第37話 迷界


 結局依頼を受ける事にした俺達は栗原さんの案内の元、野外で落ち合う事になった。

 そしてそのまま、原因になった“かもしれない”という場所に向かう手はず。


 「本当に、大丈夫でしょうか?」


 些か不安そうな声を上げる雪ちゃんが、俺の少し後ろを歩く。

 普段通りの着物姿。

 落ち着いた表情を作る彼女は、静かにそんな言葉を紡いで来た。


 「私的には、この依頼結構地雷な気がするんだけど……」


 何てこと言いながら嫌そうな顔をする美鈴は、明らかに乗り気ではない様子。

 今日は不参加でも構わないと伝えたのだが、それは嫌だと断られてしまった。

 全く、いつまで経っても死霊の類を怖がっている癖に、本当に良く付いて来るモノだ。


 「もうそろそろだから……その、なんかごめんね?」


 謝罪しながら、栗原さんはスマホを耳に当てて周囲を見渡していく。

 相手に連絡を取ろうとしている様だが、先程からこんな調子だ。

 そして。


 「あ、もしもし? あんた今何処に居るの? 連絡した通り、専門家を連れて来たん――」


 「どうも! こんにちはこんばんは! 初めまして、私が“ユズポン”です! こちらが先輩の言っていた“専門家”の方々ですか!? 凄いですね! っぽいです! 皆和服です!」


 背後からやけにテンションの高い声が聞えて来た。

 振り返った先に居るのは、やけに明るい髪を頭の左右で縛った女の子。

 先程見せられた動画でこういう子だと理解はしていたのだが……実際目にすると凄いな。色々な意味で。


 「初めまして、私は“語り部 結”の店主をしております。結 幸太郎と申します。えっと、“柚子ポン”さんでよろしいですか?」


 「柚子ポンって、それじゃ調味料じゃないですか。発音が違いますよおじさん! ユズポンですユズポン! というか、自分の苗字をお店の名前にしちゃうとかウケますね!」


 「は、はぁ。どうも」


 やけにテンションの高い彼女が片手に持っているのは、間違いなくカメラ。

 何故俺達など撮影しているのだろうという疑問も浮かぶが、とりあえずピースしておいた。


 「馬鹿か」


 次の瞬間には、美鈴から頭を引っ叩かれてしまったが。


 「おいアンタ、撮影は無しだ。もしもネットに上げようなんて思っているなら、こっちも法的手段を取る事になる。それでいいなら、カメラを回し続けな」


 久々に見た、というか聞いた美鈴のヤンキー口調。

 目尻は吊り上がり、落ち着いた色の着物を着ているにも関わらず、見るからに喧嘩腰。

 もう今となっては違和感しかないが、そんな彼女はユズポンと名乗った少女のカメラを下げようとしていた。

 しかし。


 「うわぁ、コワ。ガラの悪い店員さんなんですね、もしかして脅迫とかしてお金を揺すってます? だとしたら“ハズレ”を引いたかなぁ?」


 「……てめぇ」


 彼女は怯む事無く、美鈴の怒りに油を注ぎ始めた。

 コレはちょっと不味い。

 とか何とか思い始めた頃。


 「柚子、止めなさい。確かに動画としては美味しい機会なのかもしれないけど、コレは真面目な“お仕事”よ。彼らは貴女にネタを提供する為に来たんじゃない、貴女に憑いたモノを調べに来たの。今だけは真面目に対応してちょうだい」


 「もー先輩、本名呼ばないで下さいよ。編集が余計に大変になるじゃないですか」


 「カメラを止めなさい。それが出来ないなら前金だけ払ってもらって、彼らには帰ってもらうわよ」


 キッと鋭い視線を向ける栗原さんに、渋々とカメラを下ろすユズポンさん。

 会社の先輩には、流石に従う様だ。


 「……はじめまして、三木 柚子みき ゆずです。先輩と同じ会社に勤めていて、ネットでちょっぴり有名人です」


 そんな自己紹介と共にカメラを再び持ち上げてみれば、美鈴と栗原さんから非常に鋭い視線を向けられていたが。


 「いいですよ? 撮っても」


 そう呟いてみれば、全ての視線がこちらを向いた。


 「店主さん!?」


 「幸太郎!?」


 「良いんですか!? ヤリィ!」


 ハッキリ言おう、俺にとっては“どうでも良い”のだ。


 「構いませんよ。但し、知りませんよ? 私は“元凶の調査”で呼ばれたに過ぎません、その後どうなっても、私は責任を取りません」


 「ありゃりゃ~? 超凄いって聞いた霊媒師なのに早くも言い訳ですかぁ?」


 ニヤニヤとしながら、彼女は再びカメラを回し始めた。

 この言葉も全て、彼女の動画に乗る事だろう。

 だったら、“ソレ”含めて語ってやろうではないか。

 今、自分達が何をしようとしているのか。

 彼女の今撮影している動画を見ても、同じ事をしようと思う気持ちを叩き折ってやろうではないか。

 まぁ本当に全てをカメラが収めていれば、間違いなく同じ轍を踏む者は居なくなると思うが。


 「もう一度確認しますが、私の仕事は原因の調査。“祓う”事ではない。ソレでよろしいですね?」


 ニコッと微笑みを浮かべてみれば、彼女は可愛らしい笑みを浮かべながら此方にカメラを向けて来た。


 「そうでーす。こんな美味しい状況、すぐさま手放すなんて勿体ないじゃないですか。心霊現象が起こってるってだけで、再生数ヤバイんですよ?」


 「柚子!」


 「怖い顔しないで下さいよ先輩。事実ですし、ユーザーはこういうの求めてるんですって」


 そう言ってヒラヒラと手を振ってみせる彼女だが、カメラは確実に俺の事を捉えている。

 凄いモノだ、と思うと同時に。

 “危うい”。


 「最初に聞いておこうかな、ユズポンさん。君がピンチになった時、助けた方が良いのかな?」


 微笑みを浮かべながら、カメラに向かって顔を近づけてみれば。


 「え? いえ、大丈夫です。なんかヤバメな場面とか撮れたらラッキーですし、本気で死ぬかもなぁって思った時は、改めて依頼するで。今回は安めに済ませて頂ければなって」


 「お前! いい加減にっ!」


 「美鈴、止めなさい。わかりました、ではその様に」


 拳を振り上げそうになる美鈴の肩を掴み、どうにか押さえてから全員で移動を開始した。

 彼女が“原因”と思っている場所へと。

 そう遠くはない、近くの廃れた神社……らしいが。

 何とも内容が曖昧で、話だけで実態を掴む事は難しそうだ。

 なんて事を思いながら、俺達は街中を歩き続けた。

 やけに人通りが少ない道ばかりを進み、度々依頼主からインタビューを受けながら。

 あぁ、やはりこういう人は凄い人間なのだろう。

 本当にずっと喋っている、ずっと明るい笑みを振り撒いている。

 それは見る人にとって、とても貴重な情報なのだろう。

 お金を払ってでも見ようと思える一瞬の財産なのだろう。

 しかし。


 「はてさて、今の“カメラ”は何処まで映し出せるのかな?」


 「幸太郎?」


 「いや、なんでもないよ」


 彼女の体には、夥しい数の“ナニか”が巻き付いていた。

 それこそ、“見える人”だったら真っ黒に見えるんじゃないかってくらいに。

 死霊、生霊、それ以外。

 様々なモノが憑りつき、纏わりつき。

 彼女の笑顔を隠している。

 さて、この撮影会。

 どんな結末を迎えるのやら。

 俺にとっては、どこまでも“他人事”だが。


 ――――


 「はい、本日はこちら! いつか見つけた“原因”と思われる神社までやってきましたぁ!」


 暗い道の真ん中で、彼女は嬉しそうな大声を上げていた。

 視線の先にあるのは、大きな鳥居。

 そして急斜面の階段。

 この先に、彼女の言う神社があるのだそうだ。


 「それでは、今一度足を踏みこんでみたいと思います! 大丈夫、今日は専門家さんもいらっしゃいますから、なんとかなると思います! と言う訳で、突撃ー!」


 階段を上がっていく彼女の後姿を、俺達は冷たい視線で見送った。

 よくもまぁ、あれだけ出来る物だ。

 そんなことを思いながら。


 「本当にゴメン……まさかあそこまで空気が読めないとは思わなかった……」


 そう言って項垂れる栗原さんの肩を叩きながら、ニコッと笑ってその言葉を口にした。


 「貴女は、ココで待っていた方が良い」


 「え?」


 不思議そうに此方を見上げて来る彼女を脇に追いやり、鳥居の前に座らせた。

 そして、近くの自販機を指さした。


 「今からあそこで飲み物を買って来て下さい、そしてゆっくりと飲みなさい。三献茶なんて言いますが、コーヒーでもジュースでも良い。それを三回繰り返しても私達が帰ってこない様なら、先に帰って下さい。これは、“契約”です」


 「え? は!? 急に何を言い出してんの!?」


 当然状況が理解出来な栗原さんは、慌ててこちらの服を掴んでくるが。


 「すみません、貴女の後輩。もう戻ってこないかもしれません、それくらいに“やり過ぎた”様です」


 それだけ伝えれば、彼女はフルフルと震えながら再び腰を下ろした。


 「アンタから見て、もう駄目なの? どうにも出来ないの?」


 「無理矢理どうにかは出来ます。しかし、本人が望んでいない。そこには“契約”が生れないんです。だから、どうする事も出来ない。俺はコレを生業にしています、ならお金が必要だ。慈善事業じゃない以上、本人が望んでいない以上の事は出来ません。例え今回祓ったとしても、多分彼女はまた繰り返す。その度に命を張るのは、私達なのですよ」


 「命って……ハハッ、それくらいにヤバイ場所って事?」


 乾いた笑いを洩らす彼女は、隣の急斜面の階段に視線をやった。

 先が見えない、それくらいに暗い。

 更に言えば、先程のテンションの高いあの声すら、今では聞こえてこないのだ。


 「ここは“迷界”。冥界とも言いますが、あの世とこの世の狭間です。そんな場所が、たまに開くんですよ。まるで生者を呼び寄せるかの如く。しかも彼女は、完全に“迷界”に呼ばれている。彼女が神社と表したソレは、本来存在しない場所。ソコへ、彼女は踏み込んでしまっている」


 俺が作る“箱庭”と似て非なる存在。

 彼らが作る世界は悪意の塊であり、入った物を磨り潰すかの如く喰らう。

 そういう空間は、“迷界”と呼ばれる。

 迷う世界。

 ソレは神隠しの一種とされ、踏み込んだら最後。

 戻って来る人間の方が少ない。

 以前もこの場所に踏み込んで、依頼主が帰って来たというのなら……それは奇跡に近い。

 事情が分かる人間が見れば、彼女の動画は非常に興味深いモノに変わっていた事だろう。

 だが、現実はそうもいかない。

 そして何より、彼女は二度もこの地に足を踏み入れてしまったのだ。

 正直、救える確率の方が少ない様に思える。


 「私が、後輩を助けてって依頼したら……受けてくれる?」


 「お断りいたします。しかし、善処はします」


 「なら、お願い。アレでも一応私の後輩だし、仕事は出来る子なのよ」


 「承りました」


 それだけ言ってから、俺達は階段を上り始めた。

 石造りの、やけに年季の入った階段。

 周囲には木々が立ち込め、虫の鳴く音すら聞こえてこない。


 「美鈴、戻っても良いんだよ」


 「や、やだ! 断る!」


 一声かけてみれば、後ろからは意地の張った声が返って来た。

 全く、仕方ない子だ。


 「雪ちゃん、幸。準備は良いね?」


 「問題ありません」


 『大丈夫だ』


 では、始めようか。

 “迷界”を持つのは“妖怪”以上の存在のみ。

 俺の経験上、それ以外はあり得なかった。

 だからこそ、決戦に他ならないのだ。

 この先に待ち受けるのは、雪ちゃんや幸と同等の存在。

 もしかしたら、それ以上。

 そして何より、あのお転婆娘を守りながら戦う羽目になるのかもしれないのだ。

 これは、ちょっと。


 「誰かしら、減るかもしれないね」


 そんな言葉を洩らしながら、ニヤリと顔を歪めるのであった。


 ――――


 「あれ? あの人達付いて来ないんだけど」


 ふと気づいて後ろを振り返ってみれば、先程まで一緒に居た筈の彼らの姿が無かった。

 あぁもう、勘弁してくれ。

 ただでさえ安い給料を元に、資産運用してクリエイターとしてやりくりしているんだ。

 こう言う所で“ダレる”のが一番困る。

 やっぱり、他人を使うのが一番お金が掛かるし一番納得いかない。

 幽霊の専門家なんて言っても、結局素性は知れないし。

 テレビで見る様な、お経やお祈りを捧げて「この霊は祓われましたぁ」なんて良く分からない絵面を求めている訳じゃないんだ。

 私が求めるのは、もっと分かりやすいモノ。

 目で見て、耳で聞こえて。

 画面越しにでもちゃんと“摩訶不思議なモノ”が撮れたという実績。

 そしてソレを撮影した私は凄いんだという功績、更にはお金。

 それらが欲しくて、私は今日この時まで動画を上げて来た。

 だというのに……。


 「なに? 今更ビビっちゃった訳? だーれも付いて来ないんですけどぉ~、どうしましょう? 私一人になっちゃいましたぁ」


 何て言葉を紡ぎながら自らにカメラを向けて、泣き真似をかましていれば。

 ガサッと背後から何かが聞えた。

 思わず振り返り、カメラを向けてみれば。


 「アンタ、誰?」


 そこには、着物を着崩した様な女が立っていた。


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