第7話 小さな小さなお客様
「主様、お客様がいらっしゃいました。……ですが、その」
言い淀みながら受付さん、というか着物の女の子が戸惑った声をあげている。
どうすればいいのか、店主である彼に救いを求めるような表情で。
えっと……流れ的に“レイさん”が来たって事で良いんだよね?
だと言うのに、何故そんなに戸惑っているのか。
その答えは、数秒後に目の前に現れた。
受付さんのすぐ後ろ、襖に隠れた位置から彼女はヒョコッと顔を出したのだ。
「君が“レイさん”でいいのかな?」
「あ、えっと。はい、私が
「う、嘘ぉ……」
語尾に行くほど蚊の鳴く様な声に変わる彼女。
私と連絡を取り合っていた時や、慰め合っていた時のような力強さは無い。
何処までも弱く、小さな声。
なんたって彼女は……。
「しょ、小学生……?」
思わず声を洩らしてしまった様に、彼女は大きなランドセルを背負っていたのだ。
――――
今回ばかりは予想外だ。
いや、子供に“霊”が憑くこと自体は珍しくない。
うーむ、どうしようか。
肩口で切りそろえられた綺麗な黒髪を揺らしながら、彼女は警戒するように大きな瞳でこちらを伺っていた。
「えっと、お名前は?」
取りあえず笑顔を向けながら、来店した彼女に声を掛ければ。
「ヒッ!」という短い悲鳴を上げて雪ちゃんの後ろに隠れてしまった。
あーコレは、厄介なヤツかも。
というか、普通に傷付くなぁ……。
「雪ちゃん、語るのは俺がやるから……意思疎通というか、会話は君に任せてもいいかな?」
「仰せのままに」
静かに頭を下げる彼女は、柔らかい笑みを浮かべながら背後に隠れる少女へと向き直った。
「お客さ……いえ、ごめんね? 大丈夫よ、ココは怖い場所ではないわ。安心して? 何かあっても、主様が守ってくれるから。お嬢ちゃん、お名前は?」
「……か、
こういう時の女の子って凄いよね。
警戒心マックスな子供に対して、普通に会話出来ちゃうんだから。
俺だったら明日の朝になってもろくに会話が出来ない自信がある。
「零ちゃんね? 私達は、貴女のお話を聞かせて欲しくて待っていたの。でもここはお店、お金が必要な場所なんだけど……分かるかな? 零ちゃんのお悩みを解決するには、お金を貰わないと主様も祓えないのよ?」
まずい。
雪ちゃんの言う事はごもっともだが、この場で金がないなら帰れ! なんて言った日には、俺は畜生以下に堕ちる事だろう。
分かっているのかいないのか、少女は目尻に涙を溜めながらこちらに視線を向けて来た。
お願い、そんな目で見ないで。
「お小遣い……ずっと貯めてました。昔“クリハラさん”からお祓いにはお金が掛かるって聞いた事あったから……ごめんなさい」
「うっ!? 確かに愚痴った事はあったけど……」
何に対して謝っているのか知らないが、彼女は涙目のままランドセルを漁り始めた。
そしてその中から出て来たのは、随分と汚れた封筒。
元は茶封筒だったのだろうが、随分と長い事使っていたのか色あせていた。
それだけでも年単位で彼女が保管していた事が分かる。
「あの、これで足りますか? 借金とか出来ないから、足りなければ出直します」
自らも困っているからこそ、“ココ”へたどり着けただろうに。
彼女は涙目のまま、フルフルと封筒を差し出して震えていた。
もしかしたら、男性が怖いのかもしれない。
そんな予想を抱きながら、封筒を受け取って中身を確認した。
一、二、三……合計六枚。
全て千円札だ。
正直、“祓う”にはまるで足りない金額ではあるのだが、ココで追い出すのは多分外道か人外だろう。
ウチはチェーン店でもなければ、フランチャイズでもないのだ。
仕事の料金は、自分で決める。
「おやおや、随分とお金持ちなんですね? もちろん足りますよ、お釣りが必要なくらいです」
あえて軽い雰囲気を作りながら、彼女に向かって笑って見せた。
普通の小学生の六千円というモノが、どれだけ大金なのか。
そしてソレを一つの仕事に惜しみなく支払える子供が、どれだけいるのか。
更に言えば、足りなければ出直すなんて言う言葉は、普通の小学生から出る事はあり得ないだろう。
彼女がどれだけ悩み、真剣に向き合ってきたのか。
このお金を見えるだけで、ソレは伺える事柄だろう。
しかし俺の笑みに不安を抱いたのか、彼女は更に行動を起こした。
「……あ、あの! 本当に足りなければ、まだありますから! こっちも!」
そう言って差し出してきたのは、何かのキャラクターの形をした貯金箱。
恐らくお札が手に入れば封筒に入れ、小銭は貯金箱に投げうってきたのだろう。
受け取った貯金箱は、随分と重かった。
まだまだ子供だ、欲しい物なんて数えきれない程あるだろう。
それら全て我慢し、“今”この時の為に貯金してきたのだとすれば、どれほどの覚悟だったのだろうか。
それくらいに困っている、またはそういう時の為に我慢できる女の子。
それだけは確かだった。
「もう少しで、その。中学生になります、そしたらアルバイトだって出来るって聞きました! だから、その……足りない分は働いて返します! だから……」
この子が、他の自称霊媒師の所へ行かなくて本当に良かった。
そんな風に感じてしまう程には、俺はこの子に“同情”してしまっていた。
『もうその辺りでいいんじゃないか? 太郎。同情とはあまり聞こえが良くないが、お前が気持ちを通わせる程だ。いくら困っていても、いくら金を積まれても”下らない人間”には手を貸さないのがお前であろう? だが、今回は違う』
そんな声が室内に轟き、皆の注目を集めて見せた。
「ね、猫が喋った!?」
「黒猫さん、喋れるのですか!?」
「獣畜生、場を乱すので黙っていてもらえると助かったのですが。あ、小動物にはそういう頭もありませんでしたか」
各々好き放題な感想を洩らして、俺の隣にいる“幸”へと視線を向けていた。
場の混乱を招いたのは確かだが……それでも本人には伝えたい事があったのだろう。
「幸、どう思う?」
だからこそ冷静に、いつも通りに声を掛けてみれば。
随分と呆れたため息が聞こえて来た。
『どう思うもクソもないだろう。お前が助けたいと思った人間ならば、助けてやればいい。金の事は分からんが、太郎はそれでも助けたいと“願った”のであろう? その力がお前には有り、使い方としては間違っているとは思わん。助けてやればいい、我らはそれに従う……では無かったな。我は助けてやるべきだと判断する』
「幸がそこまで言うなら、助けよう」
『天邪鬼が、もう少し素直になれば良いものを……いや、だからこその太郎か』
周囲の視線が集まる中、俺達はそんな会話を終え再び彼女……神庭治 零ちゃんと向き直る。
「驚かせてしまってすまなかったね。さぁ、ここからはお仕事の時間だ。聞かせてくれるかい? 君の体験したお話を。君の過去を、君の恐怖を」
そういって振り返れば、彼女は再びビクッと震えた。
それでも、雪ちゃんの背中には隠れはしなかった。
「教えてくれ、君の人生を。そして何に苦しんでいるのかも。それが分かれば、私は“語る”事が出来るのだから」
そう言いながら手を差し伸べれば、彼女は恐る恐る手を取ってくれた。
さぁ、コレで交渉成立だ。
俺は彼女の“依頼”を受ける。
この小さな女の子を苦しめている“怪異”を、今日だけで祓い切るのだ。
「私を……救ってくれますか?」
「あぁ、約束しよう。私は霊媒師でも神主でもないが、“怪異”の語り部だ。そこら辺の人たちより、“怪異”に関して頼りにしてくれていいよ?」
そう言って笑みを浮かべてみれば彼女は初めて、俺に対して微笑みを浮かべてくれたのであった。
――――
相談に乗ってくれていた“レイさん”は凄く真面目で、私よりずっと強い人なんだと思っていた。
事実私の愚痴は静かに聞いてくれるし、“ナニか”が起きた時だって真剣に共に考えてくれるような存在だった。
口調……というより、言葉が真っすぐ過ぎる所から学生位の若い女の子なのかもしれない。
そんな風に感じた事はあった。
でも私が想像していたのは大学生とか、若くても高校生くらいのものだったのだが……まさか小学生が登場するとは。
いくらなんでも驚きだった。
しかも私が知っている限り彼女の方に起こっている出来事も、私に憑いていた“怪異”と同じくらいに周囲に影響を及ぼしているのだ。
そんなものを、あの小さな体一つで受け止めてきて来たのだろうか?
そして自身に降りかかる出来事でさえ手一杯だったろうに、私の相談に乗ったり、愚痴の類まで受け止めてくれいたのかと思うと、心の中に暗い重りが圧し掛かる様だった。
「あ、あの」
「はい?」
話がまとまりかけていると言うのに、思わず声をあげてしまったが……私の話なんて後でも良いのだ、タイミングを間違ったかもしれない。
まあ良い、口を開いたからには言ってしまおう。
「その……足りない分は、私が出すから。出来れば、ちゃんと聞いてあげて」
私はこの店の事をほとんど知らない。
一度“仕事”を依頼しただけに過ぎない。
でも、この店主いい加減な仕事をする様な事態は想像出来なかった。
多分私の時と同じように、しっかりと話を聞き、そして祓ってくれる。
でも、料金が足りていないのは確かだ。
その分手抜きをする心配などはしていないが、“対価”が足りないというのは、どうしても不安の種になってしまっていたのだ。
”こう言う事柄”なら、なおの事縁起が悪い。
「そうですか、代金に関してはまだ考えていますが……足りなかった場合はお言葉に甘えるとしましょう。とはいえ、どちらにせよ手抜きなんてしませんからご安心を」
こちらの気持ちを察してくれたのか、彼はニコリと微笑みながら再び“レイちゃん”と向き直った。
さあ、また始まる。
彼の異様とも言える“お祓い”の儀式が。
他の神社などで“お祓い”を受けた時とはまるで違う。
どちらかと言えば“呪術”に近い様な、異常な空間。
ソレを、また目にすることとなる。
期待……とはまた違うが、様々な感情により私の胸は高鳴っていたのであった。
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