第22話 閑話 2
食器を全て片した後、用意されたのは雀卓。
そして麻雀牌。
とはいえ炬燵の上に設置されているので、とても温い。
いやそうじゃなくて、違うだろ。
なんで急に麻雀が始まったんだよ。
ジャラジャラと牌を混ぜ合わせ、各々牌を積んでいく作業を終える。
テーブルに付いているのは店主、雪奈さん、零、そして私。
幸は私の膝の上で丸くなっている。
妹や、お前麻雀出来るのか。
お姉ちゃんちょっと色々と心配になってくるよ。
「そんじゃ始めましょうか~」
気の抜けた声を上げながらゲームを始め、幸太郎が牌を切る。
何だろう、非常に納得がいかないのだが。
「久しぶりですねぇ、こうして麻雀をするのも。 去年まではサチコも合わせて3人でしたから、4人集まるのなんて新鮮です」
『誰がサチコか』
「では猫畜生ですかね」
そんなのんびりとした会話をしながら、麻雀は進んで行く。
幸、お前猫なのに麻雀出来るのか。
というかおかしいな、何で私麻雀してるんだろう。
確かに親戚のおじさん達が正月に集まった時って、麻雀始めるイメージはあったけど。
あれって暇つぶしとかじゃなかったの?
「不思議ですか?」
「まぁそりゃ」
幸太郎から声を掛けられ、牌を選びながら返事を返す。
いかん、普通に手が悪い。
「麻雀の洗牌って有るじゃないですか、ジャラジャラと音を立てて混ぜる行為」
「あぁうん、あるね」
アパート何かでやったら、まず一番最初にクレームになるアレだ。
「牌を洗うと書いて洗牌。 前回の勝負の結果や因縁を洗い流し、まっさらな状態で再び勝負を始められる様に、そう名付けられたそうです」
「へぇ……そんで?」
何やら語りだした店主へと視線を向け、続きを伺う。
未だに手は悪いままだったが。
「このジャラジャラと大きな音を立てるのは縁起が良いとされ、海外の一部地域では葬儀の際に麻雀をする事もあったそうですよ? それが流用されて、新年には麻雀をする。 みたいになったそうです。 去年までの悪い物を洗い流し、今年を楽しもうという……まぁ験担ぎですね」
「あ、だから麻雀なんだ」
縁起が良いからという理由で、私達は今卓を囲んでいるのか。
まあうん、正月らしいっちゃらしいけど。
他にすることも無いしね。
「その他にも、新年最初に大勝すれば今年は運気が上がるとか何とか」
「それは流石にギャンブラー精神が影響している様な気が……」
「主様、申し訳ありません。 それ、ロンです」
「おぉっとぉぉ……マジか」
どうやら店主の今年の運勢は、あまり良くないらしい。
思わず小さな笑いを溢せば、ぐぬぬっとばかりに憎らしい眼を向けてくる。
「次は勝つよ」
「だと良いけどね」
そんなこんなで麻雀は続いていく。
時給が発生している状態で、こんな事をしていて良いのかと思う所もある訳だが。
まぁ、いいか。
サボってる訳じゃないし。
「あ、そうだ。 美鈴と零ちゃん、はいコレ」
そう言って差し出されるポチ袋。
え、本当に良いのだろうか。
しかも麻雀真っ最中に渡しますか貴方。
「良いんですか? ありがとうございます店主さん!」
嬉しそうに受け取る妹に、幸太郎も満足そうな表情を浮かべている。
うん、小学生なら遠慮なく受け取れるよね。
私くらいの年齢になると、些か受け取りづらいものがあるが。
こうして働ける年齢な訳だし。
「美鈴も遠慮せずに、ね?」
「あぁーうん、それじゃありがたく。 そんでもうちょっと貰うわ」
「え?」
「それ、ロン」
「ぬがぁぁぁ!」
今年の幸太郎の運気、大丈夫かなぁ?
――――
麻雀を終え、雀卓を片付けて皆でまったりし始めた頃。
幸に袖を引っ張られた。
正確には爪を引っかけられたと言うべきなのかもしれないが、まあいい。
『娘、客が来る様だ。 準備しておけ』
「え、新年早々? この店に?」
『年明けというのは誰もが浮つく、良い意味でも悪い意味でも。 陽気な雰囲気というのは悪い物を遠ざけると言うが、そうでない者も居る。 そう言う者達は、新たなる年に不安を抱くものだ』
「そこに付け込まれた、と?」
『さぁな、それは太郎が聞き出すだろうよ』
そんな事もあるのか。
やれやれ、普段暇そうな店な癖して、こんな時ばかりお客が来るのか。
なんて、思ったりもするが。
“ココへ訪れる”という事は、“そういう”お客様なのだろう。
だとすれば、手を抜くわけにはいかない。
以前の私や妹の様に、ココ以外に“頼れる場所”が無い人達なのかもしれないのだから。
さあ、仕事の時間だ。
「店主様、お客様がいらっしゃった様です」
態度を改め、服装を整え。
そして気持ちを切り替える。
この店に立ち寄る人々は、いい加減な態度を取って良い程“大丈夫な人”が訪れないのだから。
誰しもが悩み、そして苦しんでいる。
ソレを救うのがこのお店であり、そして私達だ。
だからこそ“お客様”がいらっしゃった時には、自然と意識が切り替わる。
「了解。 早々に忙しい事だね……雪ちゃんはお出迎え、美鈴はお茶の準備をしてもらっていいかな? 幸は新年早々悪い物が紛れ込まない様に、“箱庭”の監視。 零ちゃんは……どうしよっか。 一緒にお話し聞く?」
「はいっ!」
「零は隣の部屋で待ってなさい、邪魔しちゃ駄目よ」
「……はぁい」
そんなやり取りを交わして、私達は各々仕事をこなしていった。
とは言っても私はいつも通り給仕係を務める訳だが。
とりあえず茶菓子を……あ、せっかくお正月だし、それっぽいお茶請けにしてみようか。
最初のお茶は雪奈さんが淹れるだろうから、おかわりが必要になる前に用意出来ればいい。
だとしたら……ごまめでも作ってみようか。
小さい煮干しと胡麻、後は調味料が幾つか。
確か前に買って来たクルミも残っているはずだ。
そんな事を考えながら、パパッとごまめを作っていく。
味を調え、割と良い感じじゃないか? なんて思っていた頃、雪奈さんが台所に顔を出した。
「美鈴ちゃん、そろそろお菓子……へぇ、悪くないかも」
台所に顔を覗き込ませた雪奈さんが、私の手元見て顔をほころばせる。
うん、反応としては悪くないし、間違った選択ではなかったみたいだ。
「んじゃ早速持って行きますね。 正月っぽくて良いでしょ」
「美鈴ちゃん、口調」
「うっ、了解です」
いつも通りの会話を交わしながら、今さっき出来たごまえを皿に、新しいお茶を急須に入れて運んでいく。
お盆を持った私の足元を、邪魔にならない程度に幸がうろつくのもいつもの事だ。
『娘、我の分は』
「台所に置いてあるよ、それより仕事は?」
『入って来てない、大丈夫だ。 依頼人に憑いている訳では無く、他の要因だろうな』
「そうかいそうかい、んじゃ店主様に呼び出されたらすぐに迎える様にしておいてね? そしたら食べてきて良いよ」
『承知した』
食欲旺盛な黒猫は、そのまま台所に走って行った。
アレが“猫又”だもんなぁ……世の中分からないものである。
私から見れば、食いしん坊の喋る猫なんだけど。
はぁ、なんてため息を溢しながら、私は襖を開け放つ。
「失礼致します、お茶のお代わりをお持ちしました。 よろしければこちらもどうぞ。 お茶請けでございます」
静かに頭を下げてから室内へと足を踏み入れ、お茶を取り換えるのと同時におつまみを机の上に並べる。
気に入ってくれれば良いが……なんて思いながら店主とお客様の前に置いてみれば。
「まぁ、随分と美味しそうなお料理です事。 貴女が作ったの? いただきますわね」
「あ、はい……どうぞ」
目の前に居たのは随分と裕福そうな恰好のおばさん。
なんというか、見た目的にお金持ちって恰好をしている。
この人が今回の依頼人……なんというか、意外だ。
“そういう類”に関わっている様な様子は微塵も感じられないのに。
でも、“ココ”へ来たという事は“そういう事”なのだろう。
「どうぞどうぞ、美鈴が作る料理はどれも絶品ですから。 ご賞味下さい」
おいコラ店主、余計にハードル上げるんじゃねぇよ。
どう見ても普段良い物食べてそうな人じゃねぇか、私が作ったのなんて庶民料理だよ。
ジロッと幸太郎を睨んでみれば、何故か微笑みで返された。
コイツ……後で殴る。
「とても美味しいわ、ありがとう……美鈴さん、で良かったのかしら? お仕事をお願いする事になったから、これからもよろしくね?」
「あ、はいっ! ありがとうございます」
なんかもう商談は済んでいたらしい。
早いな、随分と。
普段なら一つや二つ店主が語っていてもおかしくない時間帯だというのに。
「お宅に伺う際には、この子も同伴しますので。 是非お見知りおきを。 ホラ、美鈴。 ご挨拶」
「え? は? えっと、神庭治美鈴です。 今後ともよろしくお願いいたします」
良く分からないまま頭を下げたが……え? 出張?
お宅に伺う際にはって言ったよね? ココで祓う訳じゃないの?
「はい、よろしくお願い致します。 お待ちしておりますね?」
良く分からないが、今年一発目の仕事は既に決定したらしい。
更に言えば出張、そして私も付いて行く事になっている。
なんで? とは思うが、店主が言うのだから仕方がない。
大して役に立てるとは思わないが、ついてこいというのなら付いて行こうではないか。
何をさせられるのかは知らないが、まあ幸太郎が居ればどうにかなるだろう。
そんな考えを胸に、再び頭を下げるのであった。
お正月。
それは誰しも浮かれ、そして色々と騒がしくなる時期。
親戚のお家にお邪魔したり、親族とゆっくり過ごしたりと様々だろう。
だが、そこには“意味”がある事を忘れてはいけない。
新年に実家に帰る、新しい年を迎える為に色々と準備をする。
それは本人達の為でもあるが、亡くなった方への供養でもある。
と、いう事らしい。
お祭り気分で騒ぐのも良し、ゆっくりと平和に過ごすのも良し。
だがしかし、前年の全てがリセットされる訳ではないのだ。
人は過去を引きずり、そして過去を想う存在。
だからこそ、年を跨ごうと人の想いは相も変わらず有り続ける。
特に、供養されても“逝けない”類の魂は。
「では、詳しいお話しを伺いましょうか」
今年もまた、仕事が始まる。
“語り部 結”は、いつだって店の門を開いているのだから。
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