怪異相談所の店主は今日も語る
くろぬか
1章
第1話 語り部
語り部というモノを知っているだろうか?
本来の言葉の意味通りであれば、昔話や民話神話などなど、様々な歴史を語って聞かせる人間の事を指す。
最近では昔の出来事や教訓を語り継ぐ活動をしている人や、話で客を楽しませる人間も“語り部”と呼ばれる事がある。
詰まる話、確固たる意味を持っていないのだ。
いや、意味事態は確定しているのかもしれないが……要はそう呼ばれる人間の範囲が広すぎる。
“カタリベ”と呼ばれるソレが、何を語り、何を教えてくれるのか。
最初にその答えが分かっていないのであれば、この現代社会では生き残れないお仕事だろう。
未知といえば聞こえは良いが、お金を払ってまで興味のない話を聞きに行くかと言われれば、誰しも耳を傾けたりはしない。
全く知らない昔話や、神話など効かされた所で「はぁ?」ってなるだけだし。
過去の災害の話をされた所で「大変でしたね」で終わる話だ。
例えそれ以外の話だっとしても、見ず知らずの“誰か”から話を聞いたところで、面白いかどうかも分からない。
果たしてそんなものに、皆さまはお金を払えるだろうか?
まぁ、何が言いたいかと申しますと。
「こちらでお待ちください、主様が参りますので」
「あ、はい……」
私、そんなおかしな店に入っちゃいました。
『“怪異相談所”人に言えない“怪異”のお悩み解決します、まずはご相談を。相談コース3000円~。除霊、その他オプションは状況によりお値段が変動いたします』なんて、やけにポップな看板を掲げていたこの店に、何故か入ってしまったのだ。
普段なら絶対入らない、というか内容がおかし過ぎる。
ていうか何、この値段設定とコースは。
いかがわしいお店かな? なんて思ってしまう訳だが、なんで入ってしまったのだろう。
もちろん興味本位で立ち寄ったわけではない、本当だよ?
私の回りで起こる摩訶不思議な出来事。
気配や声、終いにはポルターガイストなどなど。
一般的に言えば、超常現象というモノだ。
そういうモノを相談できる場所がないかと探していた結果、たまたまこの店を見つけただけなのである。
何故この店を選んだのか、ソレはあんまり記憶にないが。
ただただ何となく。
何となく歩いた先にあった、なのでフラッと立ち寄った。
なんて、自分に言い訳をしながら促された座布団に座れば、着物姿の黒髪少女は綺麗なお辞儀をしてからお茶を淹れ始める。
とてもじゃないが、こんな訳の分からない所で働く女の子には見えない。
お店の名前は“語り部 結”。
なんのお店だよと言いたくなる看板をぶら下げた、小奇麗な日本家屋。
キャバクラとか風俗とかでこういう雰囲気、しかもこんな可愛い子が相手になってくれるのなら、男性陣はさぞ満足するのだろうな……私には縁のない話だけど。
なんて、俗な思考を巡らせていた時だった。
「やぁやぁ、お待たせしました。私が店主の結 幸太郎です。さて、それではお話を伺いましょうか?」
襖を開いて現れたのは、二十代後半と思われるちょっとだらしない雰囲気の男性。
ラフな浴衣……とでも良いのだろうか?
飾り気のない紺色の浴衣を緩く身にまとい、ドカッと私の向かいにあるの座布団に腰を下ろした。
中途半端に伸ばした髪に、痛んでいるのだか寝ぐせなのか分からないウェーブ。
髭は綺麗に剃ってあるが、それ以外に飾り気というモノを知らない様な細身の男性が出て来た。
これが……店主?
「主様、お客様の前ではもう少し綺麗な格好をした方がよろしいかと。こちら、本日のお客様の“栗原 清子”様です。それと玄米茶をお入れしましたが、寝起きならコーヒーに淹れ直しますが、いかがいたしますか?」
「あーいや、平気平気。起きてから一時間くらいは経ってるし、玄米茶もらうね? でも後でコーヒー貰えると、更に嬉しいかな」
「畏まりました」
先程の少女が、本当に従者の様に従っている。
こんな光景、現代の日本ではあまり見られない光景だろう。
一体、何がどうなっているんだ?
怪しい看板に和服メイド少女、この場合給仕というべきか?
それを顎で使う飄々とした色白の浴衣男。
そしてこの訳の分からないお店。
ホント、なんなんだろうココ。
「それで何さんだったかな? 今日のお仕事内容はご相談? お祓い? それとももっと不味い事態?」
ヘラヘラと笑う彼が、そんな事を聞いてくる。
多分看板に書いてあった内容なのだろう。
こちとら一般人なのだ、そして貴方達の事を信用している訳でもない。
そんな状況で、相手からの料金設定の選択を求めるのは間違っているのではないか? なんて思ってしまう訳だが。
「簡単にお祓いできるのであれば、それでお願いしたいところですけど……こちらとしても安く済ませたい訳ですし」
「あーそれはちゃんと“見て”みないと、何とも言えませんねぇ」
なんて、兎に角曖昧な返事が返って来てしまう始末。
コレはやはり、入る店を間違えたか。
後々になって高額な請求をされても困るし、何よりこの店は“幽霊”という不可思議な内容を相手にしているのだ。
やはり、また神社か何かにお祓いに行った方が……。
「ただまぁ、今現状貴女には“憑いて”ますねぇ。軽く見ただけでも分かるほど、貴女に執着してますよ。それだけはっきりと現れていると、“現実世界”の方にも影響あるんじゃないですか?」
「現実世界?」
「あぁ、すみません。普段の生活に影響があるんじゃないかって話ですよ」
そんな事を言いながら、彼は何処からともなく寄って来た黒猫を膝に乗せて撫で始める。
こっちは真剣な悩みの元訪れたというのに、何を呑気に聞いているか。
などと思ったりもする訳だが、こちらとしても全面的に信用している訳ではない。
こればかりはお互い様なのだろうが、なんとも言えない気分になる。
さて、本当にどうしたものか。
なんて事を思い始めた頃、目の前の男はニヤリと口元を歪めながら人差指を立てた。
「まぁこのままでは話も進みませんので、ここは一つ私のお話を聞いてみてはいかがでしょうか? あぁもちろんお代は頂きませんよ、何せ私の暇つぶしですから。お時間の方は大丈夫ですか?」
店主は、急におかしな事を言い始めた。
しかも自信満々の笑みを浮かべて、だ。
なんなんだろうココ……帰っていいかな?
「聞くだけで解決への糸口がつかめるかもしれませんよ? 見えてはいないようですが、感じてらっしゃるのでしょう? この世ならざる者の気配を。音、気配、視線、声などなど。もしも“触れられた”事があるのなら、いち早く喋ってしまった方がいいですよ? アレらは、力を付ける程に直接的に、そして陰湿な性格になりますから」
お茶菓子を用意して戻って来た少女が、急に静かな口調で話しに割り込んで来た。
というより、私に対して誘導していると言った方がいいのかもしれない。
目の前の店主だけであればこのまま帰っていた所だが、この女の子に諭されるように喋られると……どうにも調子が狂う。
はっ、もしかしてコレがこの店の手口なんじゃ。
「どうされるかはお客様次第ではございますが、手遅れになる前に手を打つ事をお勧めいたします。人の目というのは、口以上に多くを語ります。お客様の瞳は、もう随分と疲れ切っている様に思われますが?」
なんて事を言いながら、お茶を取り換える少女。
何でもない様子で給仕しているが、こちらを向く時の瞳はどこまでも静かだった。
そんな彼女に促され、代えてもらったお茶受け取りながら、私は静かに口を開いた。
「本当に、解決してくれるの?」
視線を自身の膝元へと下ろし、呟く様な声を漏らさば。
「約束はしないよ? あくまで私は“聞く”側であり、私自身は“語り部”に過ぎない。過去の事例を語って聞かせ、より自身の置かれている状況を理解させる。そしてその先で何が起こるか、どう変わるか。そしてどうしたいか、ソレは全て君次第だ。放っておいて欲しいなら傍観しよう、気にしないのならそのまま過ごすと良い。でも助けて欲しいなら、ちゃんと声に出すべきだと、私は思うよ?」
そう言って、目の前の男はお茶を啜る。
この後の選択は全て私次第、とでも言いたげの二人。
その証拠に男は眼を瞑り、給仕の少女は顔を逸らしたままコチラを見向きもしない。
多分、このまま帰っても何も言われないのだろう。
直観的にそう感じ取った。
が、私はその場を離れなかった。
座布団に正座したまま、真っすぐに店主を見つめた。
それくらいに、私は今困っているのだ。
「では、無料のお話とやらを聞かせてもらってもよろしいでしょうか? それ次第で、どうするか決めますので」
「はいはい、了解いたしましたっと。雪ちゃん、準備して」
私の答えが分かっていたかの様に、店主は飄々とした態度ですぐさま言葉を続けて来た。
何となく気に入らないが、今この場で私が口を挟むべきではないのだろう。
「ご心配なく、常に準備は済ませてあります。それで……今回はいかほどのお話を?」
慣れてます、と言わんばかりに“雪ちゃん”と呼ばれた少女がしれっと言葉を返しているが……さっきから何の話だろう。
「そうだねぇ、今回は三つ。いや依頼人さんのお話も入れたら四つかな? それ以外は消しちゃってー」
「畏まりました」
なんて、気の抜けた声で会話を終えると。
彼女は右手を頭上に掲げ、パチンッと指を鳴らした。
一体何をしているのだろうか?
なんて思って眺めていた私の回りに、大量の火が付いた“蝋燭”が現れた。
「は? え? ちょっ! なにこれ!?」
「動かないで下さい。火がついているので、危険ですよ?」
慌てる私を他所目に、彼女は淡々と答えながら部屋の中を見渡した。
私の回りだけではない、部屋中に蝋燭が立てられている。
その数は……ちょっと正確には分からないが、百本くらいはありそうだ。
いつの間にか室内は暗くなり、蝋燭の明かりだけで室内は照らされている。
マジックにしても大掛かりだし、何より薄気味悪い。
そんなこんなと混乱している私に他所に、彼らは話しを続けた。
「雪ちゃん、それじゃ九十六本消しちゃって」
「はい、主様」
短い会話を終えると、彼女はフゥゥゥと音を立てながら息を吐きだした。
おかしい、異常に寒い。
彼女はただ深呼吸をするかのように、深い息を吐きだしただけだ。
だというのに、部屋の温度がガクッと下がった気がする。
そして更に、異常は続く。
「終わりました」
「うん、ありがと」
部屋中に灯っていた蝋燭が、目の前の四本を残して全て明かりが消えたのだ。
室内は一気に暗くなり、今では私達の顔を照らすぐらいにしか光源は残されていない。
ここに来て、一気に不信感が膨れ上がった。
この店、“普通”じゃない。
「では、始めましょうか。これは昔々の……というほど昔ではありませんね。まぁ、軽い気持ちで聞いてください」
そんな前振りと共に、語り部は話し始めた。
この異常とも言える空間で、相変わらずの飄々とした笑みを浮かべて。
これから私は、どうなってしまうのだろうか?
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