シャベルと忠告のゴーホーム
「少し見ない間に随分と仲良くなったのね。ところで霊崎君、一ついいかしら?」
「ん? 何?」
「貴方って、相当な馬鹿ね」
「突然の罵倒っ? 確かに天王寺さんに比べたら、成績は低いけどさ……」
「学力どうこうの話じゃないわ。花音は一般人に見えていないと言ったでしょう?」
「あ」
一度忠告を受けていたにも拘らず、すっかり忘れていた。
呆れたように溜息を吐いた天王寺さんは席に着くなり、ボクに冷たい視線を向ける。
「全く、その眼鏡は一体何のために掛けているのかしら」
「目が悪いからだよっ?」
「これからアニミストになるのなら自覚しておきなさい。楽しそうに独り言を話す貴方の笑顔は、遠くから見ていて不気味でしょうがなかったわ」
「見てたなら止めてよっ!」
「私のせいにしないでくれるかしら。既に一度注意したことを二度も言う気はないし、レストランという食事を提供する場で不味いなんて言葉を口にした時点でアウトよ」
「…………」
そういえば花音ちゃんからアニマの説明を受けた時に、思いっきり言った気がする。
改めて自分の失態を振り返ると、流石に馬鹿と罵られても仕方ない。そんな反省をする一方で、遠慮なく毒を吐く天王寺を見て少しホッとした。
「それと花音にはお礼を言っておくことね。私が轟君に話を聞きに行っている間、この子には貴方の足止めと監視を頼んだけれど助けろなんて指示はしていないわ」
ボクの自転車をパンクさせたのは花音ちゃんだと言われた時は驚いたが、予想通り天王寺さんの命令によるものだったらしい。負のアニマに襲われていた時に助けてくれた攻撃は、半霊体になっていたせいでボクの顎もろとも打ち抜いたという訳か。
「そっか。ありがとう」
「良かったわね花音。霊崎君がお礼に奢ってくれるそうよ」
「花音ちゃんの分ならね」
「安心して頂戴。私の分を奢ってもらうなんて貸しを作るような真似は願い下げだわ」
ああ言えばこう言われるし、やっぱりどう見ても強いイメージしか沸かない気がする。
言われた後で気付いたことだが、天王寺さんは花音ちゃんの名前を出す際に決して視線を向けはしない。こういう所はボクも見習っておく必要がありそうだ。
「…………ん? よくよく考えたら、天王寺さんも結構洒落にならないことやってない? 生徒会室でシャベルを片手に襲いかかるとか、誰かに見られたらどうする気だったの?」
「大丈夫よ。あれは普通の人には見えないシャベルだもの」
「えっ? そうなのっ?」
「興味があるなら、尖端を触ってみるといいわ」
どうやら肌身離さず常備しているらしく、天王寺さんは背中に手を回して黒いシャベルを取り出すなり、ボクへ突きつけるように見せてくる。
言われるがままに手を伸ばすものの、人差し指がシャベルの先へ微かに触れた途端、本能が何とも言えない嫌な感覚を拒絶するかの如く反射的に手を引っ込めた。
「わかったかしら? これはアニマを直接攻撃できる道具。便利なことに一般人からは見えないおまけ付きのね。つまりこれが見える人はアニミストだとすぐに気付ける訳」
「だからあの時、ボクに見えるか聞いたんだね。そんな道具、どこで手に入れたの?」
「女の子に馬乗りされたら手に入るわよ」
「絶対に嘘だよねそれっ?」
「てっきり信じるかと思ったけれど、流石にそこまで馬鹿じゃないのね」
黒いシャベルを背中に戻した少女は、サラリと悪口を残した後でドリンクバーへ。少しして持ち帰ってきた飲み物は、またもや白葡萄ジュースだった。
「あ、そうだ。良かったら天王寺さんの連絡先、教えてくれない? これからは同業者になるんだし、アニミスト同士で情報は共有した方が良いでしょ?」
「良くないわ。私、霊崎君に連絡先を教えると体調が悪くなる体質なのよ」
「どんな体質っ?」
「そもそも身体を穢そうとした変態との情報共有なんて必要ないわ」
「それは天王寺さんが勝手にやったことでしょっ!」
「あら、名残惜しそうに鼻の下と手を伸ばしていたのは誰だったかしら?」
「う…………天王寺さん、ひょっとしてボクのこと嫌い?」
「嫌いね。自販機に入れてもお釣りの返却口に落ちてくる硬貨くらいに嫌いよ」
何とも言えないレベルの嫌われ方だが、突っ込む気力すら沸かず溜息を吐く。
恐らくはクイズの一件が原因だと思うが、こうもはっきり言われると結構ショックだ。
「そんな大嫌いな霊崎君に、私から忠告が三十個あるわ」
「三十個っ?」
「今回は特別サービスで九割引き。三個にしてあげる」
「それってサービスなの?」
「いいから聞きなさい。まず一つ目。既にロックを解除してしまった以上、霊崎君はアニミストという使命から逃げられないわ。せいぜい覚悟して頂戴」
正直に言えば、未だに実感は沸かない。
ただ今は彼女の言葉に対し、ゆっくりと首を縦に振った。
「二つ目は霊崎君の持っていたエミナス用のアニマ球について。私の見解を言わせてもらうけれど、花音のような普通のエミナスが生まれると思わないことね」
「普通じゃないって、例えば?」
「そもそも生まれるかすら不明だし、仮に生まれたとしても何かしらの不具合は覚悟しておくべきよ。ドロドロに溶けたヘドロみたいなエミナスにならないことを祈りなさい」
花音ちゃんというお手本のようなエミナスを見ているだけに、仮にそんな事態になったらパニックを起こしそうな気がしてならない。
天王寺さんは白葡萄ジュースに口をつけ、一呼吸置いた後で最後の忠告をする。
「三つ目は今後のこと。これから先、例え困ったことがあっても私を頼らないで頂戴。私と貴方は競い合う者同士。塩を送るのは今回が最初で最後よ」
「えっ? そうなのっ?」
「当たり前じゃない。私が霊崎君を助けてあげる義理なんてないわ」
「いやでも、こうして色々と知ってる訳だし……」
「わからないことがあるときはエミナスに聞くか、運営にメールで質問しなさい」
「運営?」
「あのメールの送り主のことを、私が勝手にそう呼んでいるだけよ。運営は質問にこそ答えるけれど、質問しなければ何も答えない。聞くべきことを聞いておかないと、何一つ知らないまま今回みたいな地獄を見ることになると肝に銘じておきなさい」
「う、うん。わかったよ。色々教えてくれてありがとう」
「勘違いしないで頂戴。別に貴方の心配をしている訳じゃないわ」
「…………」
「今ツンデレだとか、失礼なことを思わなかったかしら? あんまりふざけているようなら、ツンツンどころかグサッといってもいいわよ?」
「すいませんでしたっ!」
傍から見ればナイフやフォークで刺すなんてギャグに聞こえるかもしれないが、天王寺さんにはアニマだけを傷つけるシャベルがあるため冗談抜きでグサッとやりかねない。
心配している訳じゃないと言ってはいるものの、何だかんだここまで親切にしてくれた二人の少女に感謝の気持ちを込めつつ頭を下げた。
「話も済んだことだし、お開きにしましょう」
鞄と伝票を持って席を立った天王寺さんが、一足先にレジへと向かう。
他の人には見えていないことを念頭に置きつつ、黙々と水のアニマを飲んでいた花音ちゃんにチラリと視線を向けると、天使のような可愛い微笑みが返された。
「霊崎さん。アニマを吹き込むのはできるだけ大切に扱っている物や、接する機会が多い物にしてあげてくださいね。その方が私達エミナスも嬉しいですから」
ボクの横を通り過ぎる際に耳元でそっと囁いた少女は、小走りで天王寺さんの後を追う。流石は薔薇のエミナスだけあって、見ているだけでも癒される子だ。
「アニマとエミナス……か」
灰色の球と携帯をポケットに入れつつ静かに呟くと、ボクは鞄を担ぎ上げるのだった。
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