28.確かな罪
「貴方の容姿は確かに珍しきものではありますが、それは異端と言われるようなほどではありませんよ。まぁ、私は何故そんな容姿になったのかは存じ上げませぬが……ともかく!その差異はほかの人間と大差ないことです。人は十人十色、千差万別とはよく言ったものですからな!気にする事はありませんぞ!!」
言い切ると、バッカスはまたがっはっはと笑いながらアロイスの肩を親しげにも勢いよく叩いた。それに釣られるように、半ば無理やりアロイスも軽く笑うが、心中は穏やかではなかった。
愚かなのはお前の方だよ、バッカス。
俺のこれは、そんなに誇りあるものではない。あまりにも違いすぎる。
もし、この容姿はただの呪いなんだよ、言ったら、バッカスは何と言うだろうか。世界を破滅させるかもしれない。けれどのうのうと生きている愚か者の証なんだ。一族の罪の証なんだよ、そう言ったら、バッカスは今と同じようなことを言うだろうか。いや、言わない。皮肉にも笑いそうになった。
彼は、バッカスは、きっと心の底から良い人間なのだろう。千差万別、十人十色──彼の言葉に笑いだしそうになる。あぁそうだな、確かにそんな言葉もある。けれど、みんな同じなわけが無い。みんな違う。そして、人はそんな小さくも大きな違いを、恐れる。けれどまさしくそれが人間らしい人間なのだと、アロイスは認識している。
そこまで思考を巡らせて、不意にアロイスはストンと腹に落ちる何かを感じた。あぁ、そうかとアロイスは気づいたのだ。この国の住人は、俺をあまり異端視しない。レオナ、ジルベルト、それから、シャルロッテ。最初はあれだったけど、彼女は『貴方は化け物なんかじゃない』と、言ってくれた。きっとそれは彼女の本心だ。この国の人々は、素直で良い人が多いのだろう。
けれどそれはつまり、今の俺の存在は、そんな優しい人達に嘘をつくのと一緒なんだと。彼らを欺くということは、そういうことだ。優しい人達にも、俺は嘘をつかねばいけなくなったのか。あぁそれは、まさしく罪だろう。良い人を、優しい人達の心を踏みにじる行為だ。素直な心に対して、真正面に向き合えないから、卑怯な手を使って本心を隠し、見せないようにしまい込み、欺く。そうして知らない、分からない、俺には関係ないと拒む。
なんて滑稽な話だ。鬼が俺に宿っているのは先代が犯した罪故なのに、俺はまた罪を重ねている。終わらない罪に、笑いだしそうになる。果たして、その罪が許される日は来るのだろうか。
鬼を宿した一族のこどもたちが殺されてきたのは、これも理由にあったのかもしれない。長く生きれば、嘘をつくことは必然になる。自分を偽って、周りに嘘を振りまいて、欺いて生きていかねばならない。生きるために必要な事とはいえ、罪を重ねないために、いっそ一思いに殺されてきたのは、両親の不器用な愛ゆえだったのかもしれない。俺のように、我侭にも生きたいと願ってしまった歴代のこどもたちは、その生きたいという叫びを漏らす前に命を散らしてきたのかもしれない。
あぁ、ならば愚かなのは俺も一緒か。
知っていたことだ。生きたいと願い、それを受け入れてしまった可哀想な俺の両親も、同じ愚か者だろうな。
救えない話だ。呪いを解かねば、一生終わりはない。けれど、呪いは解けない。ジ・エンドだ。
「……じ、……アロイ…」
「……」
「アロイス王子!」
パン、という鋭い音で、現実に引き戻された。徐々に目の焦点を合わせてゆけば、そこには心配そうな顔をしたシャルロッテがいた。アロイスの顔をのぞき込むその表情は光輝き、アロイスは素直にその表情を美しいと感じた。
「大丈夫ですか、すごくうつろな顔をしていましたけど」
「あ……いえ、すみません。少し考え事をしていました。話はどうでしたか?」
「あら、お聞きになって!今度東の国に行ったときは、私の分の着物を頼んでおいてくれるって言ってくれましたの!」
にこにこと嬉しそうに笑うシャルロッテ。まるで子供のようにはしゃぐその様子に、アロイスは少しだけ笑った。そういえば、バッカスのことを忘れていたと、アロイスは先ほどバッカスがいたところへと目線を寄せた。
「おや、バッカス殿は?」
「話をする前に資料が必要だと言って、つい先ほど出ていかれましたわ。アロイス王子、そんなことにも気が付かないほど、考え込んでいたのですか?」
「……すみません」
「謝ることではありませんが、あなたらしくないですね。心ここにあらずって感じですわ」
眉をひそめたシャルロッテにも、アロイスは誤魔化すように笑うしかなかった。この姫は、鈍いようで意外と人を見ているらしい。
本当に、強情で、傲慢で、でも国民を心から愛している、不器用で優しい、おかしな姫だ。
「アロイス王子」
穏やかなしんとした声に、アロイスはそっと顔を上げた。笑うシャルロッテは、アロイスを見据えている。
「貴方の悪いところですわよ。一人で勝手に、物事を解決なさるところ。」
「すみません」
貴女に何が分かるんだ、と言いかけたところで、ぐっと飲み込んだ。わかるも何も、自分は何一つこの人に話していないし、これからだって話すつもりはないのだ。彼女に、俺のことは何一つ関係ない。
「秘密主義の大馬鹿野郎、ですわ」
ぼそりと呟いたシャルロッテの言葉は、アロイスには届かなかった。「え?」と、不思議そうに聞き返したアロイスに、シャルロッテは、なんでもないですわとそっぽを向いた。
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