ギアと逆転のトランスフォーム

 初めて出会った時のように、サイを中心にして突風が吹き荒れる。

 編み込まれていた髪が解け蒼白色の髪が風に揺れると、淡い光がサイの全身を覆った。


「っ?」


 同時に、ボクの身体から急速に力が抜けていく。

 巨大なポンプで血液を吸い上げられるような感覚に、思わず膝をつきそうになった。


「くっ…………行けえっ!」


 顔を上げ、その雄姿を見届けようとする。

 しかしながらサイは既に、ボクの前からいなくなっていた。

 段階的ではない、瞬間的な加速。

 目にも止まらぬ超スピードを前にして、大男がすかさず迎撃の態勢を取る。

 サイは避けることなく、巨体の一撃を真正面から喰らった。


(遅い)


 ――――ように見えた。

 ボクだけじゃなく天王寺さんも、そして相手の目にもそう映っただろう。

 大男が殴った場所は、コンマ数秒前にサイがいた位置。

 その動きがあまりにも速すぎるせいで、残像が霧のように残っていた。

 空を切った拳を振り回したところで掠りもしない。


(まずはカメラ)


 フラッシュすら使わせない、圧倒的なスピードで背後に回り込む。

 そして露出したままになっている第三の目を、左手に持っていた十手で叩き潰した。


「不明なエラーが発生しました」


 大男が声を上げ後頭部を抑える。

 今までの反応とは異なり、間違いなく効いていた。


「不明なあああああああああ! エラーがあああああああああああああ!」


 大男は怒るように吠え、両手を上にかざす。

 運営の足元に転がっていたモーニングスターがワープし、その手に握られた。

 そしてハンマー投げの如く、ぐるぐると回し始める。

 それでもサイの勢いが止まることはない。


(邪魔)


 手にしていた十手の一本を素早く投げつける。

 自身のスピードが加算された投擲は、モーニングスターの鎖を的確に貫いた。

 棘鉄球があらぬ方向に飛んでいき、大男がバランスを崩す。

 次に狙うべき場所は――――。


(液晶)


 ボクの思考とリンクしたサイの声が脳内に響く。

 隙だらけとなった大男の顔面に向けて、勢いよく十手を突き刺した。


「不明な…………発生……した」


 巨体が大きく仰け反り、声から覇気が消える。

 サイは顔面を貫いた十手を引き抜き、大男の背後に回り込んだ。


(最後は電池)


 目にも止まらぬ速さで、背中に十手を突き刺す。

 銀色の装甲に亀裂が入るが、貫くことはできず内部には至らない。


「亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜!」


 声にならない声を発した大男が振り返り、鬼の形相で掴みかかってきた。

 サイは鎖を貫いた十手を拾うと、その手を弾きつつ入れ替わるようにして避ける。

 そして背中に突き刺さったままの十手を目掛けて、ハンマーの如く打ちつけた。


「――――――――」


 楔代わりになった十手が、大男の胴体を貫く。

 響き渡る断末魔。

 それでもサイは攻撃を止めない。

 為す術なく消滅していく大男の身体に、十手を振るい続けた。


(さよなら)


 輪郭のみになった巨体は粉々に砕け、モーニングスターと共に空気中へ散漫していく。

 先程の花音ちゃんの消え方とは異なり、負のアニマが消滅する時に似ていた。


「…………これが、サイの本当の力……?」


 普段はクールな天王寺さんが、呆然とした様子で呟く。

 額から脂汗を流しているボクは、片膝をつきつつも睨むように運営を見た。


「次は……アンタの番だ……」

「満身創痍だな。そんな状態で、最後まで持つのか?」

「持たせるさ……アンタ一人を……叩き潰すくらいならな……」

「そうか」


 運営の手にしている武器が、巨大なナイフ型のものから形を変える。

 最初に持っていたヘラ型ではなく、刃先だけがギザギザになったカッターのような形状。持ち手の部分には三つの穴がある、どこかで見覚えのある気がする武器だった。


「あと一人分は持つんだな」


 その武器を高々と掲げる。

 夜空のような空間の、辺り一帯全てが波打った。


「!?」

「嘘…………でしょ…………」


 思わず目を疑う。

 生じた波紋から、先程倒したばかりの大男が現れた。

 それも一人ではない。

 数え切れない程のエミナスが、次から次へと姿を見せる。


「たった一体で全てのアニミストを管理できる訳がないだろう?」


 気力で持ち堪えていた身体が限界を迎えた。

 サイを覆っていた淡い光が消えると共に、ギアによる負荷が消滅する。


「しかしまさかここまでやるとは思わなかったな。反逆の意志を感知した場合は少し様子を見てから判断していたが、やはり今後は即処分するとしよう」


 嘲笑う運営が手を叩くと、乾いた音が空間内に響いた。

 勝ち目のない光景を前にして、天王寺さんが膝から崩れ落ちる。


「どうやら悪足掻きもここまでのようだな。所詮、貴様らアニミストは失敗作だ」


 まだだ。

 きっとまだ、何か手は残されている。

 花音ちゃんとの約束を思い出せ。

 こんなところで諦める訳にはいかないんだ。


「サイ……もう一度だ……ギアをあげろ……」

(……)

「どうしたのさ……? ボクなら大丈夫だから……ギアを……」

(残念)


 サイは十手を握り締めていた腕を、ゆっくりと下ろした。

 それを見たボクは、力の入らない拳を握り締める。


「…………畜生……」


 わかっている。

 この数が相手ではどうしようもない。

 自分の無力さが情けなかった。

 蛇口が壊れたみたいに、涙が目元から溢れてくる。


「何を悔しがる? 最初から結果の見えていた戦いの中で、お前達は充分な成果を上げた。この男のように下等なアニミストが増える中で、久々に楽しませてもらったぞ」


 颯の姿をしている運営は、自らの身体を指差しつつ邪悪な笑みを浮かべた。

 絶望。

 失意。

 悲観。

 身体を震わせ、ただひたすらに泣き続ける。

 運営の大きな高笑いだけが、周囲に響き渡っていた。






「……………………………………」






 ――――ただ一人。

 運営の笑いを、喜んで受け入れる者がいた。

 共感した訳ではない。

 油断。

 その一瞬の隙を、彼女は見逃さなかった。








『ガチャリ』








「何?」


 運営の両手首に、鎖のついた枷がいきなり出現した。

 更に両足首にも枷がはめられると、身体が勢いよく後方に引っ張られる。

 その先に現れたのは、ベッドぐらいの大きさをした拷問台。

 激しく打ち付けるように衝突した運営は四肢が固定され、磔状態になった。


「そうね。最初から結果は見えていたわ」


 ボクの背後にいた天王寺さんが立ち上がる。

 その声や表情は普段通りで、先程までの姿が嘘のようだった。


「貴様の仕業か。連れてきたのは一体だと思っていたが、一杯食わされたようだな」

「馬鹿みたいに笑っているからよ。全くもっていい様ね」


 あまりにも突然の出来事についていけず呆然とする。

 そんなボクを見た天王寺さんは、ショートパンツのポケットを探りながら答えた。


「譲ってもらったエミナス用のアニマ球は、何も一つだけとは言っていないでしょう?」


 取り出されたのは、見覚えのある銀色の手錠。

 それはつい先日、生徒会室でボクの手首に掛けられたものだった。

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