盗聴と兼任のカサドール

「天王寺さんっ? それに花音ちゃんも……どうし……てっ?」


 ボクとサイの身体に蔓が巻きつく。

 下がってろと言わんばかりに、ボク達は二人の後ろへと運ばれた。


「ごめんなさいね霊崎君。今は貴方の質問に答えるよりも大事なことがあるの。死にたくなければそこから動かないことを勧めておくわ」


 この冷たくあしらう感じは、間違いなく本物の天王寺さんだ。

 オフショルダーのシャツにショートパンツと、初めて見る私服姿のクラスメイトは、腕を組みつつ凛とした態度で答えるなり颯の姿をした運営を睨みつける。


「サーチ。誰だコイツは?」

「天王寺若菜。一月一日に登録。回収数87。所持エミナスは花――」

「もういい。思い出した。誰かと思えばそこで死にかけているエミナスのマスターも兼任した、ファーストのアニミストだったな。のこのこと現れて何をしに来た?」

「初めまして運営さん。大体の話を聞かせてもらった上で、一つだけ質問させてもらうわ。エミナスカップが狂言ということは、優勝賞品である望んだ肉体の付与も嘘なのかしら?」

「肉体の一つや二つ与えることは不可能じゃない。だが貴様らアニミストの使命はエミナスを操り、負のアニマを回収するだけのこと。競い合う必要があると思うか?」

「そう。それを聞いて安心したわ」


 半霊体になっている花音ちゃんの袖から、勢いよく茨の鞭が放たれる。

 その標的は大男ではなく、運営だった。


「貴方を遠慮なく叩きのめすことができそう」

「随分と威勢がいいが、叩きのめされるのは貴様だ」


 運営は手にしていた巨大なナイフ型の武器を振るうと、いとも容易く茨を断ち切る。

 同時に、視界の端で大男が姿を消した。


「!」


 あれは速すぎて見えないんじゃない。

 音もなく突然現れ、サイのスピードにすら容易に追いつく。

 下半身が幽霊のように不定形な時点で、ワープの類だと気付くべきだった。


「気をつけてっ! そいつのエミナスは――――」


 伝えるよりも早く、大男が天王寺さんの背後に瞬間移動する。

 やばい。

 慌てて立ち上がろうとした瞬間、少女は静かに答えた。



「――――興味ないわ」



 頭上から棘の雨が降り注ぐ。

 不意打ちのスコールに、大男が動きを止めた。

 その僅かな隙を突いて、花音ちゃんの蔓がモーニングスターを絡み取る。


「少し大人しくしていなさい」


 遠心力でぐるんと一回転した棘鉄球が、巨体の胴へ豪快に叩き込まれた。

 姿勢を崩した大男に対して、無数の茨が追い打ちを掛ける。

 腕を、足を、胴体を、全てを縛り、ギリギリと締めつけていった。


「一応聞いてあげるけれど、そいつのエミナスは何だったのかしら?」


 隙のない徹底した戦いぶりに、開いた口が塞がらない。

 まるでまきびしでも撒いたかの如く棘だらけになった周囲一帯を前にして呆然としていると、天王寺さんはボクの方を見る。


「随分と大変だったみたいだけれど、間一髪だったわね」

「あ……うん……」

「霊崎君には言っていないわ。私はサイに話し掛けているの」


 消えていくサイを見つめつつ少女は答えた。

 ボク達の身体に巻きついていた蔓から、一本の細い茎が伸びる。

 その茎には棘がついておらず、ピンク色の花が咲いていた。


「今治してあげるから、少し待っていて頂戴」

「な、治すって、そんなことできるのっ?」

「貴方にもしてあげたのを忘れたのかしら? 薔薇の花弁の用途を後で調べておくことね」

「ボクにも…………? あっ!」


 物置で半殺しにされた時のことを思い出す。

 天王寺さんの色仕掛けによってボクのダメージは回復したものの、そもそも性欲すら失われているような状態だったなら精神高揚も何もあったもんじゃない。

 それを認識できる程度にまで回復させたのは、他でもないエミナスの力。花のリラックス効果は医学的にも証明されているし植物は漢方薬としても使われるため、薔薇のエミナスである花音ちゃんが治癒能力を持っているのは当然とも言える。

 それを裏付けるように綺麗な薔薇の花弁が淡く光り出すと、輪郭と断片的な部位を残す程度にまで消滅していたサイの身体が少しずつ再生していった。


「良かった……ありがとう、天王寺さん。でも、どうやってここに……?」

「簡単な話よ。自転車は持ち主を目的地へ移動させるための物でしょう? アニミストがエミナスを呼び出せるように、サイは自分のマスターを呼ぶことができるという訳」

「………………? 自分のマスターを呼べるって言われても、サイのマスターはボクであって天王寺さんじゃないでしょ?」

「霊崎君。ひょっとして貴方、サイの容姿を見てもまだ気付いていないのかしら? もっと頭が回る男だと思っていたけれど、ダメージを受けた影響か随分と鈍いわね」

「え?」

「さっきあの男も言っていたでしょう? サイを生み出したのは私で、彼女は女の子よ」

「ええええええええええええええっ?」


 あまりの衝撃発言に大声で驚くと、サイがパチリと目を開けて起き上がった。

 確かに綺麗な顔といい編み込まれた髪といい、女性と言われた方が間違いなくしっくりくる。今までは深編笠で顔を隠していたし声を聞く機会も一切なかったため仕方ないかもしれないが、天王寺さんに言われるまで全くもって気付かなかった。


「私が何の狙いもなしに、霊崎君みたいな狼男をファミレスに誘う訳がないじゃない。あの時に席を外したのも、化粧室へ行った割には随分長いと疑問に感じなかったのかしら?」

「で、でも、エミナス用のアニマ球は……?」

「前に人助けをしていた時、ある新米アニミストから譲って貰ったのよ。霊崎君のもロックが解除されていなかったら、場合によっては頂戴する予定だったわ」


 確かにアニミストが生み出せるエミナスは一体までなんてルールはなかった。

 ボクの言うことを聞いてくれなかったのは吹き込んだアニマ球の影響じゃなく、天王寺さんというマスターが既にいたからなのかもしれない。


「どこぞの関西人との手合わせなり、私がサイを半霊体にした辺りで気付くかと思ったけれど、会話を聞いていた限りその様子はないし全くもって不甲斐ないマスターね」

「か、会話を聞いてたって、どうやって……?」

「三から七まで監視していると言ったでしょう? 貴方の携帯を預かった時にアニマを抜き取って、通話状態のままサイに持たせておいたわ」


 サイが押し入れを定位置にしていたのも、単にボクを監視するためだったのか。

 妙に電池の消費が速いと思ったが、常時通話状態だったなら納得できる話。ポケットの中に入れていた電池が切れかけの携帯を確認するが、見た目では全くもって判断できない。


「治癒も終わったようだし、そろそろ攻めるわよ」

「わっ?」


 身体に巻きついていた花音ちゃんの蔓が解かれる。

 サイと共にボクも治してくれていたのか、麻痺していた左半身が動くようになった。

 道を開くように周囲に刺さっていた棘が消えると、サイは運営の元へ滑り出す。

 回復できる量には限界があるらしく、再生したのは半分程度まで。未だに全身の至る箇所が消えたままになっている後ろ姿を見守る中、天王寺さんが静かに口を開いた。


「花音がこの場所に留まっていられるのは半霊体の間だけ……時間にして残り五分と、もう一度ニグルムを唱えた十分間が勝負だと肝に銘じておきなさい」

「年に一度の方を使えばいいんじゃないの?」

「わかっていないわね。そっちは指定日をメールで送る必要があるでしょう? 私達が今相手にしているのはその宛先である運営本人なんだから、半霊体になれる保証はないわ」

「そっか……」

「今の霊崎君にできることは、サイの邪魔をしないことだけよ。使命だかなんだか知らないけれど、そんな話を鵜呑みにして足を引っ張るくらいなら大人しくしていなさい」


 確かに霊装すら持っていないボクに戦う術はない。

 しかしサイの邪魔をしない以外にも、力になれることはある。

 天王寺さんに花音ちゃんという心強い助っ人のお陰で、先程までとは打って変わってやる気に満ち溢れていた。

 まだまだ頭は回る。

 エミナス同士の戦いは、相手を知り己を知ることだ。


「秘密を知ったアニミストが、生きて帰れると思うな」


 二本の十手と、巨大なナイフ型の武器が交差する。

 休む間もない立て続けの連続攻撃。

 上下左右から素早く振るわれた十手は、いとも容易く捌かれた。


「その程度か?」


 攻めるどころか、寧ろ押されている。

 エミナスを抑えれば何とかなると思ったが、予想以上の強さに驚きを隠せない。

 アイツは一体何者なんだ。


「まずは霊崎真を狙え」

「!」


 運営がそう言うなり、拘束など無駄だと言わんばかりに大男が姿を現す。

 その身体はモーニングスターの当たった胴体部分だけ微かに消えている程度で、棘や茨によるダメージらしきものは全く見当たらない。

 すかさず花音ちゃんも腕を掲げ、ボクを守るように緑のカーテンを展開した。


「…………?」


 大男の動きが不自然に止まる。

 まるで電池でも切れたかの如く、硬直したまま動かない。

 そしてそのまま何もせずボクの前から姿を消すと、再び瞬間移動して現れた場所はどういう訳か元々いた位置でもある花音ちゃんの茨の中だった。


「ちっ……アートルム!」


 運営の命令により大男が呼び戻される。

 何かがおかしい。

 自由に瞬間移動できるのなら、呪文を使う必要はない筈だ。

 何らかの理由で、瞬間移動が使えなくなった…………?


「……………………」


 運営が使うエミナス。

 頑丈な銀色の身体と、輪郭がない不定形の下半身。

 モーニングスターを武器にして、瞬間移動の如くボク達の目の前に現れる能力。

 天王寺さんが来た時に運営が口にした、サーチという命令。


「!」


 点だった情報の一つ一つが、一本の線になる。

 ポケットの中に入れていた物を確認して、推測は確信へと変わった。


「アートルム!」


 形勢不利になったサイを呼び戻す。

 ボクと天王寺さんは全方位を警戒するように、互いの背中を預けた。


「あの大男が何のエミナスか、わかったかもしれない」

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