24.favorite thing


「…シャルロッテ姫」

「!?はっ、はい!!」


考え込んでいた矢先、不意にアロイスに話しかけられた。

驚きのあまりびくんと肩を揺らしたシャルロッテの声が裏返ってしまった。途端に顔を真っ赤に染めたシャルロッテに、アロイスはきょとんとした顔をする。


しまった、やらかした。シャルロッテはむむむと項垂れる。穴があったら入りたい気分だった。


「先ほどから落ち着かない様子ですが、いかがなさいましたか?」


ため息交じりに言われた言葉に、シャルロッテは瞳を揺らした。アロイスを見れば、少しだけ呆れた顔をしている。

なんて答えようか。この人には誤魔化しなんてものはきかないだろう。どうせ見破られてしまうのなら、正面切って言ってしまった方がいい。

シャルロッテは息を吸い込むと、きっとアロイスをじぃっと見つめた。その鋭さといったら、もはや睨んでいるといっても過言ではないほどだった。


「質問があります。答えてもらえますか?」


一言一句強めて言ったシャルロッテ。どこか前のめりのその姿勢と、ぎゅっと固く握りしめられた手のひらから、アロイスは彼女がとても緊張をしていることに気がついた。

何をそんなに固くなる必要があるのか、首をひねりながらも、アロイスはゆっくりと頷き彼女へと体ごと向けた。


「良いですよ」


シャルロッテはふっと息をつく。とりあえずこれで、第一関門は突破した。

では、とごくりと息を飲み、不審な顔を隠そうともせずにこちらを窺うように見つめてくるアロイスを見つめ返す。


「では、貴方について、教えていただけませんか」

「……は?」

「貴方について、知りたいのです。」


呆気にとられた顔をしたアロイス。シャルロッテは、その表情を見て少しだけ笑う。

この人のこんな顔を見るのは、二度目だ。彼の鉄仮面が崩れると、どうしてこんなにもおかしく感じてしまうのだろう。笑いを堪えながらも、動揺を隠せ無い様子の彼にずいっと顔を寄せた。


「貴方の好きなものはなんですか?」

「いや……」

「じゃあ嫌いなものは?」

「あの」

「趣味や特技はなんですか?」

「……姫」

「教えてください、アロイス王子」


アロイスが、ぱっとこちらを見つめた。その瞳には戸惑いの色が見える。


「そんなに矢継ぎ早に聞かないで下さい。まず、どうして俺のことが知りたいのですか?」

「それは……興味があるからですわ」


狼狽するアロイスに、シャルロッテはド直球に言った。すると、アロイスは瞳を丸くさせ、困惑したように目線を落とした。


「……それは、いったいどういう意味ですか」

「え?意味ですか?」

「はい」

「貴方に興味があるから……だけでは理由にはなりませんの?」

「えっと……つまり好奇心、ということですか?」

「こうきしん……? ではありませんわ。それとはまた違ったもののような気がします!」

「んん…?」


本気でよくわからない。アロイス王子は相も変わらず戸惑っているようだが、

シャルロッテには、本当によくわからなかった。知りたいから教えてほしい、だけではどうしていけないのだろうか。


「貴方は秘密主義者なのですか?」

「は?」

「だって、ちっとも教えてくださらないんだもの。別に減るものではないんですから、教えてくれてもいいじゃないですか。ケチですわ」

「…………わかりましたよ。あいにく俺は秘密主義でも何でもないですし、ケチでもないので、答えてあげますよ、答えられる範囲なら」

「本当ですか!ありがとうございます!!」


にんまりと満面の笑みになったシャルロッテ。してやったりと、楽しそうに笑うシャルロッテに、アロイスは不服そうな顔をした。


シャルロッテはこほんと一つ咳をした。


「じゃあ早速いきますわよ。貴方の好きなことは?」

「剣を扱うこと、読書ですかね」

「好きな食べ物は?」

「珈琲とか、グレープフルーツとか」

「えっ、変わってますわね」

「…次は?」

「嫌いなことと食べ物は?」

「嫌いなことは、面倒事。食べ物は、辛いもの」

「面倒事ですか……でも、あの時……いえ、やっぱりなんでもないですわ」


言葉を濁したシャルロッテに、アロイスは怪訝な顔をした。

シャルロッテは思い出したのだ。

あのとき──ルーベンスに絡まれたとき、面倒事だと分かっていながら、自分を助けてくれた時のことを。

男性を、あそこまで男だと感じたのは初めての事だった。つまり何が言いたいのかというと、握られた腕の力の強さにだったり、色欲に染まった瞳であったり……。自分は「女」で、ルーベンスは「男」で。そこには明確な違いがあって、どんなに拒んでも男の絶大な力の前では、自分という「女」はあまりにも無力であることを痛感してしまったのだ。

その瞬間──感じたのは途方もない恐怖だった。

そうだ。

私は、まだこの人にお礼すら言ってなかった。


「アロイス王子」

「はい」

「恐れながら、あの時のお礼を言い忘れていました。」

「あの時……?」


シャルロッテはアロイスの闇に包まれた瞳を、真っ直ぐに見据えた。


「ルーベンスから私を助けてくれたこと、心から感謝いたします。本当にありがとうございました」


そうして、シャルロッテは深々と頭を下げた。


「たとえ貴方に深い意味はなくとも、私は、とても怖かった。動けなくなってしまった私に、そこから救い出してくださったこと、心から感謝申し上げますわ」

「シャルロッテ姫、頭を上げてください」


アロイスはそっとシャルロッテの肩に触れた。頭をあげてくださいと促すその動作に、シャルロッテは意外にも素直に従い、頭をゆっくりと上げた。

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