39.罠
次の日。
「………」
アロイスとシャルロッテを迎えにきたレオナとロイクは、明らかなつくり笑顔を浮かべるアロイスと、彼とは対照的に少し沈んだ様子で、心ここに在らずといった様子で斜め上を見つめているシャルロッテを見て、揃って顔を見合わせていた。
「ロイク殿……これは」
「……。お二人共、昨晩はよく寝られましたか?」
レオナの耳打ちを無視したロイクはにこりと笑むと、二人に向かって問いかけた。
「……あぁ。それより早く行こう。火急の用なのだろう。早く行った方が良い、なぁレオナ?」
それに対し異常なほどにこにことしながら答えたアロイスは、レオナに同意を求めた。
「………では只今より馬車の用意を致しますので、少々お待ちいただけますか?あぁ、あとシャルロッテ姫もこちらへ、お召し物が汚れておりますよ」
「……」
「姫、お早く」
口早に言ったレオナは、、あからさまに不自然な様子でシャルロッテの腕を引っ張った。外へと足早に行ってしまったふたりを見て、ロイクがアロイスに近付いて耳うつ。
「……何したんですか、アロイス様」
「なにも」
表情を消したアロイスは、近くにあった椅子にどかりと座り込んだ。ロイクは困惑気味にアロイスのそばへ近寄る。主人の顔を覗き込めば、その顔色はどこか青白い。
「灸を据えただけだ。もう、あの姫は俺に近づかないだろう。」
「……それなら良いのです。けど、アロイス様、顔色が」
「昨日はあまり眠れなかったんだ。」
深いため息をついたアロイスは、頭が痛むのか眉間の皺を抑えた。
「全てを話したよ。」
アロイスはポツリと言った。
「禁忌にまでは触れていない。けれど、バケモノの存在も、俺の命の期限についても話した。」
「アロイス様?!」
驚いて声を上げたロイクに、「声がでかい」とアロイスは顔をしかめる。手をひらひらと軽くふりながら「仕方がなかったんだ」、と言った。
「あの姫は、なぜか俺のことを好いているらしい。だが、不幸中の幸いなことに、その気持ちを自覚まではしていない。なら、知らないままでいいだろ。何も知らないまま……気づかないまま……このまま俺から離れ、幸せになればいい」
どこか投げやりに言ったその言葉に、ロイクは言葉を詰まらせた。
「アロイス様がそれで良いと仰るなら……」
ロイクは感情を抑えながらも慎重に言った。
「良いも何も無い。それしかないんだよ。」
「……あの姫は、その話を他のものに話したりはしないでしょうか」
「しないだろう。あの姫は、傲慢ではあっても、愚かではないよ」
「……そうですか。あの、アロイス様」
「ん?」
青白い顔で見上げたアロイスに、ロイクは眉を顰める。
「大丈夫ですか」
予想もしてなかったロイクから発せられた気遣いの言葉に、今度はアロイスが驚いた表情になった。ロイクが心底心配そうにしているのを見て、そんなにも今の自分は酷い顔をしているのかと可笑しく思えてくる。
アロイスは軽く笑う。慣れているはずの行為が、やけに重たくも負担に感じるのは何故なんだろう。
あぁ、もう何もかも嫌だなと、心の底から思う。
「……大丈夫だ」
大丈夫だ、大丈夫。そう言い聞かせながら笑えば、ロイクは強ばらせていた表情を少しだけ緩ませた。安堵といった表情だ。
こいつの前で、この表情をするのはもう何万回になるだろう。
「ロイク殿、アロイス王子、馬車の準備が出来ました」
レオナの一声で、アロイスは表情を戻した。立ち上がった瞬間、少し体が揺らぐ。微かにロイクが手を伸ばした気がしたが、それを無視してアロイスは姿勢を伸ばし、レオナに応えた。
道中は非常に平和だった。
何事もなく王城に辿り着くと、シャルロッテとアロイスは今回の視察報告のためにアルント王とダイナ妃が待つ謁見の間へと足を急がせた。その間、ちらりとシャルロッテの方へ目線を送れば、彼女は意外にも特段平然としていた。
あの言葉で、彼女を傷付けてないかと危惧していたが、どうやら杞憂だったようだ。アロイスは彼女の様子に心の中で安堵の息を漏らした。もちろん、傷付けたことは確かだ。でも、願わくばその傷は浅ければいいと思ってしまう。
そしてそのままカサブタになればいい。……剥がした時には、傷口は綺麗になっているはずだから。
謁見の間に辿り着くと、椅子に深く座ったアルント王とダイナ妃がアロイスとシャルロッテを待っていた。
「お母様、お父様、ただ今戻りましたわ」
「おかえりなさい、シャルロッテ、アロイス王子」
「……よく戻った」
にっこりと笑ったシャルロッテが、姫らしくドレスの裾をあげて挨拶すると、2人はにこやかに(アルント王はいつも通りむっつりとだが)返した。アロイスも同じように頭を下げる。
そうして顔を上げると、2人は何故かアロイスの方をじっと見ていた。
「疲れているでしょうけど、実は今回の報告の前に少しだけアロイス王子とお話があるの。……シャルロッテ、席を外してもらえるかしら?」
このダイナ妃の言葉には、アロイスの方が驚いてしまった。驚愕を隠せずにダイナ妃を凝視すれば、ダイナ妃はこちらを見ようともせずにシャルロッテに向かって話しかけている。
「大した話ではないの。良いかしら、シャルロッテ」
「お母様がそこまで仰るなら…。」
困惑した顔をしながらもゆっくりと頷くと、シャルロッテは部屋から退出した。
部屋に静寂が訪れる。アロイスは微動だにせず……否、微動だに出来ず、ダイナ妃とアルント王が何をする気なのか、心を構えて気を張っていた。
「ルイナスから文を受け取ったのです」
ダイナ妃が静かに言ったそれに、アロイスは瞳を大きくした。
「内容としては、シャルロッテをこちらに寄越さない限り、開戦致すと」
アルント王の憎々しげな口調。彼は苛立ちげに拳を握ると、アロイスの方をしっかりと睨みつけた。
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