20.ふたつの穴
差し出したグラスを受け取ったジルベルトは一気に水を飲み干した。
アロイスは考えてこんでいた。ルイナス、アルント。両国の諍い。陛下が言った、アルントを侮辱したという発言の意図。そして、傍若無人ともいえる家臣への対応。
ジルベルトはもう口を開く気は無いらしい。黙ったまま地面の一点を見つめている。
「……ルイナスとアルントの関係はなんとなくですが、分かりました。今は、一触即発の関係だってことも。だけど、腑に落ちない点が一つだけあります。」
アロイスは目線を下に落としたままこちらを見ないジルベルトの方を向いた。
「シャルロッテ姫を、傷つければどうなるかルイナスは分かっているはずです。それなのに、どうしてシャルロッテ姫を襲撃したのですか?」
「……それは、簡単なことです。ルイナスは、理由が欲しいのですよ。アロイス王子。戦争を始める理由を。シャルロッテ姫を襲い、奪えば、アルントのアキレス腱は丸裸も同然。アルントはルイナスを許さないでしょう。けれど、ルイナスはそれを待っている。シャルロッテ姫を人質に、何かをする気なのでしょう。」
ジルベルトの言葉に、アロイスは頷いた。
「……ならばこそ、シャルロッテ姫を守らねばなりませんね」
「はい。」
ほとんど無意識に呟いたアロイスに、ジルベルトは賛同するように強く頷いた。然し、その拍子に、傷が痛んだのか、うめくジルベルト。アロイスは慌ててジルベルトを横にさせた。
「とりあえず話は分かりました。傷に障りますのから、もう寝てください。」
「……王子、ルイナスについて、この国の住民はあまり話したがりません。もしも何か不可解な点や、聞きたいことがあれば何でも聞いてください。答えられる範囲であれば、お答えします。」
アロイスは驚きで目を丸くした。ここまで協力的なのは、よほどシャルロッテが大切だからだろうか。にしても、ジルベルトも俺のことを怯えないのは、何故だろう。
「……ありがとうございます。」
色々と思うことはあったが、今は聞くべきではないだろう。アロイスはサイドテーブルに置いてあったランプの灯りを消した。
「おやすみなさい、アロイス王子」
「おやすみ」
途端に部屋は暗闇に呑まれる。疲れていたのだろう。ジルベルトはすぐにまた寝入ってしまった。
彼の様子を確認した後、アロイスは窓の前にある椅子に腰掛けた。そのまま額に手を当てて、ぼんやりと外の光を見つめる。
ルイナス皇国とアルント王国。
アルントは完璧な国だと勝手に思い込んでいたが、どうやらそうではないらしい。けれど、考えてみれば当然のことなのかもしれない。大きな光を携えれば、それに伴って影も大きくなる。光と闇は表裏一体であり、完璧な国などはありはしない。どんなに大きな国でも、国はそれなりに汚くあらねば、人々は平和に生きられない。王国の大きさと影の大きさは、どこまでも平等だ。
しかし、アロイスはおおきくため息をついた。周りは敵意向けてくるやつばかりだというのに、さらに面倒事が増えたような気がする。直接的には関係ないが、もしシャルロッテに何かあったら──とそこまで想像して、アロイスはぶるりと体を震わせた。ダイナ妃の鋭い目線がアロイスを貫く様が余裕で想像出来る。確実に殺られる。
身の安全のためにも、ルイナスについてもう少し深く学ぶ必要があるかもしれない。ここから帰ったら図書館などに篭ってみようと、アロイスは決めたのだった。
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