5.片割れの勾玉

場面は変わって城の訓練所である。


シャルロッテと話そうと思っていたが、部屋に人がいたため、その人が出るまでここで時間を潰そうと考えていた──のだが。


「なんでこんなことになっちゃったのかなぁ!?!!」


もう何度目か分からない重いため息をついたアロイスの前には、総勢30人ほども武装した兵士がいる。そしてアロイス自身も自分で持ってきた木刀を構えていた。否、構えざるをえなかった。


事の発端はつい20分前のことだった。



訓練所についたアロイスはその大きさに驚きながらも、胸の中に広がる喜びに浸っていた。恐らくここにきて初めてであろう心からの笑みを溢すほどに、アロイスは訓練所で剣を握れることに喜びを覚えていたのだ。

自分の木刀は初日にロイクが置いていてくれたらしく、木刀置場にちゃんとあった。それを握ると、いつもの馴染む感じがして、なんだか故郷に戻ったような気分になり、心が暖かくなった。


そして─。

シュッ。

アロイスは木刀を引き抜いた。風を切る音が心地いい。

そうして準備運動も終わったところで、軽く素振りを始めた。


「やっぱ…楽しいな」


思わず呟いていた言葉に、自身ではっとした。そして木刀をおろす。

元々、剣は生まれてすぐに握っていた。誰に教えを請うわけでもなく、我流でやっていた。いや、どちらかといえば、我流でやるしかなかったという方が正しいのかもしれない。

異端な容姿で生まれた俺のことを、初めのうちはみなが怖がった。誰も、寄り付かなかった。お父さんやお母さんでさえ、戸惑いを隠すことは出来なかったんだろう。


俺は、城から離れた森の小さな小屋に、生まれてすぐに隔離された。俺のそばにつくと自らで言った、明らかに頭のおかしい婆とたった2人だけ。それ以外そこに住まう者は誰もいなかった。


木刀をもう一度振る。邪念は剣技を鈍らせる。


あの婆は城の中で、唯一俺を怖がらなかった奴だったっけ。


シュッ

シュッ


風を切る音も、先程のように心地よく感じなかった。邪念を消そうと努力してるのに、過去を思い出してしまったせいで、あのときの記憶が頭から消えない。次第に苛々としてきて、苛立ち紛れに頭を強く振った。


その時だった。


「貴様、こんなところを無断に入ってただですむと思っているのか!」


ガシャリガシャリと、鎧が擦れる音ともに細い刀を持った男が現れた。俺から見ても、その鎧がとても立派なのがわかった。銀製のそれは、手入れをしっかりしているのか、光沢を放っており、威圧感を見せている。ふと、ちらりと首もとのバッジに目がいく。そこには「王国専属軍武兵隊隊長」の印章があった。


なるほど──と、アロイスは納得する。冑をしているため顔がみえないが、身のこなしから恐らくあの印章通り、王国軍の隊長なんだろう。

咎めるような視線に気が付き、アロイスは肩を竦め、剣を納めた。


「貴様、どこの者だ? 見張りの兵士達に咎められなかったのか!」


アロイスは答えない代わりにもう一度肩を竦めた。この隊長殿は、どうやら俺の事を知らないらしい。珍しいな、とちょっと感心する。


「ご迷惑なら退出しますよ」


その言葉に、男はぴくりと肩を揺らした。


「…迷惑、ではないが」

「……」


暫く沈黙が続く。


「暇なら、私と勝負するか?」


やがて、状況に耐えきれなくなったらしい男が、おずおずと口を開いた。アロイスは驚いたが、それを顔には出さない。驚いたのはその言葉だけではなかった。この男は、なぜか、俺をみて怖がらない。異端な容姿であることは十分に承知していた。そして、その容姿をみて周りがどういった反応をするのかも、今までの経験から分かっていた。

だからこそ、驚いた。

普通なら俺の髪や瞳を見れば、拒絶の反応をみせる。嘲笑や嫌悪の表情だって見せる。それなのに、こいつは。

アロイスは笑いだした。声に出して、心から楽しそうに。

男はそんなアロイスをみて戸惑っている。当たり前だ。けれど、アロイスはそれでも笑いをやめなかった。否──止められなかった。


「本当に、俺が誰かを知らないんですか?」


息も絶え絶えに尋ねると、男は戸惑いながら小さく頷く。アロイスは大きく息を吐く。そして、曲げていた体を伸ばすと、真正面から男を見た。


「いいですよ。勝負しましょうか」


そのまま、にこりと笑った。



木刀を構える。

アロイスの独特な構えをみて、騎士は驚いたようだった。だが、すぐに自身も腰から真剣を取り出した。


「ちょっとまってください。色々な面から考慮して木刀にしませんか?」

「すまん。生憎これしか持ち合わせがなくてな」

「向こうに木刀がありますけど」


アロイスがさした方向をみる騎士。先程アロイスが失敬したところから木刀が何本か刺さっているのがみえる。


「…ほんとだ。知らなかった」


騎士はそう呟くと真剣を腰に戻した。アロイスは呆れながらも笑う。その動作に偽りが見えなかったので、どうやら彼の言うことは本当らしいと解釈したからだった。

それにしても、隊長ともあろう人が木刀の在処さえ知らないとは。天然なのか、それともただの無知のバカなのかアロイスにはわからなかった。

木刀を持って定位置に戻った騎士をみてアロイスはうなずく。


「では」

「フェアプレイでいこう」


そして、互いにタッと距離をとった。

構えは何一つ変わらないが、騎士をみてアロイスは驚く。なるほど、隙をみせない。隊長という名には偽りないな。と、またも笑う。しかし、いつまでもかかってこないアロイスに痺れを切らしたのか騎士が襲い掛かってきた。

速いな─。

踏み込み、横腹を狙ってきた相手の木刀をいなす。重い甲冑だろうに、このスピードとは…中々の腕だ。だけど、と、アロイスはいなしながら心の中で思う。

あの人よりは全然遅い。


シュッ


若干の落胆を隠し、冷静に足払いをかけると、騎士は案の定バランスを崩し倒れそうになった。しかし、既にそれわ読んでいたアロイスは相手の喉仏に木刀を向ける。自身の喉元に向けられた剣先に、騎士は潔く自身の木刀を落とした。カランカラン、という乾いた音が訓練所いっぱいに響いた。


「……降参だ」


その言葉を聞いたアロイスは向けていた木刀を下ろした。そして肩の力を抜くと、すわりこんでいた騎士に向かって手を差しのべる。


「おい!!貴様!!隊長に何をした!!」


何とも素晴らしいタイミングである。なぜかその瞬間、大声と共にこれまた正装をした兵士─その数30人ほど─が現れたのだった。


アロイスも騎士もポカンとしたままそれを見ていると、兵士達の中でもイケメンでガタイが良い奴が一歩前に出た。


「なぜ王国軍隊一番隊隊長殿に剣を向けているのか答えろ!」


…へぇ、一番隊の隊長だったのか。

しかし、なんでって言われても、この人から戦おうぜ!ってきたんだけどなぁ。答えようにも、返答に困り果て、アロイスは言葉を発せずにいた。つーか、この兵士たちも俺を見て驚かないっていうのはどういうことなんだ? なんて、呆けているとイケメン兵士が突然、突拍子もないことを言い出した。


「ええい!とりあえず剣を抜け!俺と勝負しろ!!」


は?

アロイスは驚きすぎて言葉を失った。


「ちょっと待ってください、なんでそんな」

「問答無用! 我らの隊長に剣を向けた罪は重い! 我々全員と闘え!!」


そして、今に至るわけである。

隊長殿は兵士1と兵士2に抵抗する間もなく連れていかれてしまったし、もうどうしようもない気がした。諦めてアロイスは木刀を構えた。

この人たちは恐らくさっきの一番隊隊長殿の部下たちなのだろう。一番隊がどれほどの立場にいるのかはわからないが、一番というくらいだ。城の兵士の中でも、きっと強い位置にいるはずだ。ならば、手加減はあまりしないでおこう。一人ならまだしも、この人数をかなり手加減して相手をするには少々無理がある。


「ちょっと1つだけ良いですか?」


アロイスはため息をつき、言った。イケメン兵士の殺気だった目が少しだけ和らぐ。それを肯定とみたアロイスは続ける。


「あなた方も木刀を使っていただけませんか? その代わり私も木刀を使いますので」

「…なぜだ?真剣で自分が傷付くのが嫌なの?」

「いえ、というよりは」


アロイスはそっと目を伏せた。木刀をもった手に力が入る。その瞬間、アロイスを纏っていた空気が明らかに変わった。

闘士を敏感に察知した俺の中の『なにか』が、唸るような意思を送ってくる。


「ーっ!!!」


兵士たちは顔色を変えた。アロイスはゆっくりと顔をあげる。その瞳には、押さえきれていない狂喜と、苦しそうなほどにゆがめられた理性があった。


アロイスが異端と呼ばれ、バケモノ王子と呼ばれるのには、きちんとした理由があった。

それは王家リラが幾世紀も前に犯した罪による償いの制度。

腹の中の『なにか』を押し込めるように、息を規則正しく吸って吐いてを繰り返す。今回出てきた理由は、恐らく久々の闘志ゆえか。


「……っ、お願いです。」


アロイスのおかしい様子に、兵士たちは頷くしかなかった。これは、異常だと、頭の中で警報が鳴っていた。

しかし、さきほどのイケメン兵士はそれでも身を引くことができなかった。それは自身のちっぽけなプライドと大切な自分の上司の尊厳を守るためだった。

ああ、また─。

アロイスは唇を噛み締める。痛みにより意識をハッキリさせるためだった。雲がかったように鈍い頭を晴らそうと、瞳を閉じた。


「ーい!おい!」


そんなアロイスをみて、不振に思ったイケメン兵士が声をかけた。が、その言葉によりせっかく統一させていた意識が一瞬崩れた。それを見計らってか、アロイスの中にいる『何か』がアロイスの意識を乗っ取ろうとする。興奮しているせいか、それとも久々のことだからだろうか。強い負の感情が湧き上がってくる。これまでのストレスからか、いつもよりも、バランスが取れない。崩れて、いく。


「やめろ、お前ら」


瞬間。

不意に、兵士たちを牽制する静かで落ち着きの払った声がした。

その声を聞いた瞬間、崩れていた均衡が奇跡的に元に戻っていくのを感じる。荒ぶっていた『なにか』が熱が引くように大人しくなっていくのを感じたアロイスはほっとため息をつき、そっと瞳を開けた。

ちょっと今のは、だいぶ危なかった、とアロイスは安堵のため息をつく。そこで暴走を止めてくれた声の主を探そうと頭をキョロキョロとさせる。

そこで気がついた。

兵士の集団の中で一人、麗しい外見をもった女性が颯爽とこちらへ歩いてくるのを。

アロイスは目を丸くさせた。

あの女性、さきほどの隊長殿と同じ服を着てる。てことは、つまり。女性はアロイスの前まで来ると凛としたその顔を下げた。


「無礼を働き、誠に申し訳御座いませんでした、アロイス王子。実を申しますと、先ほどまでは貴方が王子だと知りませんでした。以前に陛下からお話は伺っていましたが、その剣術の腕前と、先ほどのご様子から、貴方が王子であるのとに気が付きました。度重なる無礼、どうかお許しを」

「それは、かまいません。が、あなたはやはり、さきほどの剣士殿なのですね?」


女性は艶のある銀髪の長い髪を靡かせる。


「お察しの通りでございます。私は女ではありますが、ここの軍隊の最高責任者を任せられております。我が名をレオナ・サークスフィードと申します」


隊長殿─レオナは優雅に頭を下げた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよサークスフィード隊長!こいつは一体誰なんですか!」


イケメン兵士が尋ねると、それを同意したように周りが騒ぎだした。レオナは眉をひそめおでこにシワを作る。そして大きく息を吸った。

あ、いや待ってくれ。なんだかものすごく嫌な予感がする。

レオナを止めようと、アロイスが一歩前に踏み出したその時だった。


「皆のものよく聞け!!!この方はつい二日ほど前にこの国へシャルロッテ姫様の婿となるためにいらした!! 水の国リラ王国第一王子アロイス王子だ!!」


朗々たるその声に兵士たちは言葉通り目を丸くさせる。しかし、その一方で俺は頭を抱えていた。

なんてことだ。非常に面倒なことになった。

頭を抱えたアロイスを不思議そうな顔で見つめるレオナ。多分、善意でやってくれたのだろうけど、正直ありがた迷惑だった。

俺のことを知らないのならば、そのままでいいと思っていたのに。ぜっっったいに面倒なことになるから。

その証拠に、今現時点で俯いていてもわかる兵士たちからの殺意と敵意、そして恐怖心がアロイスにびんびんと伝わってきていた。


「アロイス王子、なぜ俯くのですか?」


あぁそれはね、端的に言ってもあなたのせいですよ。もっと言うならば俺の正体を言っちゃったからですよ!!と言いたいところだが、彼女に非はない、と思う。思わないとやってられん。もうここまで来たらもう、腹をくくるしかないのだろう。ため息をこらえ精一杯の笑顔を作る。


「初めまして、みなさん。私はリラ王国から来ましたアロイス・ガロ・フェール・リラと申します。どうぞ、以後お見知りおきを」


だが、訓練所からは何の音もしなかった。ただただ、重苦しい沈黙があたりに漂う。


「……バケモノ王子」


誰かが言ったその小さな声にアロイスはピクリと肩を揺らした。

もう何万と蔑まれてきたその言葉には、皮肉なことに何の感情も浮かんでこない。あぁ、またかと思うだけだ。

歓迎されていないことは100も承知だ。別に、そんなことを望んじゃいないしね、そもそもね。だから俺は別に、いいんだよ。

凍り始めた場の雰囲気に、アロイスは肩を竦めてへらりと笑う。


「…あの、俺はこれで失礼しますね」

「まて」


ここにいる意味はないよな、とそさくさと退散しようとしたアロイスをレオナが鋭い声で止めた。そこにはさきほどのアロイスに対しての敬語はない。逆に、それがアロイスの動きを止めた。


「…以前から聞いてはおりました。だけど、私はなぜそう呼ばれているのか知らない。理由も知らずに、我が部下を叱るのは気が引ける…。故に、です。アロイス王子、なぜ貴方が、異端とバケモノ王子と呼ばれているのか、我々に教えてはいただけませんか」


レオナはとてもまっすぐな声でそう言いきった。アロイスは振り向かない。振り向かないではいるが、少しだけ感心した。

周りがざわつく。

サークスフィード隊長がご乱心なさられたと、悲痛な声も聞こえる。だが、レオナはじっとアロイスを見たままその目線を反らさなかった。


なぜ、異端と呼ばれているのか。

なぜ、バケモノと呼ばれているのか。


アルント王国の国民ならば、知らないはずはない。けれども、アロイスには、レオナが嘘をついているとも思えなかった。


「……それは」


乾いた喉がはりつき、掠れた声が出た。あの歴史を話すことはできない。少なくとも、核心に触れることになれば、リラ王国は滅びる。否──リラだけじゃない、世界が滅びるかもしれない。

そんなことはできない。

アロイスはぎゅっと目をつぶった。


「貴女は、知らなくて、良いことです」


俺一人で済むのなら、これ以上の幸福はない。偽善者? 自己犠牲? 上等だ。俺は、もう、誰かを苦しめたくはない。


「なぜですか…? 良いか悪いは、私が決めることだ!」


レオナの激昂にアロイスはなにも答えなかった。レオナに向かって一礼をする。そして無言のままそこから出ていった。

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