27.飴色の差異
「シャルロッテ姫様、アロイス王子様、この度は遠いところからよくぞ参られました。」
港のすぐそばにある豪華な部屋に通された一行。そこら一帯を取り締まっているという貿易商と対面することになったは良いが、ロイクとレオナは部屋の外で待つことになり、残されたのはシャルロッテとアロイスのみであった。まさしく豪華絢爛といった装飾の部屋で、アロイスはどこか居心地悪そうにもぞもぞとしている一方で、シャルロッテは慣れているのかまっすぐに目の前の人物を見ている。
「こちらこそ、唐突の訪問にも関わらず、温かな歓迎を感謝いたしますわ。」
頭を下げるシャルロッテに倣ってアロイスも頭を下げる。
「いえいえ、むしろ至極光栄なことです。それよりも、姫と王子が視察をしているということは風の噂知ってはいましたが、まさか我々のような商人のもとにまで来るとは思っていませんでしたよ!」
からからと明るく笑った商人。
「あなた方が凄腕の貿易商人であることは、私たち王族も知っているということですわ。その腕をもっと誇っても良いと思いますけれど」
「そこまで褒められては、我らの頭領もお喜びになることでしょうな」
照れくさそうに笑った商人。ぽりぽりとひげをかくと、そっと腰をあげた。
「いや、それにしたってうちの頭領は一体何をしているのか……少しばかり様子を見てきます。申し訳ありません」
「お気になさらずに。忙しい中で急に訪問したのは我々なのですから。」
笑ったシャルロッテに、商人はもう一度申し訳なさそうに頭を下げた。静かに制したシャルロッテに眉を下げ、部屋から退出する。部屋を出て行ったのを見届けたアロイスは、慌ててシャルロッテに言う。
「あの人が今回の訪問相手かと思いましたよ。」
「あの方は今回お会いする商人の補佐役さんですわ。」
それに対し、しらっと答えるシャルロッテ。
「それを最初に言ってくださいよ!……まず、今回会う人は一体だれなんですか?」
「バッカス・メイスフィールド殿ですわ。二年前にメイスフィールド家の前当主であったカラム殿がお亡くなりになり、バッカス殿が25歳という若さでメイスフィールド家を継いだのです。そして現在に至るまで、その手腕を発揮して、ここら一帯の貿易商をまとめています。」
「25にして頭領…随分とお若いですね」
「能力に年齢は関係ないのです。」
ぽつりとつぶやいたシャルロッテに、アロイスは賛同するようにうなずいた。と、その時だった。
「お待たせ致した!!!!!」
スパンッ!!と、勢いよく扉が開かれ、その音に驚いたシャルロッテとアロイスは同時に肩を揺らした。その音の方向に目をやれば、そこには、変わった布を体に巻き付けた若い青年が、愛想良くにっかりと笑って立っていた。
「シャルロッテ姫様と、アロイス王子殿でお間違えはないか??いやぁ、商談がなかなか纏まらなくて、随分と長い時間がかかってしまった。だいぶお待たせしたようで!申し訳ない!!!」
「いえ…そんなには」
呆気に取られた状態から戻ってこないシャルロッテが、しどろもどろに答えれば、青年──恐らくバッカスは、シャルロッテをみて大袈裟に目を大きく見開いた。
「これまた!!噂には聞いていましたが、シャルロッテ姫様はまっこと絶世の美女ですな!私はこんなに美しい御方を見たことがありませんよ!」
がっはっはと大きく豪快に笑うバッカス。予想もしていなかった意外すぎるバッカスの対応に、シャルロッテとアロイスは驚きすぎて固まってしまった。そんな事は露ほども知らずにバッカスが大きな声で笑う中、ふと扉の後ろから、軽い二つの足音が聞こえてくる。カラン、と鈴の音が響き、そうして、トタトタという足音とともに目の前に現れたのは、色とりどりの明るい布を身体に巻き付けた、小さな2人の少女だった。
「おう、鈴玉(リンユー)に紅花(ホンファ)じゃないか!」
「バッカス!姫様こまらせない!」
「そうよ!」
鈴玉、紅花と呼ばれた少女たちは、ぷくりと頬を膨らませると、バッカスに向かって怒りながらびしりと指差した。
「えっ」
「我が主の非礼、代わって謝罪申し上げます。シャルロッテ姫様、アロイス王子殿。」
「えっ」
「この人はただなんというかアホなだけなので…根は良い奴なのですが。如何せんアホなので」
「まて鈴玉、なぜアホを2回も言った!」
「あの、聞いてもいいですか?」
憤慨するバッカスを綺麗にスルーしたシャルロッテ。2人の少女もシャルロッテ同様にバッカスを無視して、どうぞと促す。シャルロッテにまで無視されたことですっかり白い灰になってしまったバッカスに少しばかり同情を覚えたアロイスであった。
「その服は、この国の物ではありませんよね?どういう仕組みなの?」
「あぁ、これですか?!これは『着物』と呼ばれているもので、遠い東の国で作られたものなんです。蚕と呼ばれる虫から糸を取り、織って作られる物で、この刺繍は全部手織りなんですよ」
「着物、聞いたことありますわ。素晴らしい手触りだと、女中が言っていました。触ってみても良いかしら?」
「どうぞどうぞ」
そうして、にこやかに談笑し始めた3人。
アロイスはそっとバッカスに近付くと、彼の隣に立った。意外とこの男、でかいしがっちりしている。自分の筋肉と見比べながらも、アロイスはバッカスの肩を叩いた。
「随分と慕われているのですね」
いじいじとしていたバッカスに話しかけれら、彼はこちらに顔を向ける。
「おや、アロイス殿であったか。いやなに、あの者達は私をなめくさっているのですよ……。まったく、たまったもんじゃありません」
やれやれと肩を落とすバッカスに、アロイスは苦笑する。
「あなたを本当に軽んじているのであれば、彼女たちはあなたのことを『我が主』などとは言わないでしょう。貴方は主として認められて、愛されているのですよ。きっと」
「いやぁ天下のアロイス王子様に言われると本当にそんな気がしてしまいますなぁ。恐れ多いものです」
そうしてまたがっはっは豪快に笑うバッカス。笑いながらアロイスの肩をばしばしと叩いてくるが、普通に痛い。
「それにしても、本当に異端なる容姿をしておられるな。」
「……ッ」
和気あいあいとしたいたムードから一転、アロイスの顔に緊張が走った。ばっとバッカスの顔をみれば、彼は普通にニコニコと笑っているだけだ。何度見ても、その表情に悪意はない。しかし、異端なる容姿、の一言で今自分がどんな姿をしているのかを思い知らされた気がした。アロイスは少しだけ距離を取り、取ってつけたような笑みを浮かべた。
「恐ろしいでしょう?」
さらりと言った言葉。ここに来てから、あまり怯えられることがなかったからすっかり忘れていた。祖国であっても、自分の姿を許してくれるのは家族だけであったのに。国民は、王子である自分を恐れ、拒んだ。投げられる罵声に姉たちはみな総じて怒ったが、自分だけは静かに受け入れていた。
自身もそれが普通の対応だと認識していた。その一連の対応、態度は、仕方が無いことだと思っていたのだ。忘れていた。忘れていては、ならないことを。
「……いやはや、言葉足らずでありましたな。失礼致しました、アロイス王子殿」
だからこそ、眉を下げて困ったように笑いながら謝罪するバッカスの対応に、アロイスは思わず2度見してしまった。
「アロイス王子殿、私の見た目をどう思われる?」
「え?」
バッカスの言葉通り、彼の見た目を観察してみた。彼は、サンダルのような藁で出来たものを履き、身体は布を身体に巻き付けたようなものを着ている。先ほどの鈴玉達と似たような物を着ているところから、彼が身につけているものは、『着物』と呼ばれるものだろう。顔──は、無精髭を生やしているのかあまり手入れはされてない。普通にしていれば整った顔立ちをしているのに、締りのない顔と、無精髭のせいで台無しだ。銀色と黒色が混ざった独特な色の髪は、伸ばしっぱなしで後ろで簡単に縛っている。
「この服は、今は無き国が古来から大事に守り、一族みなに、後世に伝えるために伝承してきたものです。多くの人がこの服に沢山の想いや、願いや、誇りを込めて織ってきました。私の服も、鈴玉や紅花たちの服も、大海原に船を出し、色々あってその国に立ち寄ったときに、譲り受けたものです。そのとき、その国は滅亡の一途を辿るばかりで、もう二度と、国としては、立ち直ることはないだろうと言われておりました。
崩壊する国の前で、国民たちは私たちに言いました。『国として無くなる事はあれど、我ら一族、我ら国人が代々守ってきたものは、決して無くなるのものではない。人は忘れる生き物。然れど、我らの想いは熄ことはない。旅人よ、どうか、忘れないでほしい。我らの代わりに、我らの国が確かにそこにあったことを、この服に込めた想いを。』
そうして、彼らは静かに穏やかに、国の終わりを見届けました。」
バッカスは一息つく。
「私はこの服を誇りに思っておりますが、このような服を着るのその国だけだそうです。人々は、その個性を笑います。異端だと蔑まれたこともありました。おかしなもので、人というものは自分たちとは違うもの──『差異』を恐れる。恐れるならまだしも、それを排除しようとさえする。私は、それをとても愚かなことだと思うのですよ、アロイス王子」
笑ったバッカスを見て、どうしてかアロイスは怖いと感じた。それが畏怖なのか、単純な恐怖なのか、一瞬の判断だけではアロイスには分からなかった。ただ、こちらが当たり前に作り上げてきた壁を、当然のように受け入れてきた差別を『それは、違う』と緩やかに否定されたことが、アロイスには苦しかったのかもしれない。国民を恨むことも、両親を恨むこともしなかったのは、それが「仕方ないこと」だと、自分に言い聞かせてきたからだった。それを、バッカスは違うと、おかしいと、あっけらかんと言ったのだ。そんなことが当たり前にできる人間が!当然のように言えることが、アロイスはただただ羨ましく、妬ましく、それでいて恐ろしかった。
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