に逃げ込めるように。
「さぁ、次を振ろうか」
「やっぱり振るのか……うぅ……」
もはや諦めたとばかりに、彼女はサイコロを投げた。
やはり、表に現れるのは“壱”。
彼女もソレが出ると分かっていたのか、何も言わず耳を澄ませる。
そして……。
『――大丈夫―? なんか急に殴られたんでしょー?』
『意味わかんない、何なのあいつ……同情してやったのに……』
『マジ野生動物じゃん。 つっても大して怪我してない所見ると、ちゃんと加減はしてたのかねぇ』
『あぁもういいわ、アイツと仲良くするのは“無し”。 もうカースト最下位にでも落ちてもらおうよ』
『ウケる、いっそ“売り”でもしてる事にしちゃう? ウチらが言えば、それこそ男子は信じそうだし』
『ホラ、アイツ一人暮らしっしょ? だったらアイツの家に誰か押しかけそうな噂にしてみようよ』
キャハハッと笑う複数名の若い女の子の声が聞こえてくる。
あぁ、これが始まりなのか。
“同情”という言葉を使ってはいるが、会話を聞く限り“スクールカースト”ってヤツに引き込みたかった様だ。
その交渉が最悪の形で失敗したからこそ、彼女達は“報復”を思いついた。
もしも彼女が柔軟に対処出来たら防げたかもしれない未来。
普通の生活を送れた可能性がある選択肢。
だから、なんだというのか。
思わず苛立ってしまった。
彼女が語った“その時”に、俺の様に笑ってやり過ごせば彼女は穏やかに幸せに暮らせただろうか?
確かに“怪異”の被害は受けなかったのかもしれない、元になる噂が広められる事など無かったのだから。
それでもだ。
俺と同じ様に相手に合わせたからといって、彼女の“今”が幸せになっていたとは到底思えない。
「そっか、アイツらが……まぁそうだよな」
声を聞いただけで“誰”なのかを判別したらしく、彼女は項垂れていた。
ソレが余計に気に食わない。
学校とは、一種の“社会”だ。
確かにその中で無茶をすれば報復もあるだろう。
でも、彼女は“妹”の為にそのルールをブチ破ったのだ。
だというのに彼女は今、随分と情けない顔で項垂れていた。
「もう少し上手くやるっていうか、そういうのが出来れば違ったのかな? てか、急に殴られればそりゃ恨むか、アハハ……」
やけに乾いた笑いを溢す美鈴。
違うだろう。
そうじゃないだろう。
“普通”はそうでも、“君”は違うだろう?
そんな身勝手な思いと共に、彼女に再びダイスを握らせた。
「え?」
「確かに殴られたら恨みたくもなるだろうね。 でも、果たして“ソレ”を後悔する必要があるのかどうか、君が頭を下げる価値がある人間かどうか。 続きを聞いてみましょうか」
「え、でも。 もう六面終わった……」
困惑する彼女の手を無理矢理降れば、零れ落ちるサイコロ。
そして表に表示されるその数字は、“零”。
本来は無い筈のその数字が、サイコロには表示されていた。
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