25.ローズマリーの独り言



「貴方を守ったとは俺は思っていませんよ。」


薄く笑ったアロイス。どこか困ったようなその笑みにシャルロッテは眉を顰める。なら、どうして私の腕を引っ張ったの?何故、私を抱きしめたのか。あれは、助けようとしたからじゃないの?シャルロッテは分からなかった。だから、彼に教えてほしかった。

しかし、きゅっと不満そうに唇を結んでしまったシャルロッテに対し、不意にアロイスはおどけたようににやりと笑う。


「……ただ、一言だけ申し上げるとしたら、姫は男性の趣味があまりよろしくないようで。」

「なっ……あの人は私のタイプではありませんわ!」


憤慨するシャルロッテに、アロイスは声をあげて笑った。


「ともかく、お互い自由でいようとは言いましたが、貴方が不幸になっては意味がないんですよ。姫」

「…え?」

「貴方は幸せにならないといけないんですよ。それは、貴女に課せられた義務なんです」


笑ったその顔は、何度も見たことがあるような薄っぺらい笑みだった。その表情を見た瞬間、堪えきれなくなったシャルロッテは、恐る恐る彼に手を伸ばす。その、白魚のような白く細い手が、アロイスの頬に触れた。

びくりと肩を揺らし、シャルロッテの手から逃げるように後ずさったアロイスに構わず、シャルロッテも彼を追うように前のめりになる。嫌がるアロイスを無視しシャルロッテはついにアロイスの頬に触れた。

ひんやりとした冷たい肌。それでも、指先から伝わる確かな体温。生きているのだと、わかるほどに滑らかな質感。顔の半分は痣に覆われているせいで妙に肌が突っ張っているが、その半分の肌は何も変わらない。普通の人と、何一つ変わらない。

私は何を見てきたのだろうか、とシャルロッテは思った。彼の何が、バケモノと言うのだろうか。

醜さ? 異端さ?

人と違うことはそんなにもおかしな事なの?

なら、形のない人の心は?

美醜の判断がつかない人の隠された本心は?

見えるものだけで判断して、何になるの?

シャルロッテの頭の中で様々な疑問が浮かぶ。

私は、これまで何をみてきたのだろうか。


恐れるようにこちらを見つめるアロイスの瞳をじっと見つめていた。黒黒とした瞳の奥では、私たちと何一つ変わらない恐怖が浮かんでいる。それでも、その恐怖を隠すようにして微笑み続けているアロイスに、シャルロッテは胸の底からとてつもない悲しみが浮かんでくるのを感じた。

彼の笑みは、紙のような笑顔だ、と思った。薄い笑みは、仮面をうまく作り上げ、彼の本心を隠してしまう。それでも、今はよく見える。今なら、彼のことが少しだけわかる気がする。


「貴方の顔、まるで道化師ですわね」

「っ」

「その笑顔が嘘なことくらい、私にもわかるわ」


引き攣った顔をしたアロイスに、シャルロッテは少しだけ笑う。

いつもならばポーカーフェイスのアロイス王子にしては珍しく、そのあっけに取られたような、それでも嫌悪に引き攣ったような表情は、彼のむき出しの感情が現れていた。嫌悪、恐怖、不快感、嫌厭──どの感情も等しく、負の感情だ。


「私の幸せは私が決めますわ、アロイス王子。義務?馬鹿なことを仰らないで。幸せになるのは、貴方もですわよ」


ふっと笑ったシャルロッテの手を、ついぞアロイスが払った。ぱしんと、乾いた音とともに鈍い痛みを感じ、シャルロッテは思わず片目を揺らす。左手でかばうようにして右手を包めば、顔を背け表情を見せまいとしてたアロイスが、はっとこちらを向いた。途端に申し訳なさそうに顔を歪ませるアロイス。


「……っご無礼を、姫」

「構いませんわ。」

「痛みはありますか?」

「いえ、大丈夫です。……それよりも、アロイス王子、先ほどの質疑応答会の続きを致しましょう」


アロイスはひくりと唇の端を震わせる。この状態では、アロイスに拒否権はないも同然であった。

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