18.ターコイズの瞳
病院内に入ると、先ほどの銀髪の医者が湯を沸かし医療道具を揃えていた。医者はアロイスたちの姿を見つけるや否や、すぐにボードレール隊長をベッドに寝かせるように指示してきた。
「…サークスフィード殿から話は伺っています。早く、寝かせてください」
「はい…お願いします」
早速ジルベルトを寝かせたアロイス。医者はすぐに、てきぱきとその身体を診だした。
アロイスもシャルロッテも黙っていた。二人は部屋から出され、近くのイスに座っていた。申し訳程度に出されたお茶にも一切手を付けず、アロイスは俯き、シャルロッテは目線を落としていた。
レオナはというと、どうやら医師を手伝っていた。彼女は医学の心得があるらしい。
暫くして、医者がふーっと長いため息をつきながら部屋から出てきた。思わず立ち上がって駆け寄った二人にも、医者は疲れた顔をしながらも微笑みながら頷く。
「…大丈夫です。傷は見た目より、深くはありません。適切な処置がなされていたからか、出血もそこまで多くはありませんよ。2~3日、安静にしていれば大丈夫です。」
医者の言葉にアロイスとシャルロッテは同時に胸をなで下ろした。
「とりあえず、止血をし、消毒をしておきました。傷口は縫合しておりますので、無理に身体を動かさないように伝えておいてください。あぁ、あと傷口による発熱が見られましたので、解熱剤も飲むようにさせてください。」
「はい…ありがとうございます。」
シャルロッテは潤む眼を抑え、深々と頭を下げた。しかし、どこか慌てたような声と雰囲気を感じ取り、不審におもって顔を上げれば、医師がひどく驚いた顔をして、「頭をあげてください」と両手をあわあわとさせていた。
「……あの人は私のせいで怪我をしたのです。あなたさまは、私の命の恩人を助けてくださいましたわ。どうか、お礼をさせてください。」
「そ、そのようなことは無用です、シャルロッテ姫様。私は医者であったが故に命を助けたまでです。」
「…ですが、それでは」
「医師殿、今回のことはまた後ほどお礼をさせていただきます。とりあえず、ボードレール隊長…今回の急患は、処置はどのようにすれば良いですか?」
堂々巡りになりそうだったのでアロイスが口を挟めば、医者は助かったと言わんばかりに安堵した顔をした。一方でシャルロッテはむぅっと唇を尖らせていた。
「無理に動かさなければ、宿に戻っていただいても結構ですよ。走ったり、激しく身体を動かさなければ、日常生活にさほど問題はないはずなので。」
「なるほど、わかりました。ありがとうございます。あの、せめてお名前をお伺いしても?」
「あ、申し遅れました。私はヴェント・リカルドと申します。」
医師リカルドに礼を言えば、彼は笑った。そして、眠そうに小さくあくびをした。時間を見ればもう夜更け頃だった。
アロイスはシャルロッテの手をとる。
「行きましょう。」
「っええ、あ」
レオナはジルベルトとともにいるだろう。もう一度リカルドに礼をいうと、アロイスは二人がいるだろう部屋に、シャルロッテとともに入った。
「レオナ」
「アロイス王子!」
「話は聞いた。とりあえず部屋に戻ろう」
簡潔な彼の言葉にも、レオナは驚いた素振りをみせなかった。レオナは小さく頷くと、「先に、部屋の手配をして参ります。」と言って、さっそうと部屋から出て行ってしまった。
「………」
残されたシャルロッテは、アロイスがジルベルトを抱えるのを黙って見ていた。ジルベルトの容体はずいぶんと落ち着いたように見える。顔色こそ悪いが、呼吸も落ち着いているようだ。治療の際に脱がされたのだろう上半身の腰の部分には、まだ真新しい白い包帯が巻かれている。
「大丈夫ですか、シャルロッテ姫」
ぼうっとしていたシャルロッテに気付き、アロイスが声をかける。
「っ!だい、大丈夫ですわ」
途端に、シャルロッテは大げさなまでに肩を揺らし、上ずった声で反応を返した。
「……本当に?」
そう言いながら、不意にアロイスがまっすぐな瞳をシャルロッテに向けた。どこか心の内を探るようなその視線に、シャルロッテはぐっと息を呑む。動揺しているのか、自身の素直な心臓はドクンドクンと、いつもよりも脈打っている。
分かっている。この動揺の意味を。
でも、私がここで感情を打ち明けたところで、何の意味があるのだろう。
シャルロッテは、取ってつけたかのような笑顔を浮かべた。アロイス王子には、きっとバレバレなんだろうと、なんとなくわかっていた。でも、振る舞うことに意味がないわけではないとシャルロッテは思っている。
「本当ですわ」
どこか諦めたように薄く笑ったシャルロッテを、アロイスは曇りなき眼で見つめ返していた。
ちょうどそのとき、レオナが部屋に入ってきた。ゼーハーと息を切らす彼女は、対面している二人を見て、首をかしげている。
「サークスフィード隊長、宿は取れましたの?」
シャルロッテは、アロイスの探るような視線から逃れるようにしてレオナの方に身体を向けた。
「あ、はい。ただ、男女別で二部屋しか取れませんでした…。申し訳ありません」
「大丈夫よ、ありがとう。早速案内してもらえるかしら?」
頷いたレオナ。ジルベルトを運ぶアロイスに、手を貸そうと声をかけた。
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