第20話 語り部 結
あれから数日。
今まで深夜に起こっていた“怪奇現象”はなくなり、学校でも変な噂は目に見えて減っていった。
ソレがあの“怪異”を撃退した影響なのか、それとも周りが“噂”に飽きただけなのかは分からないが。
どっちにしろ実害が出ていた現象は無くなり、面倒事が減って来たというのは私にとって良い影響でしかない。
少しだけ後日談というか、あの後起こった事を話そうと思う。
簡単に言えば報酬の話だ。
仕事を依頼したんだから、払うモノは払わなければいけない。
前回訪れた時に同席して居た栗……何とかさんに請求した依頼料と一緒でいいや、とか店主がいい加減な事を言いだし、請求金額は十万。
厳しいようなら値引きすると、ヘラヘラ笑いながら言い始めた彼に何故か頭に来た私は、おもむろに妹の零が支払ったと言う茶封筒の口を開いた。
そこに在ったのは数千円、万にすら届かない金額。
「オイ、この金額の差は一体なんだ?」
そんな風に問いかけてみた結果、子供から無理してお金を取る気はないだとか、貯金箱も貰ったとか意味不明な事を言い始めた。
私は別に安くして欲しい訳じゃないのだ。
ただ、しっかりと“仕事”を熟した人間が、正当な報酬を求めない姿に腹が立った。
本当にそれだけだった。
「妹の分も含めて、私が払う。 しっかり請求してくれ」
そう言い放てば、店主は何処か呆れた様に「本当に姉妹だねぇ」なんてため息を溢していた。
私と零は血の繋がりはない。
しかもお互い一緒に居た期間というか、同じ家で過ごした時間は酷く短い。
だからこそ、そんな風に言われるのが何となく嬉しかったりもする。
なんて、モニモニしていた私に対して店主は言い放った。
「でも普通に請求するとした……そうだな。 呪具も使っているし、結構高くなるよ? 一応料金表というか、そんなもの作っては見たけど……どう考えてもお金持っている人向けになっちゃってるし。 だから無理しなくても、ね?」
「いいや、払うね。 最悪体を使ってだって支払う!」
「……本当に姉妹だねぇ」
更に呆れられたのは、何故だろうか。
雪ちゃんこと雪奈さんが製作した料金表によれば、私達姉妹に掛かる料金はとんでもない金額になってしまった。
相談、即日解決、呪具、そして“お祓い”。
更には相手の強さ、詰まる話霊の種類によって料金は変わってくるという。
だが店主の「学割は必要だよねぇ、あと初回のみサービスを含めよう」という計らいで随分と安くなった。
とはいえ、学生からしてみればやはりお高い請求になってしまったが。
妹の場合が“妖怪”に匹敵する程育っていた為三十五万くらい。
しかし育ってから間もない個体だったという事で、コレくらいの金額。
もっと強い個体だったりしたら目も当てられない金額になって居ただろう。
私の場合が“蛹”に留まっていたので二十五万程度。
計六十万とちょろちょろって感じだ。
ちなみに最初に請求された十万だと最下位の幽霊。
ソレを相談、即日、そのまま祓うという形で行われた場合の料金だった。
この料金でもやはり高いだろうという事で、更に半額にすると言われたが……私自身がソレを断った。
割引を受けているので偉そうな事を言える立場ではないが、しっかりと受け取って欲しいと頭を下げたのだ。
普通のお祓いと言えば数千円から数万円程度だから、割高どころではないが……それでもこの効果だ。
しかも目の前でしっかりと“祓っている”のが分かるという安心感もセット。
コレを高いと感じるか安いと感じるか個人によるだろうが、店主が提示した料金はこの値段であった。
この値段だと後々ごねる客も居そうなのだが、と聞いてみれば。
「安く済ませたいなら安く出来る場所に頼れば良いだけです。 ウチは絶対とも言える“根絶”を売るのですから。 とはいえ、“今憑いている霊”を祓うだけです。 もう憑かれなくなるという事ではありません。 なので料金を踏み倒す様な人であれば、いくら困っていようが、次から“ココ”へ来られなくなるだけです。 あっ、でも君たち学生なんだから本当にもっと安くて良いんだよ? 無理はさせたくないし、本当に大丈夫?」
との事。
私自身神社にお祓いとか行ったことは無いので何とも言えないが、確かにココの“祓い方”は絶対他では見られないだろう。
テレビとかでよく見る胡散臭いお祓いとは訳が違う。
しかしよく見るアレも「効果自体はありますよ? 実力者なら祓えるかもしれませんね。 まあそこまでの人とはなかなか巡り合いませんけど」だそうで。
話を戻すが、要は祓ってもらっても料金を踏み倒せば、二度とこの店には入れないって事だ。
二度も三度もこんな出来事に見舞われたくないが、絶対無いという事はあり得ないのだとか。
なんでも“憑かれ易い”人間はそれなりの特徴があり、一度祓ったからといって安心する事は出来ないそうだ。
もしも二度目があった時、この店に居れてもらえなかったらと思うと……正直ゾッとする。
まあ何はともあれ、私には六十万の支払いが課せられてしまった。
店主は別に良いと言うのだが、コレばかりは払っておかないと納得がいかない。
妹も働いて返す! みたいな事を言い始めたが、流石に小学生に働かせるわけにもいかず、一旦私の方で預かる形となった。
詰まる話、私が払っておくから働けるようになったら返してね? みたいな、無利子無期限の貸しみたいなモノ。
まあ家族間のお話なので、絶対に返せとは言うつもりはないが……。
「高校生になったら絶対返します! バイトしまくります!」
「いや、勉強しろよ……」
そんなやり取りがあったのは言うまでもない。
妹の事がちょっと不安になって来たりもするが、差し当たっての問題は当然料金。
私もバイトをしているが、高校生という身分である以上そこまで大層な給料は貰っていない。
そして貯金も……まあ、うん。
全部下ろせば、半分近くは支払えるかなってくらいだ。
と、いうわけで。
とりあえず零の支払った茶封筒と、私から十万を彼に渡し。
残りは……。
「ココで働かせてくれ! ちゃんとお金で返すから!」
「……ほんとさぁ、姉妹だよねぇ」
こうして、残りの料金支払いは先送りとなった。
最初は断られ続けたが、それでも人間根気と気合いがあれば何とかなるもので……今では。
「お疲れ様でーす。 神庭治来ましたー」
「シッ、美鈴ちゃん。 今お客様来てるから」
「あ、マジすか……すんません」
先輩である雪奈さんに、軽くお叱りを受ける。
とはいえ、そこいらの企業とは全く異なる業務のお店。
私が手伝えることなど数える程もない。
だからこそ、出来る事を探す事から始めたのだ。
「美鈴ちゃん、今回のお客様しばらくかかりそうだから、コレ持って行って」
「了解でっす」
「あと、服装と口調はお仕事モードでね?」
「ういっす」
そんな会話をしながらも、お盆を受け取る。
乗っているお茶とお菓子を溢さない様に、振動を与えないよう注意しながら廊下を歩いていく。
この辺は接客業をやっていたから、それなりに出来る……とか思っていたが、雪奈さんと比べると雲泥の差が出るので、今も勉強中である。
なんて考えていたら、廊下の先に黒猫が座っているのが見える。
『おい、その恰好で良いのか?』
「あ、忘れてた。 ありがと幸」
最初は驚いたさ、猫が喋るんだもの。
でも、慣れた。
今ではご飯の味見役になってくれるくらいには、仲良くなっていた。
そんな“カレ”の横を通り過ぎながら、“服装を変える”。
普通だったら考えられない、というか不可能な光景。
でも、“ココ”なら可能なのだ。
考えるだけで、思い浮かべるだけで、その姿になれる。
私に関しては、服装だけに限定されてはいるが。
ココはそういう場所。
“箱庭”と呼ばれる、店主が作り出した世界。
だからこそ、“権限”を貰った私は服装だけは自由に変えられる。
そんな不思議な世界、そういう場所で今、私は働いているのだ。
とはいえ、もっぱら給仕係としてだけど。
「失礼致します」
だからこそ、言葉にも気を使う。
仕草にも気を使う。
そして何より、笑顔に気を使うのだ。
“不信感”を抱えて来店して来たお客様に、少しでも“気を許して”頂くように。
ようは、客引き。
接待係、ソレが今私に出来るお仕事。
「お茶のお代わりをお持ち致しました」
そう言って静かに頭を下げる私は、和服に身を包んでいた。
さっきまでは高校の制服だったのに、今では淡い空色の着物。
金魚や波をイメージする模様は、店主さんと雪奈さんが考えてくれた一品だ。
私はこの着物が気に入っていた。
というか、今までしっかりと着物なんて着たことがない。
だからこそ、初めてのソレは色んな意味で印象深かった。
だと言うのに……。
「あれ? 今日はメイド服じゃないんだ」
「……店主様、お戯れが過ぎますよ?」
「失礼イタシマシタ」
回収した湯飲みを、ビキリと音がするくらいまで握りしめてみれば、店主はおとなしくなった。
コイツやっぱりメイド服が好きなんだろうか。
この着物の前は、何故か洋風なメイド服が用意された。
でも、あまりにもこの店の雰囲気に合わないからという理由でコチラにしてもらったのだが……。
「美鈴の場合、アッチの方が似合う気がしたんだけどなぁ……」
そんな馬鹿な小言を洩らしている店主の姿が。
お前は……仕事中に何を言っているんだ。
今は目の前の依頼に集中しなさいよ。
そんな事を考えながら、小さく溜息を洩らす。
「今度着てあげますから、今はお仕事に集中なさってくださいまし」
「え、マジ?」
「えぇ、マジです」
やはりメイド好きなのか、彼の眼光は二倍近く鋭くなった気がする。
ダメだコイツ、早くなんとかしないと。
「ではお客様。 そちらのお話を伺った処で一つ、こちらからもお話をお聞かせしましょう。 コレはとある村で起きた事件でした――」
俄然やる気を見せ始めた店主は、この日のお客に“語り”を始める。
その間に空いた湯飲みを下げ、茶菓子を手の届く位置に配膳する。
今日のお菓子は苺大福。
何故かと言えば、今さっき私が買って来たから。
……うん、お菓子仕入れ係も任されております。
なんて事を思いながら部屋から退室して、襖を閉める。
襖を完全に閉じるその瞬間、一瞬だけ店主の顔を覗き込んだ。
自信満々に、というかニヤリと微笑むような表情で。
彼はお客様に語っていた。
ソレが相手にとって、何か揺さぶるであろう“怖い話”を。
そんな彼を見てから、ゆっくりと音を立てない様に襖を閉める。
ばぁーか。
なんとなく、子供みたいに語る彼を見てそんな言葉が胸の内に浮かんだ。
別に罵倒という訳じゃない。
本当に何となく、それこそ愛情でも込めるかのような感情で。
『随分嬉しそうだな』
足元から、急に声が聞こえて来た。
普通なら驚きそうな処だが、“ココ”では普通なのだ。
「別に? いつも通りだよ」
『そうか?』
「そうだよ。 幸、お夕飯何が食べたい? 今日は作っていく予定だよ」
『魚が食べたい。 秋刀魚が旨かった』
「あいあい。 “ココ”はいくら買って来ても食材が悪くならなくて良いよねぇ」
『まぁ、そういう場所だからな』
「便利だねぇ」
そんな会話をしながら、私たちは客間を後にする。
これが最近の私の日常。
学校に行って、終わったら“ココ”に来る。
普通のバイト学生みたいな生活リズムだが、決定的に違うのだ。
だって私が出勤しているお店は、“この世”にはないのだから。
そんな違いが、ちょっとだけ私を優越感に浸らせる。
余り調子に乗るなとは、釘を刺されてしまったが。
「とはいえまぁ……今日も働きますか」
誰にというわけでもなく声を上げ、私はキッチンに立った。
大したことは出来ない。
給仕や料理、そして掃除くらいなものだ。
それでも店主は私を雇ってくれている。
ならば、答えようではないか。
私に出来る事を、コツコツと。
こうして“語り部 結”の日常は過ぎ去っていく。
いつも通りに、何事も無く。
神庭治 美鈴を雇い入れてから、食生活が良くなったという変化を除けば、本当にいつも通り。
だからこそ語り部は今日も店を開く。
誰かの悩みを、嘆きを。
そして救いを拾う為に。
語り部。
ソレは過去を語り、現代に生きる人へ教訓と知識を受け継ぐ者なり。
しかし時に、全く予期せぬ“物語”を語り始める。
もしかしたら“そんな存在”が、貴方のすぐ近くに居るのかもしれない。
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