14.宿屋


早いもので、視察はもう三日目に突入した。

俺はといえば、さっそくルイナスについてシャルロッテに聞こうとしていたのだが、彼女は顔をしかめるだけで、なにも答えてはくれなかった。

今日は、農民や市民、商人たちから話を聞いた。今のままではいけないところ、即ち改善点をいくつか見つけたところでいつの間にか夜も更け、あたりは夜の帳に飲み込まれようとしていた。


「シャルロッテ様、アロイス王子、本日泊まる宿はもうこのあたりでございます。もうしばしの辛抱を」


レオナが馬車を止め、そう言ってくれた。シャルロッテは疲れているのか、眠ってしまっている。

俺は少し苦笑しながらも、頷く。


「あぁ、ありがとうレオナ。」

「姫様は眠ってらっしゃるのですか。今日もはりきっておられましたから、お疲れになったのですね。」

「……かもな。そうだ、レオナ聞いてもいいか?」


微笑みながらシャルロッテを見つめるレオナに、尋ねる。


「…?なんでしょうか」

「ルイナスという国を知っているか?」

「っ!どこでそれを?」


途端に慌てふためくレオナに、やはり、なにかあるのだろうと目線を鋭くすれば、彼女はあからさまに狼狽えた。


「…昨日行った教会で、とあるシスターが言っていたんだ。この国には強大な力が蔓延していると。そして、それは『ルイナス』という国が、間接的干渉をしているせいだ、とな」


レオナは眉をひそめて目線を泳がせた。アロイスと目が合わないようにしているのか、自分の腰に下げている剣の柄に目を落としたままこちらを見ようとしない。

「レオナ」と声をかければ、彼女はどこか観念したように溜息をつき、顔を上げた。


「……今、ちょうど私たちがいるのは、『ルイナス』から国境に面しているところで、もう少し歩けばルイナスとアルント王国の境目になります。ただ……そこは、関係者以外立ち入り禁止もなっています。王族と、限られた人間しかそこに入ることはできません。」

「随分と、きびしいんだな」

「そうせざるを得ないのです」


暗い顔になったレオナは、重々しげに瞳を上げる。


「ここよりももっと北に行ったところに、ルイナス皇国があります。極寒で、一年中雪と氷に覆われているルイナスは、生活することすら難しい国でありながら、それでも多くの人々が暮らしています。」


レオナは息をつく。


「私にできるのは、『ルイナス皇国』という国の説明だけです。アルントとルイナスの関係性のことはシャルロッテ姫様に聞いた方が良いと思います。」


レオナは、もうこれ以上言いたくないらしい。口を噤んだレオナは、ゴクリと生唾を飲んだ後に閉口した。そんな彼女の様子を見て、仕方がないとアロイスは肩を竦めた。

レオナは、本当にこれ以上しらないのだろう。ならば、今日の宿でシャルロッテに直接聞いてみるのが、一番手っ取り早い。


宿屋に着くや否や、シャルロッテを起こす。寝ぼけ眼になっていたのか、危なっかしくて仕様がないので、ゆらゆらと揺れるシャルロッテの手をとって中に入れば、暫くしたのちに覚醒したらしいシャルロッテに物凄い顔で見られた。「なんで手を握ってますの?!!」と言われたので、「寝ぼけていらっしゃったので。あ、あと涎ついてますよ」と正直に答えれば顔を真っ赤にして自分の口元を拭っていた。もちろん涎は嘘だ。


赤い煉瓦の佇まいが美しい、どこか東の国の雰囲気に似た宿屋の中に入れば、目元と口元に赤色の紅をさした綺麗な女将に声をかけられた。王族であり、お忍びで来ているということは知られていたのだろう。流れるように部屋に案内され、食事はそれぞれの部屋に運ぶ旨を説明された。俺は二番隊隊長であるジルベルト殿と、シャルロッテはレオナと共に食事をとることになった。

ちなみに食事中はそれなりに話しかけようと努力はしたが、寡黙なジルベルト殿との食事は全く味がしなかった。俺もコミュ障だけどあの人もコミュ障だよ。びっくりしたわ。


そうしてその晩、早速アロイスはシャルロッテの部屋を訪れていた。

ちなみに、シャルロッテの部屋は二階でレオナはその隣の部屋だ。アロイスとジルベルトは一階で、これまた隣の部屋同士だった。しかし、ロイクがみたら「この方に護衛なんて必要ありませんよ」と笑われそうだなと、手厚い警備状況をみてアロイスは思った。


そんなことを思いながらも、アロイスはシャルロッテの部屋の前に立っていた。


「なんかこの場面、デジャブを感じるな?」


ひとり呟くアロイス。こんこんと軽くノックをすると、「どうぞ」とシャルロッテの声が聞こえた。せめて、誰がノックをしているのかぐらい名前を聞いたほうがいいと思うんだけどな。俺が怪しいやつだったらどうするつもりだったんだろう。まぁ、自分には関係ないかと、アロイスはとりあえず部屋の扉を開いた。


「こんばんは、夜更けにすみません。シャルロッテ姫」


シャルロッテは薄い白地のネグリジュにベージュの花柄のガウンをかけていた。化粧はしている……のか? 普段とあまり変わりがないからよくわからない。

彼女はアロイスの顔を見ると少し驚いた顔をし、勢いよく立ち上がった。


「就寝前でしたか。すみません、招かれざる客でしたか?」


冗談気味にいうと、シャルロッテは目を見開いて強く否定するように首を大きく振った。


「いえ、そういうわけではありませんわ!

ただ、ついさきほどサークスフィード隊長が何か甘いものでも貰ってくると私に言ってきたものですから、もう帰ってきたのかと思いまして」

「あぁ、なるほど」


レオナはシャルロッテ姫を置いていったい何をしているんだ、とアロイスは頭をかかえた。甘いものより大事なものがあるだろうに。


「それで、アロイス王子? 私の部屋に来たということは何か用があったのではありませんか?」


さすがにアロイスの態度に不振に思ったのか、シャルロッテが不思議そうな顔をして覗き込んできた。アロイスは、あわてて顔を上げる。


「ええ。ちょっと聞きたいことがありまして」


アロイスは表情を固める。シャルロッテも、アロイスの表情につられて唇を結んだ。


と、そのときだった。

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