34.証拠

「アロイス王子!!!」


我慢の限界がきたシャルロッテは、はやる気持ちもそのままに勢いよく扉に手をかける。しかし。その時だった。


バンッ!!!


「?!」


手にかけようとしていた扉が不意に勢いよく開いた。その瞬間、アロイスの体がくの字に曲がった状態で放り出される。そうしてそのまま地面に転がったかと思うと、土埃をあげながら道のど真ん中に無様に転倒した。


「アロイス王子!!」


悲鳴をあげながらも、シャルロッテは慌てて駆け寄った。ゴホゴホと咳き込むアロイスの頬に赤い血が伝っているのをみて、またさらに怒りが込み上げてくる。扉の方向をきっと睨みつける。そこには、こちらを冷たく見下ろす2人の大柄な男性がいた。暗闇のせいか、シャルロッテの正体を認識していないらしい。


「これに懲りたなら帰るが良い。そなたがいなくとも、この国は未来永劫栄える。」


そう言うとすっと踵を返してしまう。

なんと失礼な…!と、思わず男達に言い返そうとしたシャルロッテに気づいたのか、倒れているはずのアロイスが、やめろと言わんばかりに彼女の手をそっと握った。

一方、男達はといえば、そのまま嘲笑いながらも役所内へと戻ると大きな音を立てて扉を閉めた。

シャルロッテは唇を噛み締め、震える声でアロイスに語りかける。


「どうして…止めたのですか!?」

「あの者達に罪はありません。仕様のないことです。俺や貴女の正体に気付けば、あの者達は罰を受けるでしょう?それは、俺の望みではない。」


アロイスは顔をしかめながら身体を起こした。ぽたりと地に落ちた赤いそれに、またさらに眉を顰める。


「血が」

「大丈夫です。擦り傷ですから」


シャルロッテの伸ばした手を拒む。

笑ったアロイスは袖で軽く額を拭った。身体は痛むが、ただの打撲程度だから大丈夫だ、と彼女に笑いかける。


「…危険はないと、そう仰ったではありませんか。」


しかし、そんなシャルロッテの思い詰めたような声に、アロイスは顔をあげた。


「怪我をしないこと。傷つかないこと。危険がないとはそういうことではないのですか」

「…申し訳ございません。でも、これが1番わかりやすい方法だったのです」

「嘘つきですわ。」


シャルロッテの咎める声に、アロイスは片眉を上げる。項垂れた彼女は、何かに耐えるかのように手のひらを強く強くぎゅっと握りしめている。


「……貴女がこの国の姫である以上、民の声に耳を傾ける義務がある。これこそが、民の声……俺を異端視する声は、決しておかしなことではないのです。」


小さく息を吐いたアロイスは、ゆっくりと腰を上げる。つい先ほど蹴られた腹が鈍く痛むが、ほんの少し気になる程度だ。座り込んだまま黙ってしまったシャルロッテにも立ち上がるように手をさし伸ばした。


「確かに」


不意に顔をあげたシャルロッテは、まっすぐにアロイスを見つめ返した。


「貴方の言う通りです。私には、民の声に耳を傾ける義務がある。でも、それは民の声を全て信じる必要があると、聞かなくてはいけないというわけではありませんわ。私がこの国のトップに立つ人間だというのならば、民の過ちを正すのも、私の仕事です。」


シャルロッテはさし伸ばされていたアロイスの手を握ると、颯爽と立ち上がる。


「私はまだ、貴方がバケモノだと信じられません。信じてなんて、あげませんわ」


アロイスは驚愕のあまり瞳を大きく見開かせた。にこやかに笑うシャルロッテは、アロイスの手を掴んだまま、彼の手を引っ張った。


「帰りましょう、アロイス王子。」



手当てを、と訴えるシャルロッテの言葉に負け、アロイスは宿屋の女将に頼み仕方なく救急箱を借りた。そうして部屋に戻り、おもむろに服を脱ぎだしたアロイスに、シャルロッテは顔を真っ赤にして、外にいると言った。

一人残されたアロイスは無言のまま、服を脱いで上半身裸になった。そして、姿見に、今の自身の身体をうつした。身体に転々と咲く青痣の量は、思っている以上に多かった。特に、しこたまけられた腹の部分は、青痣を通り越して青黒くなっている。

その様子にチッと舌打ちをしたアロイスは、救急箱をから必要なものを取り出すと、痣部分に塗る。一応、腹にだけは包帯をしておかないとな、あとで姫君にとやかく言われそうだなと器用に包帯を巻きつつも浅くため息をついた。

そうして、すっかり血が固まり、砂利が入った傷をガーゼで優しくあてながら、アロイスは思考に耽る。シャルロッテの言葉が意外すぎて、自分でも驚くほどに動揺していた。

これで、決定打だと思ったのだ。

シャルロッテが自分を遠ざける材料が揃ったと、本気でそう思ったのだ。

けれどあの姫は、何度同じことをしても信じないんじゃないかと、アロイスはふと思った。


バケモノが姿を現し、あの姫の柔い白肌に傷を作らない限り、本当の意味で理解をしてくれないのではないだろうか。俺がどんなに、近付くな、怪我をさせたくはない、貴女を自由にさせたいんだ、と主張したところで、あの姫は俺から離れてはくれないのではないだろうか。なぜ、彼女は自分を嫌ってくれないのだろう、どうして。なぜ…そんな、思いに耽る、その鏡に映る自分の表情があまりにも酷くて、アロイスは笑ってしまった。

口角を上げて、ゆっくりと笑う。表情を作るのは、比較的得意な方だった。もう、何度も同じことを繰り返してきたのだ。それなのに、なぜか突っ張る肌に優しく触れる。我ながら、温かい。それは生きている証拠だ。


治療は済んだ。

アロイスは顔を手のひらで覆った。心が拒んでいるものを、これ以上見ていたくなかった。シャルロッテが俺を受け入れる度に、俺の中で何かが壊れていく。家族も、姉も、ロイクでさえも、俺の心の琴線に触れることはなかった。それなのに、あの姫は、シャルロッテだけは、俺の中を遠慮もなしに踏みにじっていく。


苦しい、と感じた。

けれど自分がこの感情をなぜ抱くのか、アロイスにはわからなかった。

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