23.花落ちる
次の日。
宿屋で朝食をそれぞれ済ませた一行。
レオナとシャルロッテが下に降りると、そこには既にアロイスが待っていた。2人に気がついたらしいアロイスは、そばに近寄る。
「お待たせしてしまいましたか、申し訳ありません。」
慌てて近づいてきたレオナに、アロイスは軽く制す。
「大丈夫です。それより、ジルベルトの容態的にこのまま一緒に連れていくのは無理だと思うんです。それを伝えようと思って」
「あぁ、そのことなら大丈夫ですよ。昨日、既に伝書鳩でその旨を伝えておきました。多分、そろそろ代わりの者が来るか……」
「アロイス様!!!!」
不意に響いたやけに聞きなれた声に、アロイスはぱっと後ろを振り向いた。扉の前でわなわなと歓喜に打ち震えている人物、それは。
「代わりの者って、お前か。ロイク」
そこにいたのは、アロイスの従者──ロイクであった。ロイクはアロイスに向かって一直線に走り、ばっと手を広げ、抱きつこうとする。
「アロイス様!!!会いとうございました!!!!この待ち焦がれるほどの長い期間、私が一体どれほどの思いで貴方を待っていたか!!!」
「いや、知らないって。そしてあつい。くっつくな。」
抱き着かれたアロイスは、ぐぐっと嫌そうにロイクを離そうとするが、ロイクは離れない。その様子を呆気に取られた様子で見ていたシャルロッテとレオナの目線に気が付いたのか、ロイクが不意にじっと二人に顔を向けた。
「…………本日より、ボードレール殿の代わりに参りました。ロイクと申します。」
手短に紹介を受け、レオナは呆気にとられながらもつられるようにして頭を下げた。ちなみにロイクは未だアロイスに抱き着いたままじっと見上げている。
「そういえば、ダイナ妃より伝言を言付かっております。」
一同にしばらく沈黙が流れたが、不意に思い出したかのようにロイクが言い、懐から羊皮紙を取りだした。
「!お母様から?」
シャルロッテの挙げた声に目もくれず、ロイクはレオナに向かって淡々という。
「近頃、攻撃的な武力グループの活動が頻発しているので、視察の期間を短縮せよ、とのこと。具体的には今日を含めてあと二日です。」
「そんなに短くなったのですか…」
「あと、視察する場所は、本日は貿易商、明日は学校、と指示を受けました」
「…てことは今日はもしかして海に行くのか!?」
ロイクの言葉に強く反応したのは、アロイスだった。ロイクの体をがばりと離し、彼の肩をつかむ。驚いた顔をしているかと思いきや、ロイクはまたかという顔で、温かい笑みを浮かべながらアロイスに頷いて見せた。
アロイスが感情を露わにすることは珍しいものであったため、シャルロッテは思わずその姿を凝視してしまう。
「アルントの貿易はほとんどが船を使っておりますので、海貿易は栄えていますわよ。アロイス王子……もしかして、海をご覧になったことがないの?」
「なっありますよ!……ただ、数回程度しかなくて……。リラは確かに水源に恵まれた国ですが、王城から海は遠く、危険だからと私はほとんど行かせて貰えなかったのです。」
シャルロッテがそう尋ねれば、アロイスはどこか気まずそうに答えた。然しそのアロイスの反応に、シャルロッテは目をぱちくりとさせ、柔らかく微笑む。
「ならば、楽しみですね」
くるりとドレスを翻すと、シャルロッテは呆気に取られたようにこちらを見上げたアロイスに向かって微笑みかけた。
「貴方ならばきっと、嗚呼、世界はこんなにも美しいのだと感じると思いますわ」
「…………」
なぜかシーンとなり、思わずシャルロッテははっと周りを見渡した。アロイスとロイクが唖然とした顔でなぜかこちらを見つめている。面食らった顔に、こちらが面食らってしまう。
「あの、私なにかおかしいことでも……?」
「あ、いえ。失礼しました。その、何と言いますか」
言い淀むアロイスに、シャルロッテは疑問符を浮かべる。
「アルントの美しさを、貴女自らに教えていただけるのかと驚いたのです。
…リラは美しい国でした。アルントとはまた違った美しさを持つ、自然豊かな国でした。私は、リラの美しさを何時間かけても話すことができます。私は、リラを愛していますから。……それは、貴女も同じだったんですね、シャルロッテ姫。」
予想もしていなかった言葉に、今度はシャルロッテが面食らった顔になる。通常ならば、誰に対しても感情をみせないあのアロイス王子が、今は心の底から言葉を紡いでいるのだと、シャルロッテは気づいた。
「……生まれたときから私はここにいますから。アロイス王子がお望みなら、いくらだってご案内致しますわよ」
照れているのか、むすっと唇を尖らせたシャルロッテ。そんな彼女の顔に笑うアロイス。「ありがとうございます」と、呟いた彼に、シャルロッテは目線を落として「いいえ」と同じく呟いた。
その様子を黙って見ていたロイクとレオナは互いに目を合わせた。今の状況をよく分かっていない2人だったが、とりあえず今日の予定をどうにかして進めなければ、と思い、そのまま2人を急がせて馬車に乗らせた。
馬車に揺られながら、外の景色をどこか儚げな表情で見ている彼を、シャルロッテはじっとみつめていた。
レオナとアロイス王子の従者であるロイクに半ば押し込まれるようにして馬車に入ってから半刻──依然としてアロイス王子は黙り込んでいる。何かを話そうかと口を開こうとはするのだが、まるでシャルロッテなど存在しないかのように外の景色を見続ける彼に、シャルロッテは打つ手をなくしていた。彼のことを知る良いチャンスのはずなのに、どうしてかうるさく鳴り続ける心臓が、邪魔をする。なぜこんなにも緊張してしまうのだろうかか。
きゅっと唇を結ぶシャルロッテ。
このままでは、じきに港についてしまう。アロイス王子のことだ、このチャンスを逃せば二度と関わりを無くしてしまうだろう。
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