33.怒り
「心配しなくても……貴女に危害は加えませんよ?」
「違います。私は、貴方に危険はないのかと、そうお聞きしてるのです」
シャルロッテは唇を尖らせた。心外だと頬をふくらませたシャルロッテに、アロイスは目をぱちくりとさせる。そのままふはっと笑ってしまった。不満そうな彼女の鼻を軽く摘むと、ふが、と気の抜けた声を出した。それにまた、少しだけ笑う。
「それは失礼しました。大丈夫ですよ。さぁ、行きましょう」
宿屋の女将には少し出かけてくるとだけ言い、アロイスとシャルロッテは外に出た。宿屋の外はすっかり日が落ちていて、辺りはしんとした暗闇に包まれていた。
肌寒さを感じたシャルロッテは、ぶるりと身をふるわせる。
「寒いですか?これでよければ着てください」
「ありがとうございます」
すぐにそれに気づいたアロイスが、自身が着ていたジャケットをシャルロッテに渡した。シャルロッテは、ありがとうございますと、素直に礼を言った。
「どこへ行くのですか?」
「着いてきてもらえればわかりますよ」
質問には答えず、さらり笑ったアロイスは、シャルロッテを一瞥すると、そのままつかつかと歩き出してしまう。
シャルロッテはその少し後ろをついて行きながらも思う。暗闇ゆえか、黒い服に黒い髪のアロイスは、少し視線を外せば闇に溶けてしまいそうな気がした。
黒いカーテンが、アロイス王子ごと包み込んでしまう──そんな恐ろしい想像をしてしまい、シャルロッテは思わず足を早め、アロイスのすぐ後ろについた。
街灯の明かりも朧げで、民家から漏れる光のみとなった裏道は、どこか埃っぽく汚らしい。昼間の穏やかな街並みが嘘のようにどこか怪しい気配を伴った夜の帳が落ちた街道は、猫や犬がそこかしこをウロチョロとしている。人ひとりっ子いない道で、頼れるのはアロイスだけ。シャルロッテは真っ直ぐに前だけを向いて歩くアロイスを見上げる。その瞳は、いったいどこへ向かっているのだろう。
時たまにアロイスとシャルロッテの横を通り過ぎる何人かの旅人らしき人々は、物珍しそうな目でアロイスを見ていた。どうやら誰かまでは分かっていないらしく、アロイスの痣のある顔と容姿を見ては、
「ねぇみて、珍しい黒髪ね」「闇に溶けてしまいそう」「それに、なんて醜い痣かしら」と、ヒソヒソと話しているのが聞こえた。それには、少し、嫌な感じがした。
アロイスとシャルロッテの間は少し離れている。先程とは違ってあの声が聞こえてからはぴったりと隣についたシャルロッテから距離をとるように、アロイスはその長い足を早めてしまう。それがまるで、隣を歩くなといわれているようで、シャルロッテは面白くなかった。
躍起になってアロイスのスピードに合わせていると、次第に息が切れてきた。ふっと顔をあげれば、どこか憂いに満ちた表情でアロイスが前をみていた。そのすぐ後に、アロイスは足を止めた。
「着きましたよ」
20分ほど歩いたろうか。やっとのことで目的地に着いた。止まったアロイスの隣で、息を荒らげたシャルロッテはゆらりとアロイスが見ている視線の方へ目線を寄越した。
「ここは…」
「役場です。姫はここで待っていてください。」
「どうして?」
「貴女がいると、お役人様はいい子になりますからね」
そうどこか自嘲気味に笑ったアロイス。
「ここで待っていてください。貴女の国とは言え、美しい人が一人でいては男は放っておかないでしょう。危険ですから、動いてはいけませんよ」
「……まるで子供に言うみたいに言うのですね。分かりましたわ、アロイス王子」
不満げな顔をするシャルロッテの顔を見なかったかのように、アロイスは軽く笑うと鈍く光が漏れる役場の中に入っていった。
シャルロッテはアロイスに言われた通り、扉のすぐ横で、もたれかかるようにして座り込む。
どうして、私を置いていくのだろう。なにか見せてくれるんじゃ無かったのかしら?
そう、悶々としている時だった。
「出てゆけ!!!」
不意に怒声と、何かが何かを叩くにぶい音がした。耳を塞ぎたくなるような布を着るような悲鳴に合わせて、誰かが呻く音がした。
はっと腰を上げる。アロイス王子に、何かあったのだろうか。思わず役場の中に駆け寄ろうとした、その瞬間だった。
「お前なぞがこの国に来たことが過ちだったのだ!!!!」
その吐き捨てるような言葉に息が詰まった。震える肩を宥めるようにして抱きながら、シャルロッテは、じっと役場の方を見つめていた。
「おまえは疫病神だ!おまえが来てからルイナスの夜盗も増えるばかり!!さらには我らが聖姫、シャルロッテ姫様にまで手を出しおって!!!」
「……は、……ね」
「はっ!笑止。そなたがバケモノを飼っていることくらい、我らが王から伝わっておるわ!その容姿はなんだ?醜い痣はそなたらが犯した罪の結果であろう!!自業自得よ!
なによりバケモノを飼うそなたこそが化け物ではあるまいか!!」
それに対するアロイスの言葉は、聞こえなかった。
全身の血が頭に登っていくのを感じた。顔が熱く、頭がピリピリする。呼吸が荒くなっていく。この感情は、怒りだった。
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