41.従者の怒り
部屋へ戻ったアロイスを待ち構えていたのは、仏頂面をしたロイクだった。
「……ロイク」
華美ではないが清潔感溢れたかっちりとした黒い服に身を包み、いつものように後ろ手を回し、一寸の隙もなく直立したままこちらを見ている。
ロイクの表情はとても不服そうで、そして同時にとても不安そうだった。
ぽつりと呟いたアロイスに、ロイクはぴくりと反応をする。顔を顰めたまま、唇を尖らせてアロイスを睨みつけた。
「そんな顔するなって。」
アロイスは深くため息をつく。頭を苛立ちげに掻き、近くにあった椅子に深々と座った。
「何があったのですか?」
そんなアロイスの傍にロイクは足早に近づくと、アロイスの顔を気づかわしそうに覗き込んだ。
「言えん。」
「どうして」
それに、ぶっきらぼうに答えたアロイス。ロイクと目線を合わせないように顔を横に向ける。
なぜかとても疲れを感じていた。
ロイクが望むものは、分かる。彼は従者として、もう長い間、自分の傍を付いていてくれた。時には兄のように諌め、時には父のように自分のそばにいてくれた。それでいて友人のように悩みを話し、相談をした。自分とロイクは確かに主人と従者である。一言で表せるような簡単な関係性ではないことは重々承知している。
アロイスにとってロイクは掛け替えのない人物だ。
それでも、従者に全てを話せるかといわれればそうではないのも事実。話せることと話せないことの境界線は、自分自身でもわかっている。
アロイスはもう何度目かわからない重いため息をついた。
「分かりました。では、ダイナ妃との契約について教えてください。それは約束でしたよね?」
ロイクの何かを押し殺したような声に、アロイスは気だるげに目線をやった。そして呟く。
「あぁ、そうだったっけ。わかった」
ダイナ妃との契約。
すっかり忘れていた。
この契約は、ここに来てすぐにアロイスとダイナ妃、1対1で交わしたものだ。提案者は、ダイナ妃。アロイスはその契約に乗ったに過ぎない。けれど、この契約内容については他言はならないという約束になっている。従って、全ての内容を話すわけにはいかない。とても面倒なことに。だからこそ、アロイスは話せることをかいつまんで話すことにした。もし、万が一自分が死んだとしてもロイクに罪が着せられぬように。
「簡単に言えば、俺はここに来た時点でリラ王国に帰ることはおろか地位もこの命も保証されない。そして、時期がきたら俺の命はアルント王国の手にかかる。また、シャルロッテやフェリクス王子、その他アルント王国の民に無駄に関わらないこと。シャルロッテを決して危険に晒さず、この命ある限り命に代えても守ること。また婚姻関係は結べど、実際にシャルロッテとは結婚はしないこと。
だが、その代わりにリラ王国はアルント王国の属国になるわけでもなく、アルント王国が栄える限り何があろうと護ってもらえる。そして、俺の体にバケモノがいたことも、最低限の人物にのみ知らされるだけで、他国に他言もされない。俺はただの王子として、死んだことにされる。……とまぁそんな感じだ」
アロイスは肩を竦め、両手を広げた。
ロイクの反応を待つが、ロイクは無反応だった。
「おい、ロイ」
あまりの無反応さに、アロイスがちらりとロイクを見上げたその瞬間だった。
「……こんのバカ王子!!!!!」
不意に部屋に響いたロイクの怒声。
次に、アロイスの頬が強烈な痛みに襲われる。その衝撃に思わずよろめいたアロイスは、自分の身に何が起こったのか分からず、思わず目を白黒させて椅子の背もたれに手を置いた。
「…貴方はどうして」
「ロイク、お前」
「貴方はどうして!!! そう勝手な行動をなさるのですか!?! その契約がいかに貴方に不利な契約か、貴方ならば分かったはずです! それなのに、なぜ!?!」
溜まったものを吐きだすかのように次々と言葉をぶつけるロイク。
アロイスは頬を抑え、ロイクに目をやった。
「お前、なんだそのかお」
ロイクがこちらへ向ける表情が、まるで自分が殴られた方とでも言わんばかりに、痛みを耐えるかのような、でも、その痛みは強烈でとても耐え難い、あまりにも辛く到底堪え切れないという表情だった。それでも、大きく見開かれた瞳は怒りからか爛々と輝いている。
「そんなことをされては、貴方を守ろうとする私がバカみたいじゃないですか! いつも貴方はそうです!! どんなに他人が、姉姫様方がっ! 陛下や王妃様がっ!! 貴方を守ろうと手を差し伸べても……貴方はその手をやすやすと振り払うのですっ!!!」
「貴方を救いたい一心で皆がそうしても!! 貴方自身から拒まれるその気持ちが分かりますか!?! それが、どれだけ虚しいことか、貴方には分かりますか!?!!」
はぁ、と息をついたロイク。声を荒らげせいか、息が荒い。肩で大きく息をしたロイクは、ぽかんと立ち上がってロイクをみつめるアロイスに顔をやって、悔しそうにまたさらに表情を歪めた。
そうして大股でつかつかとドアまで行く。アロイスの赤くなった頬に一瞬目をやる。それでも、己がした行動に後悔はしていないのか、ロイクは目をきっと釣り上げた。
「……もう貴方にはついていけません。失礼します!!」
そうして、ロイクはあっという間に部屋から出ていってしまった。
部屋に静寂が訪れる。
アロイスが止める暇も、口を挟む暇もなかった。
いや違う。口なぞ挟めなかった。
それほどまでにアロイスは衝撃を受けていた。うるさく鳴り響く鼓動と、頭痛がそれを顕著に表している。
アロイスはロイクが去ってしまったドアを穴が開くほどにぼんやりと見つめる。そうして、そのまま力なく椅子に座り込んだ。
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