マスターとエミナスのコントロール

「――――っていうことだから、別に彼女とかじゃないからね?」

(それなら許す)


 ファミレスを出ると辺りは真っ暗になっていたため、駅まで送ろうかと天王寺さんに尋ねたところ「不審者より送り狼になった霊崎君の方がよっぽど怖いわ」と一蹴。地味に凹んだ心を癒すべく、ボクはサイと話しながら夜の街を走り抜けていた。


「花音ちゃんがいるし余計なお世話とは思ったけど、そこまで言わなくても良くない?」

(自業自得)

「いやいや、ボクは悪くないでしょっ? そもそも誘惑してきたのは天王寺さんの方だし、目の前であんなことされたら健全な男子は誰でも興奮しちゃうって!」


 夜道は人が少ないため遠慮なく会話ができるが、今日のボクはいつも以上に饒舌だ。

 今までは単なる妄想に過ぎなかった相手が、エミナスという現実の存在になる。

 そんなワクワクから、自然とペダルを漕ぐ足は速くなっていた。


「それはそうと、サイは何をエミナスにするのがいいと思う?」

(…………任せる)

「ごめんごめん、冗談だよ、冗談」


 おおよそ出ていた答えが変わることはないまま家に到着。自転車を止めた後で薄灰色になったエミナス用のアニマ球を取り出すと、鞄と入れ替える形で籠の中へ置く。

 そして携帯を操作して、運営から届いていたメールの返信画面を開いた。


『自転車』


 改めて物の名前と言われると、どう入力してよいか悩むもの。見た目の特徴や自分の名前を書いておくべきか悩んだが、最終的には至ってシンプルな本文が完成する。

 たった三文字の漢字ではあるものの、間違っていないか念入りに確認。そしてゆっくりと深呼吸をしてから、祈るようにメールの返信ボタンを押した。


「……」


「…………」


「………………」


「……………………?」


 黙って自転車を見続けていたが、特に変化は見られない。

 携帯を確認してもメールは送信済みになっており、宛先も運営で間違いなかった。


『そもそも生まれるかすら不明だし、仮に生まれたとしても何かしらの不具合は覚悟しておくべきよ――――』


 天王寺さんの言葉が脳裏をよぎる。

 ロックを解除してから相当な時間が経っているし、流石に遅すぎたんだろうか。

 二人にあれだけ話を聞いておきながら、アニミストになれませんでしたなんて流石に格好悪すぎる。何とか運営にお願いしてエミナス用のアニマ球を新しく貰うことができないかと、改めて返信画面を開いた瞬間だった。


「っ?」


 唐突に吹き荒れる風。

 思わず腕で顔を覆うほどの突風はすぐに止んだが、目を開くなり呆然とする。


「……」


 エミナスの特徴でもある、半透明な姿。

 虚無僧のように首まですっぽりと覆う深編笠をかぶっているため、顔はわからない。

 自転車の色と同じ青を基調とした和服を着ており、足には衣装に似つかわしくないインラインスケート履いたエミナスは、器用に自転車のサドルの上に立っていた。


「や、やあ。ボクは霊崎真。キミの名前は?」

「……」


 返事はない。

 威風堂々とした雰囲気は男性に感じるが、細めの体型は女性にも見える。

 そんな性別すら不明なエミナスは、サドルから勢いよく跳び上がった。


「わっ?」


 空中で華麗に一回転した後で、ボクの目の前に降り立つ。

 同じ地に立つと身長は同じくらいあり、ちょっとした威圧感があった。

 籠に入れていたアニマ球は、跡形もなく消えている。


「と、とりあえずここじゃあれだから中に入ろう。ついてきてくれる?」


 先導するように玄関を開けると、エミナスは黙ってボクについてきた。 

 とりあえずリビングへ向かうが、母さんは誰かと電話中らしい。


「――――でね~……あっ! お帰りなさ~い♪ 今日は随分遅かったのね~」

「ただいま。残って勉強してたんだ。もう一頑張りするから、夕飯は後で食べるよ」

「はいは~い……っと、ごめんごめん。それで~…………え? シン君よ、シン君。誰って、ちょっとちょっと~。私の大事な一人息子の名前を忘れちゃったの~?」


 ボクにはこんなにもはっきり見えるのに、母さんには本当に何も見えてないようだ。

 リビングを後にして階段を上ると、エミナスは器用にもインラインスケートを履いたまま、ローラーを滑らせることなくボクに続いて段差を上がっていく。


「それ、便利そうだね」

「……」


 二階に着くと、今度は両足を動かさずに滑って移動を開始。平坦な廊下を動く歩道の如く進む姿はとても楽そうだが、内緒話をするくらいの声量で話しかけても反応はない。


「ちょっと散らかってるけど、適当にくつろいで」


 部屋の中に散漫していた本や洋服を一箇所に集めて、ひとまず座れるスペースを作る。

 エミナスは相変わらず黙ったまま、隅っこで膝を抱えるように腰を下ろした。

 ボクも椅子に腰掛けると、改めてコミュニケーションを試みる。


「えっと、色々聞いてもいいかな?」

「……」

「も、もし良かったら顔を見せてほしいんだけど……」

「……」

「せ、せめて何か一言、喋ってくれたら嬉しいなー……なんて……」

「……」


 返事どころか、首の一つも動かさない。

 これといって悪いことはしていない筈なのに、何故か物凄くいたたまれない気持ちになってくる。花音ちゃんと天王寺さんも、最初はこんな感じだったんだろうか。


『エミナスが一言も口を利いてくれないのですが、何故でしょうか? また自分のエミナスの名前、性別、年齢といった情報を知るにはどうすればいいですか?』


 考えた末に取った行動は、最終手段でもある運営へのメールだった。

 返事にどれくらい時間が掛かるかの確認も踏まえて試しに一通送ってみたところ、驚いたことに送信してから僅か数十秒でメールが届く。


『エミナスはマスターの命令に従います。名前に関しましては、マスターが自由に決めていただいて構いません。性別はマスターと同じになりますが、年齢は媒体によって変化しますので見た目でご判断ください』


 企業のサポートセンターに問い合わせた時みたいな、礼儀正しい文面での返答。思っていた以上に丁寧で早い対応だし、もっと気軽に質問して良いのかもしれない。

 口を利いてくれない原因はいまいちわからないが、やはり心当たりとしては吹き込んだアニマ球が白色に近かったことだろう。家電とかならこの手の初期不良は交換可能だったりするが、今回みたいに自分が原因となると間違いなくサポート対象外だ。


「同じ性別ってことは、男ってことだよね?」


 今まで話していた脳内設定と異なるのは少しショックだが、既に決められた性別や性格が変わる訳でもない。寧ろちゃんと生まれて良かったとプラスに考えるべきだろう。

 もしかしたら男の娘かもしれないなんて淡い期待を抱きつつ椅子から立ち上がると、体育座りをしたまま置物のように動かないエミナスに向けて手を差し伸べた。


「改めてこれから宜しくね。サイ」


 命名するように声を掛けると、サイはゆっくり立ち上がる。

 そのまま求めた握手に応じて――――くれると思った。


「…………あれ?」


 目の前にいるボクをスルーして、サイは押入れの襖に手をかける。

 襖そのものは動かないものの半透明な襖のアニマが開かれると、サイは身軽に跳び跳ねて押し入れの中へ溶け込むように入っていった。


「………………えぇー?」


 どうやら仲良くなるには、まだまだ時間が掛かりそうだ。

 サイから話が聞けないとなると、頼れる相手は運営しかいない。天王寺さん達から得た情報は大きいが必要最低限でしかなく、まだまだ聞きたいことは山ほどある。

 仕方ないので再び椅子に腰掛けてから机と向き合い、先日テスト勉強用に買ったポケットに収まるサイズのノートを用意すると、送った質問の返事をまとめていった。

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