17.銀の刃に灯る


「ジル!!」

「ジルベルト殿!!」


銀色の刃は役目を果たしたのかそのまま、カランカランと鈍い音を立てて地面に吸い込まれていった。そして、その横には浅く息を吐く青年が横たわっていた。

視線を横に動かせば、仰向けに倒れるジルベルトが見えた。隣でレオナがジルベルトの服をナイフで切って容態を見ていた。彼女は始終「ジル!!」と叫んでいた。その隣では、アロイス王子がジルベルトの腹を強く抑えていた。その手から、赤いものが見える。ひどく鮮やかな、赤色が。シャルロッテは、唇を震わせながらジルベルトに駆け寄る。


「ボードレール隊長!!!」


彼の顔を覗き込めば、その顔色は真っ青だった。あまりの顔色の悪さに心配になり、アロイス王子に縋るように目線を向ければ、彼は「大丈夫です、そこまで深くはありませんから」と軽く笑ってくれた。それでも、シャルロッテは生まれてこの方こんなにも体を赤く染めた人を見た事がなかった。恐ろしさのあまり、舌をもつれさせながらも、シャルロッテはレオナとアロイスに言う。


「すぐに医者に連れていきましょう。レオナ、ここらへんで一番近い診療所はどこ?」

「この辺ですと……あっ!すぐ近くに民間向けの診療所があります。しかし…御者はいつの間にか逃げていますし…運転は…」

「大丈夫、俺ができる。レオナ、ジルベルト殿の傷口をなにか紐で…あぁ、それでいい。それで、きつく縛ってくれ。そう……そうだ。じゃあ足を持ってもらえるか?」


アロイスはシャルロッテと同様に顔色を真っ白にさせていたが、それでも毅然とした態度で的確に指示を出していた。

アロイスがジルベルトの頭を持ち、せーの、と持ち上げる。さすがに巨体の男性を持つのに苦労しているレオナを手伝おうとシャルロッテもジルベルトの片足を持てば、レオナは「すみません、姫にこんな真似を」と謝ってきた。


「謝る……っ必要など……ふんっ…~ありませんわ!……当然のことです!」


息も切れ切れに言えば、レオナは目を丸くさせた。


「姫……」

「シャルロッテ姫、レオナ、そのままゆっくりと馬車の中に運んでくれ。俺は上に乗る。レオナも道案内のために隣に座ってくれ。シャルロッテは中でジルベルト殿を頼む。」



ジルベルトを運び、シャルロッテは中に入った。アロイスは軽々とその身を翻し、慣れたように御者の椅子に座った。続いてレオナもその隣に座る。こんなときではあったが、シャルロッテにはやっぱり、2人は仲が良さそうに見えた。

なにを考えているんだ、と。

シャルロッテは勢いよく首を振りながらも中に入った。


「ボードレール隊長……」


痛みからか脂汗をかくジルベルトに、シャルロッテは裾をちぎってハンカチーフにし、それで滴る汗を拭う。彼の顔色は、相も変わらず悪かった。馬車の振動で傷口に響くのか、彼は強く揺れる度に苦しそうに呻いていた。


「……ボードレール隊長、どうして私を庇ったのですか」


シャルロッテは無意識のうちに呟いていた。アロイスが止血をしてくれたが、シャルロッテは先程見たあの赤色を忘れられずにいた。シャルロッテは心から疑問に思っていた。あの赤色を、どうしてボードレール隊長が流さなければならなかったのか、と。

わかっている。王族である私と、一介の兵士でしかないボードレール隊長。命の重さは私の方が重いって、きっとみんなそう言う。

でも、とシャルロッテは唇を噛んだ。


「……あの者は私の命を狙っていたのに、貴方が犠牲になる必要なんて、血を流す必要なんて、なかったのに…」


震える声で呟く。シャルロッテの深いターコイズブルーの瞳から零れるように雫が落ちた。

怖かったのは、自分の命が狙われたからではない。もちろんそれもあるけれど、それでもシャルロッテは目の前で、先程まで自分と話していた人の命がただただ無情にも奪われることが、恐ろしく感じたのだった。

命とはあまりにも儚いものだと、シャルロッテは改めて実感したのだ。


それでも、なぜ自分が泣くのだと、シャルロッテは自分を憎らしく思った。一番泣きたいのは、苦しいのは、痛いのは、ボードレール隊長なのに、どうして助けてもらった自分が泣いているのだろう。

次々と落ちてくる涙を乱暴に拭いながらもシャルロッテは、ボードレール隊長の手を握った。


「ごめんなさい、ごめんなさい…」

「…姫」


不意に、擦れた声が聞こえた。目尻に溜まった瞳を拭いつつも顔を向ければ、ジルベルトが薄く瞳を開けていた。


「ボードレール隊長…!」

「……あなたを、お守りするのが、我らの役目、です。」


浅く息を吐くジルベルト。シャルロッテは、すん、と鼻を鳴らすと、ジルベルトの頬に手を寄せた。


「……ですが、あの者は、ルイナスの者、です。あなたに、危険を、もたらす可能性、が…」


そこまで言うと、ジルベルトは咳き込んだ。


「ボードレール隊長、分かっていますわ。帰ったらすぐにお父様にお話しますから、貴方は休んでなさい」


言いながら、宥めるように軽く肩を撫でれば、ジルベルトは安心したように大人しく目を瞑った。シャルロッテは、その様子をみて軽くため息をつく。

ずっと目を逸らしてきたものが、ついに目の前まで来てしまった。ぬくぬくと暖かいものに包まれて平和を享受してきた。

幸せとは、犠牲なくして得られるものではないのだ。多くの人の屍の上に、自分は、王族は、立っている。

きっともう、逃げられはしない。シャルロッテは覚悟と共に、瞳を瞑った。




「…あそこです」


レオナ示した方向を見れば、暗闇の中に淡いオレンジ色のレンガでできた小さな家があるのが見えた。生垣に囲まれたその家の窓からはオレンジ色の光が漏れていた。


「民間の医者ですが、腕は確かです。私も以前、怪我をした民を連れていったことがあります。あぁ、あと……すぐ近くに宿屋があるので、今夜はとりあえずそちらで一晩明かしましょう」

「……あぁ、そうだな」


医者がいる家の前に馬車を止めると、レオナはさっと降り、すぐにその家の扉を叩いた。


「すみません!急患です!!」


扉はすぐに開き、銀髪のボサボサ髪の男性が驚いた顔をして出てきた。


「おや、ボードレール隊長殿ではありませんか……こんな夜更けに、何事ですか?」

「急患です。看ていただけますか?」


尋ねた医者に、レオナはざっと説明する。その説明を聞いた医者は、途端に医師らしく瞳を鋭くすると、すぐに中に入るように指示した。顔を見合せたレオナに頷きつつ、アロイスは降りると、馬車の扉を開けた。中にいるシャルロッテと目が合った。


「着きましたよ、姫」


呟けば、シャルロッテは膜が張った瞳で小さく頷いた。その一瞬の間でアロイスは、彼女の目の淵が赤いのに気が付いた。けれど、アロイスはあえて気づかないふりをした。

アロイスは、シャルロッテに一旦降りてもらい、ジルベルトのその屈強な体を抱きあげた。


「…先に宿に行きますか?」

「いえ、ご一緒させてください」


強い瞳で言ったシャルロッテに、アロイスは頷いた。

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