クイズと裏ルールのクロストーク
「嘘? 生徒会室でのことなら、あれは助かるためのハッタリであって――」
「違うわ。私が聞きたいのは、授業中に轟君と回していた手紙について。昼休みに会った時は轟君が書いた手紙をそのまま返しただけと言っていたわね」
『一日に二回、一年に一回しかないものといえば?』
授業中に回したクイズのことを思い出す。
確かにボクは天王寺さんに対して、あの手紙は颯が書いたものだと嘘を吐いた。
それがどうして襲われる理由になるのか、いまいち話が繋がらない。
「轟君に確認を取ったけれど、あれは霊崎君が書いたそうじゃない。何一つ知らなかった筈の貴方が、どうして裏ルールである半霊体のことを知っていたのかしら?」
「えっと……確かにその件に関して嘘を吐いたのは間違いないんだけど、アニミストとは一切関係ないと思うよ? 天王寺さん、颯から詳しく聞かなかったの?」
「何をよ? 彼が一般人であるとわかった以上、特に会話らしい会話はしていないわ」
…………それはそれで、物凄く可哀相な気がする。
どう説明すべきか悩んだ後で、颯には申し訳ないがはっきりと伝えることにした。
「あの手紙は天王寺さんの言う裏ルールなんかじゃなくて、ただのクイズだよ。退屈だから何かしようって颯に言われて、授業中の暇潰しがてらボクが考えたんだ」
「クイズ……?」
「ほらこれ、ボクが颯に送ったメッセージ。信じられないなら颯の返信も見せるけど」
携帯の画面を見た天王寺さんは、今までに見せたことのない呆然とした表情を浮かべる。
そのまま暫く黙りこんだ後で、白葡萄ジュースを一気に飲み干すと怪訝そうに呟いた。
「………………つまり何? 私は単なるクイズを裏ルールだと思いこんで、貴方をアニミストだと勘違いしていたという訳? 随分と面白い話じゃない」
「ま、まあそうなるのかな……? 結果としてボクはアニミストだったけど、何一つとして理解してなかった訳だし…………ところで裏ルール――」
「少し失礼するわ」
そう言うなり、天王寺さんは席を立ち足早に去っていく。
テーブルには再び、ボクと花音ちゃんの二人だけが残された。
「…………何だかショックだったみたいだけど、大丈夫かな?」
「だ、大丈夫だと思います。お姉ちゃんはああ見えて強いので」
ああ見えてというよりは、どう見ても強いイメージしか沸いてこない。
天王寺さんみたいなタイプは一人で悩みを抱えがちだが、気にかけたところで今のボクにはどうしようもない話。すっかり冷めてしまったフライドポテトに手を付けつつ、言いかけた質問を花音ちゃんに尋ねる。
「ねえ花音ちゃん。裏ルールとか半霊体って、何のこと?」
「普段のエミナスはいわゆる霊体で、物に触れることはできません。だけどある制約下でなら、物理的にも干渉できる半霊体の状態になれるんです」
「制約?」
「一日に二回と一年に一度。一日の制約は十分間で、一年の制約は指定した日付の間だけ半霊体になることができます。お姉ちゃんはこれを裏ルールと呼んでいるんです」
確かにボクが出したクイズを見て、勘違いするのも仕方がない制約だ。
あのメールには書かれていない裏ルールを知っているとなればアニミスト初心者である筈がないし、問答無用に警戒されていたのも納得できる。
「霊体なら壁をすり抜けたりもできるの?」
「いえ、壁にもアニマがあるので通り抜けたりはできません。物に触れないと言っても、私が霊崎さんに触ろうとすると霊崎さんのアニマを触ってしまうという感じですね」
「成程。それならボクが花音ちゃんを触ったらどうなるの?」
「普通に触れますよ。ただエミナスである私が敵意を持てば、触るだけで霊崎さん自身のアニマが傷を負うことになります。肉体的ではなく精神的なダメージです」
「精神的なダメージって言うと、花音ちゃんがボクを串刺しにした時みたいな感じ?」
「そ、その通りです……」
「じゃあボクの制服にも身体にも穴一つ開いてないのは花音ちゃんが霊体だったからであって、もしも半霊体だったら普通に死ぬレベルだったの?」
「は、はい……本当にゴメンなさい……」
「あっ、いや、全然気にしなくて大丈夫だから! こうして無事だった訳だしさ」
別に責めるつもりはなかったが、割と引きずるタイプらしい。肩を落としシュンとしてしまった花音ちゃんを見ていると、逆にこちらが申し訳なくなってくる。
「た、ただ精神的な傷も心の病気に繋がるので、霊体の攻撃なら安全という訳でもありません。それに霊崎さんの身体はお姉ちゃんが治してくれましたけど、洋服の方はアニマを傷つけてしまったので生地が傷んでいると思うんです」
「制服なんて全然気にしないから大丈夫だよ。それよりボクの身体を天王寺さんが治したって言ったけど、精神へのダメージを回復させる方法ってあるの?」
「基本的には時間の経過で自然に治ります。後は眠ったりお風呂に入ったりとかですね。即効性のある治療となると治癒能力を持つエミナスの力か、もしくは…………」
「…………? もしくは?」
「あ、あるにはあるんですが…………その……要するに……ですね、精神的な傷なので……き、気分が高揚するようなことがあれば…………」
「気分が高揚……? あっ!」
そこまで話してもらって、ようやく理解する。
物置での唐突な色仕掛けに、二人乗りでの背中文字当てゲーム。単にからかっているだけかと思ったが、思春期の男子高校生にとっては何とも手っ取り早い治療方法だ。
ボクが天王寺さんの誘惑によって回復もとい興奮していたところもバッチリ見ていたらしく、花音ちゃんは何やら恥ずかしそうにモジモジしながら目を背ける。
「そ、そういえば花音ちゃんの服って、天王寺さんが用意してくれたの?」
「い、いえ。形状や身なりに関しては、アニマを吹き込まれた媒体がベースになっています。洋服のアニマを着ることもできますが、戦闘時はこの格好ですね」
「へー。そうなると花音ちゃんって、元々は何かの植物とか?」
「えっ? は、はい! 薔薇のエミナスですけど、分かりますか?」
「うん。まあね」
今までの出来事を振り返れば、比較的容易に想像はつく。
ドアを塞いだのは蔓だったし、パーカーの色は植物の葉や茎をイメージさせる緑色。フードからチラリと覗かせる赤とピンクが交じった髪は、花にあたる部分に違いない。
「水しか飲まないのも植物だからなの?」
「基本的にエミナスは食事が不要なんですが、コンディションの維持と言いますか、体力回復に摂取する物はあります。私の場合は薔薇なので、水のアニマが必要なんです」
「そっか。エミナスにも色々といるんだね。花音ちゃんはボク以外のアニミストとかエミナスに会ったことはあるの?」
「はい。今回みたいな場合もありますし、過去にも何人か――――」
そんな答えを聞きかけたところで、席を外していた天王寺さんが戻ってくる。
すっかり落ち着いたのか、その表情はいつも通りの優等生顔になっていた。
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