31.灰色
「そうだとしても、おそらくあれは威嚇のようなつもりだったのではありませんか?だから、これからは本気で行くと、覚悟しておけと──そういうことでは?」
不安そうなロイクに、アロイスは、難しい顔をして唸った。確かにそうかもしれない。
「ダイナ妃との契約を上手く解釈すれば……だが、俺を殺すという選択はまぁ間違っちゃいない。一応、契約違反にはならない。まぁスレスレだけどな。」
笑い混じりに言うと、ロイクは「は?」と驚いた顔をした。そして、悪人顔のままチッと舌打ちをして、アロイスをじろりと睨みつけた。久しぶりに見たロイクの悪人顔に、アロイスの頬に一筋汗が伝った。
「……アロイス様?ダイナ妃との契約とは?そんか話なぞ、私はお聞きしておりませんが……?空耳でしょうか?」
「……あ、いやぁ、これは独断でな、父上にも言ってないんだよ。」
キレ顔も綺麗だなぁなんて呆けたことを思いながら答えれば、ロイクのキレ顔がさらに険しくなった。
「内容について、私には教えてくれるんですよね?」
「えーっと、この内容は、一応秘密なんだが」
「………は?」
「わ、わかったよ。視察終わったら教える。それなら良いだろ?!」
鬼かよ。今の顔やばかったぞ。宥めれば、やっとのことで人間顔に戻ったので、アロイスは心の底から安堵する。しかし、それでもまだ不満げなロイクに、アロイスは苦笑しながら封筒を渡し返した。
「どうかなさいましたか?」
「視察のあいだは持っててくれ。シャルロッテも近くにいるし、な」
「……アロイス様、シャルロッテ様に心を許されてなど、おりませんよね?」
ロイクの唐突の質問に、アロイスは目をぱちくりとさせた。そしてそのまま意味を理解した途端、ふわりと笑った。
「許してるわけないだろう。お前のいう心配なら、無用だ。」
「……あの人の実の父親に貴方は殺されようとしているのです。あの人の実の母親に、貴方は利用されているのです。忘れないでくださいね、私がお側にいない時は、貴方は自分で自分の身を守らなくてはいけないのですから。」
「……分かってるよ、ロイク」
「アロイス王子!ロイク殿!部屋の手配が整いました!!」
つぶやくように言った瞬間に、タイミング良くレオナが2人を呼んだ。
「今行くよ!」
アロイスは笑って答える。そして、ロイクの方を振り向くと、小さく笑った。
「忘れてないから、安心しろ。俺はそこまで、馬鹿じゃないよ」
「……なら、良いのです」
ロイクの笑顔を見て、アロイスは彼の頭をぽんと撫でた。そうして、アロイスはそのままレオナとシャルロッテの元へ駆け寄っていく。
何度見ても、やはりこの人の後ろ姿が儚く見えて仕方ない。
ロイクは、このままアロイスが消え去ってしまってもおかしくないのでは、といつも心配していた。何度見ても、何度体験しても、目の前からアロイスが去って行くたびに、いつかそれが永遠になるのではないかと、不安になる。きっと、一生安心などはできないんだろうと、ロイクは確信していた。
このまま、風がアロイス様を連れ去ってしまうのでは、と不安でたまらなくなる。
タイムリミットがあったとしても、最後の最後まで、どうか幸せであって欲しいと、ロイクは願う。
自分には、それしかできなかった。
*
「我々は近くの宿に泊まります。もし何かあってもすぐに駆け付けられるとは思いますが、十分に、十分に、用心してくださいね」
レオナにきつくそういわれ、アロイスとシャルロッテはうなずいた。女将の方をちらりと見れば、レオナのあまりの剣幕に苦笑している。
「わかったよ、レオナ。とりあえず今日はお前らは帰れ」
「本当にわかってます!?対応雑すぎじゃないですか?!」
「まぁまぁ、シャルロッテ姫は俺がちゃんと守るから」
さらりといった言葉。レオナは驚いたように瞳をぱちくりとさせた。
「そ……れならいいですけども……っていや、腕はあるとはいえ、貴方様も十分に注意はしてくださいね?」
「あぁ」
そうしてレオナに軽く手を振ると、アロイスはすっとシャルロッテの方を向いた。
「じゃあ、行きましょうか。部屋へ案内してもらっても?」
「はい、こちらへ」
*
「心配そうですね。ロイク殿」
各々の主人の後ろ姿を無事見届けたあと、不意にレオナが言った。静かに彼女の方に目線を寄せれば、彼女はこちらを見て屈託なく笑っていた。
「……あなたは心配ではないのですか。昨日の今日で」
「もちろん、心配ですよ。ですが先ほど、アロイス王子が我が主を守るといってくださったので」
また更に笑みを深めたレオナに、ロイクはすっと表情を消した。
「これ以上、負担をかけないでいただきたのですが」
「え?」
「あの方は、もうこれ以上重荷を背負こめば、簡単に潰れてしまうほどのものを、既に抱えていらっしゃるんです。」
「ロイク殿、いったい何を…」
「知らぬはずはありません。貴女は、あの国王の忠実なる犬でしょう?わが主の噂を聞いていないはずはない」
口調を荒げたロイクは、この上なく冷たい目線をレオナに浴びせた。
「……もしロイク殿が言っていることが、アロイス王子の『異端なる理由』のことだとすれば、私はそれを知ったうえでアロイス王子と接しています」
「信じれないな」
はっと笑ったロイクは、レオナの顔を疑い深くじっと見つめた。身長から必然的にこちらを見上げる体制になっているレオナは、ロイクのことをじっと見つめ返したまま動かない。その眼光は、強かった。
「黒髪は確かに珍しくはありますが、異端であるといわれるほど、この国では、さほど珍しいものではありません。黒い瞳も、希少ではありますが、夜の闇に紛れさせてしまえば、隠せるものです。あの容姿も、決しておかしな容姿ではありません。
アロイス王子は、普通にしていれば、ちょっと物珍しい、ただの人間です。
ロイク殿の国で、アロイス王子が異端だと蔑まれていたのは、あの方の周りにいた方々が、あの方の異端さを、露出させていたからなのではありませんか?」
「抱えているものがなにか、私ごときが理解できるなどとは思いません。でも、どうして、抱えているものがなにか、さらに再確認させようとするのですか?たとえ事実は消せなくても、その事実を遠くにやってしまうことはできますよ」
「あなたは、知らないから言えるのです…!再確認させなければ、いざその時がきたときに、その事実を忘れたことで絶望はまたさらに深くなる!!…それを、あの方のご両親も、姉姫様方も、皆が皆、心配していらっしゃる…そして、もちろん、私も」
然し、そう言いながらもロイクはどこかあきらめたように笑った。
「主の幸せを願うのが、従僕の務めです。ここにきたことで、あの方は幸せになんてなれやしないんです。だから、」
「ロイク殿」
言いかけたとき、レオナがその言葉を止めた。揺れた瞳でレオナを見返せば、レオナの手がロイクの頬に伸びた。じんわりとした温かさを感じ、驚きのあまりロイクは止まってしまう。
「あなた方はよく似ていらっしゃいますね。」
「はい……?」
「我が姫様が、こう仰っていました。『どうして、アロイス王子は自分の幸せを願わないのか』と。そして『私の幸せを、どうして勝手に決めるのか』とも言っていました。」
レオナは笑う。
「幸せの形なんて、人それぞれなんです。自分の幸せを、誰かに決められるなんてもってのほかです。だって、千差万別、十人十色なんですから。
もう少し、気楽になってください。少なくとも、姫様も私も、あなた方を否定する気はないんですよ。」
ロイクは、レオナの手を握ると、自分の頬から離した。乱暴な動作ではあったが、レオナは何も言わなかった。
「……ご忠告、感謝します」
すっと背を向けたロイクに、レオナは苦笑した。あの主にして、この従者ありだ。
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