44.呪われた理由

頭を抑え、持ち上げる。

キョロキョロと見回せば、いまやそこは見慣れた場所だった。

アルントにて与えられた、俺の私室だった。なにかもが豪華なアルント製の調度品、ふかふかすぎる柔らかなベット。

地べたに顔を強く打ちつけたからか、頭全体に鈍い痛みが残り、どうにも収まらな買った。


息も絶え絶えにもう一度蹲る。


今のは……夢か。白昼夢でもみたか。

やけにリアルだった。夢とは断言しづらいほどに。


ユリウスという男性。

美しい少女。

最後の言葉の意味。


俺の血と俺の身体を持ったユリウスと言う存在。

少女が言った愛しくて憎い人、という意味。混乱を極め、酷い動悸がする。


胸を抑え、強く瞳を瞑る。

やっぱり、あれは幻覚なんかじゃなかった。やはり、いや……もしかして。

胸に浮かんだ疑問と確信が脳内に渦巻く。


「父さんから聞かされた…あの話の」


そうだ。リラ王家当主に代々伝わる呪いとバケモノの話。あの時に聞かされた光景が鮮明に蘇る。俺の勘が当たっていれば、あれはもしかして。


「あんたが、あのバケモノ……なのか」


迷いながら枯れた声で呟き、腹に手を当てた。


その瞬間…まるでそれに応えるかのように、今まで感じていた痛みが、一瞬にして波引いた。


「あんたが憎んだのは、あのユリウスだったのか。その憎しみが浄化できずに、とこしえに憎み続けてきたのか」


ふらふらと立ち上がり、腹に両手を当てた。力なく言葉を紡ぐ。痛みは引いたはずなのに、頭にもやがかかり鈍い痛みを感じる。あの泣き顔、あの言葉、俺に指し伸ばされた白い手。

全てが、俺への憎しみだったのか。


「ユリウス・ゼルビア・ガロン・フェール・リラ。

リラ王国の王子にして、とある小国の姫を婚約者に持った正式なるリラ王子。だが、その姫を裏切ったことにより、ユリウス王子は姫の憎しみを受けた。揺るぎない信頼と、永遠の純粋なる愛を裏切った王子は、憎しみという呪いをかけられ、リラの王子末代すべてにまで、その呪いは広がった」


アロイスは目を片手で覆った。


「あの光景は、あんたが実際に見たものだったのか。ユリウスを待ち続け、そして裏切られた。」


少女の悲痛な叫びを、ユリウス王子を待ち続けたあの真っ直ぐな瞳を、アロイスは思い出していた。


アロイスは呟く。近くの椅子に深く座り込んでしまった。


「そりゃ、許せるもんじゃないよなぁ……」


本当に愛する人から裏切りを受けた姫の心境は、到底分かりうるものではない。その絶望は、どれほどのものだったろうか。

アロイスは大きく息をつく。

それでも、と胸に広がった怒りで口を開く。


「あんたを理解はできる。痛みも、苦しみも。許せない気持ちも、わかる。けど、呪いのことは理解できない。なぜ、あの夢を見せた?同情してほしいと思ったか?あんたの呪いを俺たちリラ王家は数百年間も耐えてきた。そのせいで多くの命が失われ、国が揺らいだ。その対価に、あんたの呪いは合うか?どうして、ユリウス王子だけを憎まなかった?どうしてリラ王家全てを巻き込んだ?なぁ、教えてくれよ?!?」


口早に紡いだ言葉。怒りがこみ上げる。バケモノに反応して欲しかった。


たとえ俺の身体を持っていこうとしても今なら怒りからなんでもできると思った。


それよりも答えが欲しい。あれをなぜ見せた、それを知らせて、俺にどうして欲しいのか。それだけを知りたかった。


だが、バケモノは沈黙していた。


「!!!」


その態度にどうにも怒りが収まらず、思わず俺の腹を思いっきり殴った。俺が痛いのは当たり前だ。だけど、今は腹をさいてやりたかった。俺の腹だとしても、この中にあのバケモノがいると思うと息がつまるほどの怒りを感じた。


「なぁ、答えてくれよ。教えてくれ。俺にあれを見せて、どうしたいんだよ。」


答えが欲しい。何もかもに。


項垂れる。腕の力を抜けば、だらりと垂れ下がる。ひどい虚無感に苛まれる。頭の中が疑問で埋め尽くされる。



俺が生まれた意味を教えて欲しい。

どうして、俺は生きているのか、あんたに殺される命だとしても、どうしてこの世に生を受けたのか。

全ての命に意味があると言うのなら、俺の命にはどんな意味があるんだ。


この世のためになる命だというのか。


「…いっそのこと」


今死んでしまえば、楽になれるだろうか。もう、疲れてしまった。誰かのためにこの命が使われるのだとしたら、もう良いのではないだろうか。



負のオーラに包まれたアロイス。

彼が気付かぬうちに、その周辺に黒い靄が生じ始めた。きめの細かい霧のようなそれは、アロイスの足元にて濃くなっていく。それはアロイスを囲み、まるで飲み込むかのように次第に大きさを増して言った。


そのとき。


「っアロイス様!!!!!!」


ひどく焦った声と共に、大きな音をたてて扉が開いた。


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