12.カリューナ教会

国民視察とは、馬車から国民の姿を見つめるのではなく。あらゆる公共施設、主要関門、娯楽施設や、市場、民が公爵や地主から不当な圧力を受けていないか、不正はないか、王族として視察することのできる絶好の機会なのである。そもそも、未来の王と王妃は簡単に外に出ること自体、本来はままならないものだ。

今回の国民視察の期間は合計1週間だった。1日に1~3個主要地を回る。つまり、その1週間の間はアロイスとシャルロッテは2人っきりなる、ということだ。


「アロイス王子、まずはこちらですわ」


あの無言状態から30分もしないうちに、馬車が止まり、ぼんやりと外を見ていたアロイスにシャルロッテが静かに声をかけた。口調は意外にも穏やかで、先ほどの口論はまるで無かったかのようだ、とアロイスは不審に思う。

開かれたドアにまずはアロイスが降りる。外に出ると、凝り固まった身体を動かし、ぐるりと周りを見てみた。


「……教会?」


自然が辺り一面広がる中にひっそりと教会があった。白い壁に、淡い水色のトタン屋根。優しい色で作られた協会の周りには、小さな花壇がぐるりといくつも飾られている。そして、教会の裏側には部屋らしきものが連なっており、奥には深々とした森と水面がキラキラと輝く湖のようなものも見えた。


「ええ。ここはカリューナ教会です。アルントでは一番大きな教会で、毎週日曜のミサでは多くの人が訪れる場所なんです。」

「あの教会の後ろは何の施設ですか?」

「あぁ、あれは…」

「「「シャル様あああ!!!」」」


尋ねたアロイスの言葉に答えようとしたシャルロッテであったが、唐突の高い声と腹のあたりに来た衝撃に、遮られてしまった。

何が起きたのか、と目を白黒とさせながら衝撃のあった腹のあたりに目をやる。


「あれぇ!シャル様じゃない!!間違えた!!!」

「こども?」


なんと、アロイスの腹に爆弾のように飛びついてきたのは、幼い少年であった。顔を上げた少年は、あれぇ!と抜けた声を上げながらもこてんと首を傾げている。その様子に、困惑するアロイス。


「テノン、私とアロイス王子を間違えるなんてひどい子ね。こちらにいらっしゃい。ミーニャもいつまで抱きついているの?」


隣で一連の流れを見ていたシャルロッテが、ぶつぶつと文句を言っていた幼い少年に手招きした。そして、声をあげて笑い、お腹に抱きついていた少女の頭を撫でる。


「だってぇ! いつもシャル様はおひとりで来るから!!こんな人来るなんて聞いてないもん!」


手招きされた少年は、素直に呆気に取られるアロイスから離れ、シャルロッテにぎゅっと抱き着いた。


「…シャルロッテ姫。一体…」

「ふふ……あの教会の裏は、修道院です。身寄りのない子供たちのための施設となっています。そしてこの子達は、そこで育った子供たちです。目つきが悪くてボサボサ髪の男の子がテノン。こっちの泣き虫な女の子はミーニャと言います。」

「おれは目つきわるくないぞ!!」

「わっ、わたしも泣き虫じゃなぁいもん…」


シャルロッテのちょっぴり意地悪な紹介に、ムスッとした顔をして否定した2人に、シャルロッテは笑った。


「そうね、そうだったわね。あなた達ももうお姉さんにお兄さんだものね」

「そうだよ! シャル様、新入りがまた増えたんだ! ミーニャなんて、ちびたちにすごくなつかれているんだよ」

「そっか。あのミーニャがお姉さんだなんて、なんだか感慨深いわね」


シャルロッテは、いまだ固まったままであったアロイスの方を向くと、また意味深に微笑んだ。


「中に入りましょう。この子たちの親代わりであるシスターたちに話を聞きにいかなくてはなりません。」

「…えぇ」


テノンとミーニャは、シャルロッテの両方の手を握ると、嬉しそうに歩き出した。その姿は、まるで年の離れた仲睦まじい姉弟妹のようであった。唖然としていたアロイスも、慌ててその後を追う。後ろに控えていたレオナに思わず目線を寄せれば、気にしないで行け、とでもいうかのようにうなずいた。

そこでアロイスは妙な違和感の正体に気付いた。リラにも養護施設はあったが、ここのように静かすぎるような場所ではなかった気がする。ここは、人っ気がなく、まるで意図的中隔離されているかのようにアロイスには感じたのである。


早速教会に入ったシャルロッテとアロイス、そしてテノンとミーニャ。

中は広々としており、まずキラキラと虹色に輝く聖母が描かれたステンドグラスがアロイス達を迎えた。左右4脚ずつ並べられた茶色のチャペルイスは本来ならば細やかな装飾がされていたのであろうが、よくよく見てみれば、随分と錆びれて汚れていた。赤いカーペットも清潔ではなく、土汚れやホコリが目立つ。それに、壁にはいくつもの崩壊した部分があった。コツコツと足音が響く中、ぐるりと辺りを確認する一方、シャルロッテは入った瞬間に出迎えてくれたシスターに親し気に話しかけている。


「シスターマリエッタ、変わりはないかしら?」

「はい、おかげさまで。子供たちも、神のご加護でしょうか、最初に比べたらどんどんと元気を取り戻しています。」

「そう、それならよかったわ。」


安堵した表情で頷くシャルロッテ。


「シスターマリサにお会いしたいのだけれども、彼女にお目通りはかなうかしら?」

「シスターマリサになら、あと一時間ほど待っていただければ会えると思いますよ」

「マリサねー、男の人とお話ししてたよ!」


不意に、無邪気にそう言ったテノン。しかしその言葉を聞いた瞬間、シャルロッテとシスターマリエッタの顔が、さっと白くなった。


「シスターマリエッタ、まさか」


強張った顔のまま、シスターマリエッタを睨みつけるシャルロッテ。シスターマリエッタはひどく居心地の悪い顔をすると、観念したかのように、その重たい口を開いた。


「仕方がなかったのです……。今のままでは、この教会にいる子供たち全員に被害が出ます。私たちがこの子の親代わりである以上、この子たちだけでも、守る義務があるのです」


シスターマリエッタは、悲痛な顔をして手を組んだ。まるで神に許しを請うかのようなその姿を、シャルロッテは苦々し気に見つめている。


「レオナ」


この一連の様子に疑問を持ったアロイスは、さりげなくレオナのいる方へと移動すると、小声でレオナに耳打ちした。


「シスターマリエッタは、なんであんなに悲痛そうな顔を?」


レオナは、目線を動かすことなくアロイスの質問に答える。


「彼女を含めたここのシスターたちは、孤児の世話をしているんです。これはあくまでも憶測ですが、孤児を受け入れることができなくなった、とかでは」

「……? よくわからないが、受け入れられないなら、べつの教会に回してやればいいんじゃないのか?」


レオナは、そっと目線を伏せた。


「それができたなら、シャルロッテ様はあんなにお怒りにならないでしょう。この場合の孤児とは、すなわち戦争孤児を表しているんですよ。」


戦争孤児、その言葉はアロイスにはひどく縁遠い言葉であった。

母国リラは、戦争を知らない国であった。なによりもリラ王は戦を好まず、国自体も湿地の更なる奥の深い森の中にあったため、他国に攻められるようなこともなく、アロイス自体も生まれてから一度も戦争を体験してこなかった。

だが、『戦争』というもの自体はアロイスもよく知っていた。

国の頂点に立つ者が様々な理由から、自国の民を危険にさらす酷く愚かな行為である、と。たとえ、それが自国を守るための戦だったとしても、結果論から言ってしまえば自国の民が得られるものは、少ない。疲弊するのは民であって、王ではない。も極論を言ってしまえば、戦争によって得られるものは何一つとして、ない。アロイスはそう思っている。

民は疲弊の一途を辿る。疲弊は判断力を鈍らせ、人の隠された本能を解放させる。疲れ切った民が矛を向ける先は、戦争を起こした実行人──すなわち、王だ。反乱が起きれば国は傾く。成功すれば、待っているのは王族への断罪。失敗すれば、反乱分子の制裁。そして腐った王政により、国は悲劇をまたも生み悪循環に陥るだろう。

戦争という愚かな行為で生まれる、罪のない者たちの被害。

それこそが、「戦争孤児」である。


「……アルントは戦争大国だとは聞いていたが、まさか戦争孤児を生むほど、激しい戦争をしているとは思わなかった」


素直に感想を漏らせば、レオナはふっと息をはいた。


「溢れんばかりの戦争孤児に対する対応が、国の問題の一つでもあります。陛下は、戦争孤児のために教会や養護施設、里親手続きなどの法を定めましたが、それも中途半端に終わってしまっています。」

「なるほどな」


アロイスは頷く。戦争大国であるが故の問題か。戦争で得るものは何一つないと俺自身は思っているが、アルントの王はそうは思っていないらしい。だから戦争をするのだろう。

それに気付き、はぁとアロイスはためいきをつく。


「合わないはずだよ……根本的に違いすぎる」


ぼやいたアロイスの言葉に、レオナは聞こえなかったのか反応しなかった。

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