戦略と渾身のローズクォーツ
「話しなさい」
「天王寺さんは初めてエミナス用のアニマ球を運営から貰った時って、どんな風に渡されたか覚えてる?」
「夕食後に部屋へ戻ったら、メールの届いた携帯と一緒に机の上に置かれていたわ」
エミナス用のアニマ球を渡す。
それは運営が全てのアニミストに対して、メールを送った次に行うアプローチだ。
ボクはポケットの中。
天王寺さんは机の上。
一体どうやって届けているのかという疑問の答えは、携帯の傍という共通点だった。
「だとしたらあのエミナスは、運営の携帯電話なんじゃないかな?」
運営はアニミストのサポートもする。
二十四時間いかなる時だろうと、ボクの質問メールには僅か数十秒で返信が送られた。
たった一人で全てのアニミストに対応できる訳がない。
「運営との連絡手段はメールだし、携帯なら情報の管理や検索もできる。エミナス用のアニマ球を届けたのは運営本人じゃなくワープできる大男の方で、あの移動がメールとか電話みたいな通信によるものだとしたら納得でしょ?」
あの銀色のスーツがカバーやケースだとしたら、異常に硬いのも当然だ。
武器であるモーニングスターは、ストラップを模した物かもしれない。
「それにさっきアイツはワープに失敗したけど、ボクの携帯の電池が切れたんだ。もしかしたらあの能力は、携帯の位置情報を利用してるんじゃないかな?」
「…………その推理、合っているかもしれないわね。霊崎君、携帯を出しなさい」
「え? 別にいいけど、もう電池は切れて――――」
ポケットから取り出した瞬間、天王寺さんは素早くボクの手から携帯を奪う。
そして大きく振りかぶると、全力で遠くへ放り投げた。
「わああああああっ? 天王寺さん、何するのっ?」
「貴方だって視聴覚室で私のシャベルを投げ捨てたじゃない」
「えぇ……」
「どうせ今は手元になくても困らないでしょう? それに電池が切れたとは言っても、相手が携帯のエミナスだとしたら持っていること自体が危険だと思わないかしら?」
確かにその通りかもしれないが、あそこまで力いっぱいやる必要はないと思う。
人の携帯を問答無用に投げ飛ばした天王寺さんは自分の携帯を取り出すなり、電池を抜いた後でカーリングの如く地面を滑らせるようにして優しく投げ捨てた。
「そうだ。サイもボクの携帯のアニマを持ってるなら――」
「破壊しなさい」
『バキッ』
「壊さなくてもよくないっ?」
「いちいち五月蠅いわね」
袖の中から取り出された半透明な携帯電話が、躊躇なく十手で貫かれる。さっき投げ飛ばされた本体といい、充電した後でちゃんと起動するのか不安でしかない。
「ニグルム」
「「!」」
黙っていた運営が呪文を唱える。
大男の身体が色濃くなると共に、不定形だった下半身が実体化して両足を地につけた。
「正解かしら?」
「みたいだね」
「私が背後から狙うから、霊崎君はサイと一緒に敵を引きつけて頂戴」
やはり天王寺さんは、エミナス同士の戦いにも慣れている。
仮にアイツが携帯のエミナスなら、弱点はフーコちゃん同様に電気の供給を絶つこと。そしてどんな携帯だろうと、電池パックが付いているのは裏側だ。
「危険な正面が貴方で、安全な背面が私。適材適所でしょう?」
「そんな理由っ?」
「冗談よ。ただ今のサイを見ている限り、花音の方が一撃の破壊力はあるわ」
確かにサイには、花音ちゃんのランスのような必殺技はない。
相手を知り、己を知る。
残された時間が限られている今では、それを考えるだけの余裕がなかった。
「言っておくけれど、ここからが本番よ」
「うん。わかってる」
厄介なワープを封じたとしても、ボク達が危機的状況であることに変わりはない。
現に運営は相変わらず、余裕綽々といった様子で笑みを浮かべていた。
「よしっ! 行こう、サイっ!」
「……」
「「ニグルム!」」
天王寺さんと声が重なり、二人のエミナスが半霊体になる。
泣いても笑っても、これが最後の十分間だ。
「死んだら承知しないわよ」
「天王寺さん…………うん!」
乗れと言わんばかりに、サイが着ていた和服の帯が形状を変えて足場になった。
半霊体と化した肩に手を当てつつ、立ち乗りのままおぶってもらうような形になると、帯締めが身体を固定するように巻きつく。
ボク達が滑り出したのを皮切りに、花音ちゃんがマシンガンの如く棘を放った。
「悪いがアニミスト共を管理する以上、オレも暇じゃないんでな」
モーニングスターを手放した大男が、ガードするように腕をクロスさせる。
そして棘など意に介さず、正面から突っ込んできた。
「そのまま行きなさい!」
背後から天王寺さんの声が聞こえると、樹木のような蔓が伸びてくる。
無数の蔓の集合体によって生まれた一本の太い蔓は、前方で弾けるように枝分かれすると大男の周囲の空間を包み込むようにして一気に広がった。
「サイっ!」
天王寺さんの意図を理解して呼び掛ける。
何も言わずとも伝わったのか、サイはレールのようにして蔓の上を滑り出した。
大男の頭上を通過しながら、弱点らしい物がないか確認する。
「!」
後頭部に薄らと刻まれていた、四角い形をした模様。
急所かどうかはわからないにしても、狙う価値は充分ありそうだった。
天王寺さんなら間違いなく気付いてくれるだろう。
蔓から下りた後でUターンをして挟み打ちの形になると、網のように大男の周囲を囲んでいた蔓が進めとばかりに道を開けた。
標的がボクなのは変わっていないらしく、相手もまた都合よくこちらを向く。
十手を構えたサイと共に加速すると、真正面から大男の拳と衝突した。
「――――」
サイの背中越しにビリビリとした衝撃を感じる。
やはり力では敵いそうにない。
それでも、足止めの時間には充分だった。
大男の背後で、蔓を足場にした少女が高々と宙を舞う。
短いパーカーの裾を翻しながら、細い足を大きな円錐型のランスへと変えた。
ドリルのように強烈な一撃が、大男の後頭部に突き刺さる――――。
「貴様らはオレが思っていた以上に頭が回るらしい」
――――瞬間、大男の後頭部から強い光が放たれる。
暗闇の世界を照らすほどの眩い閃光だった。
「それ故に残念だ。壊すのがな」
渾身の一撃は不発に終わる。
光を浴びた少女は、身動き一つ取らないまま地面に落下した。
「花音ちゃんっ?」
訳も分からないうちに、サイの身体が大男に蹴り飛ばされる。
何とか転倒は免れる中、運営が嘲笑うように口を開いた。
「どうやら先に狙うべき相手は、その鬱陶しい雑草だったようだ」
そうはさせないと、サイが加速する。
大男は構わずくるりと背を向け、倒れている花音ちゃんに狙いを定めた。
「!」
その後頭部を見て、思わず目を疑う。
先程まであった四角い模様の位置に、不気味な第三の目が生えていた。
「………………っ! サイ、逃――――――」
指示するより僅かに早く、強い閃光が再び放たれる。
カメラのフラッシュだと理解するまで、大して時間は掛からなかった。
ボクもサイも身体が硬直し、指一本動かせなくなる。
「潰せ」
動けない花音ちゃんに向けて、大男が拳を振り上げた。
ボクだけじゃなく、天王寺さんも光を浴びてしまったらしい。
指一本動かせない中、無情にも一際大きな不協和音が周囲に響き渡った。
「っ」
目を覆うことすらもできない。
半霊体同士による、精神ダメージだけではない物理的な攻撃。
しかし悪夢はそれだけで終わらなかった。
…………おい?
………………嘘だろ?
男が再び拳を振り上げる。
無防備な花音ちゃんに、これ以上何をしようというのか。
やめろ!
やめてくれ!
その願いが届くことはない。
エミナスの傷つく嫌な音だけが耳に残り続ける。
悲鳴の一つすら聞こえなかった。
「雑草は潰すよりも抜くべきだったか」
運営が呟くなり、大男が花音ちゃんの上半身を左手で抑える。
そして右手で細い足を掴むと、引き抜くような体勢を取った。
怒りが頂点に達する。
動け!
動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け!
足の一本だけでいい。
声でも構わない。
ほんの一瞬だけでいいから、動いてくれ――――。
「アートルムっ!」
「!」
沈黙を破ったのは、叫ぶような天王寺さんの声だった。
大男の魔の手から逃れるように、花音ちゃんの姿が消える。
ボクとサイが動き出したのは、その直後だった。
「こんのおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
脚部の車輪が勢い良く回転する。
振り向いた大男が拳を構えるよりも早く、心臓目掛けて十手を突いた。
貫くには至らなかったが、全力を込めた一撃が巨体を吹き飛ばす。
そのまま二人の元へ向かいサイの背中から飛び降りるが、消えかけの花音ちゃんはあまりにも無残な姿だった。
「お、お姉……ちゃ…………ごめ……」
「…………何を謝る必要があるの」
天王寺さんは腰を下ろし、消滅していく花音ちゃんの顔へそっと触れる。
そしてゆっくり撫でると、声を震わせながら答えた。
「貴方は充分過ぎる程に頑張ったわ。後は任せて、先にゆっくりと休んでいて頂戴」
「…………霊……崎さ…………お願………………」
「うん…………絶対……絶対に天王寺さんのことは守ってみせるから……」
花音ちゃんが弱々しくも笑顔を見せる。
そのままゆっくりと透けていき、薔薇の少女は姿を消した。
「天王寺さん……」
「…………エミナスの強さは絆の強さよ。半霊体を解除しただけで、あの子はそう簡単に消えたりしないわ。貴方はどうすれば勝てるかだけを考えなさい」
天王寺さんの記憶は残っているが、それはサイのマスターでもあるからにすぎない。
身体を起こした大男を見て、拳を握り締めると唇を強く噛み締めた。
「随分と時間が掛かったな」
アイツを倒すためにはどうすればいいのか。
頭に血を上らせたところで、力が沸き出るなんてことはない。
もっと強く。
もっと速く。
自転車であるボクのエミナスには、それができる。
「…………ボクが何を考えてるか、サイならわかるよね?」
(勧めたくなかったけど、仕方ない)
いつもの感覚が蘇る。
サイが返事をした訳じゃない。
深編笠が消えても口を利かないエミナスの声は、自然と心の中に伝わってきた。
「全然問題ないよ。それならボクも戦える」
(かなりの負荷が掛かるから覚悟して)
「うん。わかった」
「…………霊崎君……?」
天王寺さんが不思議そうな目でボクを見つめる。
同じマスターである筈の彼女には、サイの声が聞こえていない。
「それじゃあ、行くよ?」
どうしてもっと早く気付かなかったんだろう。
ボクは大きく息を吸った後で、声を張り上げて命令した。
「ギアを上げろっ!」
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