質問と暴走のタイトルロール
「じゃあ……あれは天王寺さんのエミナスの力?」
「そういうことよ。あの拷問台に捕まったら行動の自由は勿論、エミナスの場合は能力が一切使えなくなるし、アニミストの場合なら従えているエミナスへの命令を遮断するだけじゃなくて、エミナスを強制的に媒体へ引き戻すこともできるわ」
天王寺さんが指を鳴らすと、呼び出された大量のエミナスが一匹残らず姿を消す。
涙を拭い何度も目を擦るが、決して見間違いなどではなかった。
「凄い……で、でもそんな秘策があったなら、教えてくれても良かったんじゃ……?」
「相手を捕縛できなければ意味がないでしょう? 可能な限り確実に近い状態で捕まえるチャンスを待っていたのよ。敵を欺くにはまず味方から……霊崎君にしては上出来なくらい、油断を誘うには最高の泣きっぷりだったわ」
「は……はは…………」
今になって思えば天王寺さんは物置に隠れていたボクをいとも簡単に見つけ出したが、手錠がエミナスだったなら場所もわかるためバレバレだったという訳か。
周囲を見渡しても拷問台を出現させたエミナスの本体らしき姿はどこにも見当たらないが、警戒心の高い彼女のことだし念には念を入れて隠れさせているのかもしれない。
「さてと、貴方には聞きたいことが山ほどあるの」
「て、天王寺さんっ! 不用心に近づくと危ないよっ?」
「安心して頂戴。それなりに用心はしているわ」
前進する少女を見て、慌てて立ち上がり後を追う。
磔にされている運営は落ち着いた様子で、こちらをジッと凝視していた。
天王寺さんは黒いシャベルを取り出し、運営の心臓に突き付ける。
「私の質問に対して余計なことを口にした瞬間、命はないと思いなさい」
「アニミスト風情が、何を尋ねる?」
「まずは貴方が何者なのか。それと、ここからの脱出方法でも聞いておこうかしら?」
「ふん、くだら――――」
運営が答えている途中で、天王寺さんはシャベルを心臓に突き刺す。
躊躇いなど一切なく、奥深くまでブスリと一突きだった。
「ええええええーっ? て、天王寺さんっ?」
有言実行とはいえ、いきなりは流石に予想外だったため思わず声を上げる。
シャベルが抜かれると運営は喋らなくなり、力なく首をダラリと垂らした。
「何よ? 用心しろと言ったのは霊崎君でしょう?」
「た、確かにそうだけど…………聞きたいことが山ほどあったんじゃ……?」
「あんな態度なら先が知れているわ。余計なことを口にしたら命はないと言ったけれど、仮に余計じゃないことを口にしたところで真実である保証がないなら時間の無駄よ」
理論的には間違ってはいないが、いくらなんでも思い切りが良過ぎる。
まあ今更何を言ったところで、やってしまったものは仕方ない。
「花音も待っているし、さっさと帰りましょう」
「えっ? 花音ちゃんがっ?」
「言ったでしょう? あの子はそう簡単に消えたりしないわ」
「そっか。良かった……本当に良かった……」
無事だとわかった途端に安心したのか、身体から一気に力が抜けた。
媒体に戻れば自然回復するとはいえ、蓄積していたダメージがそれ以上なら消滅は免れない。正直駄目だと思っていたため、これ以上ない吉報にホッと息を吐き出す。
「でも、帰るって……どうやって?」
「鈍いわね。貴方もマスターなら、少しは頭を働かせなさい」
「え? うーん…………あっ! そっか! サイに頼めばいいんだ!」
天王寺さんを連れてきた点から考えても、サイの能力で行き来できることは実証済み。半霊体の状態で媒体に戻ってもらい、ボク達を呼び寄せてもらえば帰れるという訳だ。
脱出方法をちゃんと考えた上で、運営に止めを刺していた抜け目のなさ。最後の最後まで助けてもらったし、アニミストとしてはまだまだ敵いそうにない。
「そういえば天王寺さんって、どうしてボクの自転車にアニマを吹き込んでたの?」
「前にも話したじゃない。貴方にアニミストを辞めてもらうためよ」
「へ? あれって建前だったんじゃ……?」
「本音よ。下手に首を突っ込んで廃人になるくらいなら、何も知らないうちに私の手で資格を剥奪してあげた方がマシでしょう? 勘違いだったと判明した時点で用は済んだから、霊崎君が生み出したエミナスを消すための刺客として吹き込んでおいたのよ」
『さっきも言ったでしょう? 元々貴方にはアニミストを辞めてもらうために刺客を送っておいたのだけれど、予想外の事態が起こったのよ』
『じゃあ、そういうことにしておこうか』
「…………」
勘違いして偉そうなことを言っていた自分が、物凄く恥ずかしくなってくる。
「まさか霊崎君も自転車に吹き込むなんて思いもしなかったし、そもそも一つの媒体に複数のマスターが吹き込めるルールについては知らなかったから正直驚いたわ」
ファミレスでアニミストについて親切に説明する花音ちゃんにお咎めなしだったのは、ボクの話し相手にさせることでエミナスを生み出すための時間稼ぎ。
視聴覚室で襲ってきたのは一日待った訳じゃなく、送りこんでいた刺客がターゲットを暗殺するどころか、事もあろうに従えられている姿を目の当たりにしたから。
「先に吹き込んだマスターである私の命令に従うのは確認できたけれど、霊崎君が他人のエミナスを奪い取る能力を持つエミナスを従えているかもしれないし、まんまと踊らされている可能性も考慮して花音に排除させようとしたという訳」
「用心深いなあ」
「結局わかったのは、貴方がどうしようもない変態であることくらいかしら」
「…………」
「私の邪魔をするつもりもないみたいだったし、サイの能力が何かの役に立つかもしれないと思って放っておいたけれど大正解だったわね」
要するにボクの推理はことごとく的を外しており、こうしてアニミストを続けていられるのは幸運に幸運が重なっただけだったということらしい。
蓋を開ければ酷い話だが、彼女がいなければ間違いなく死んでいただろう。
監視のために携帯のアニマを持たせていたからこそ、ボクの危機を察知してくれた。
そしてサイのマスターだったからこそ、この場所にも来ることができた。
「天王寺さん。助けに来てくれて、本当にありがとう」
「お礼ならサイに言って頂戴。私にSOSを出したのは他でもない彼女よ」
「そっか。サイも、ありがとうね」
(遅い)
「あはは……ごめんごめん。そうなるとサイが一言も喋らないのも、吹き込んだアニマ球が原因じゃなくて天王寺さんの指示だったりするの?」
「ええ。顔を隠して声は出さないよう命令したわ。マスターが女だとバレないための配慮だったけれど、顔を見ても気付かなかった霊崎君には無意味だったかしら?」
「う……」
(鈍感)
「サイまで酷いなあ。切羽詰まった状況だったし、気付かなかったのは仕方ないって」
「…………ところでさっきから気になっていたのだけれど、霊崎君は一体どうやってサイと会話をしているの?」
「え? どうやってって、こう……サイの声が頭の中に聞こえてくる感じで……」
「喋ってもいない相手の声が聞こえる訳ないじゃない」
「そう言われても……ねえサイ。天王寺さんにはできないの?」
(無理)
この辺りは、マスターとの親密度の問題なんだろうか。
サイと会話する度に、天王寺さんから冷たい視線が注がれる。
「そうだ! よくよく考えたらもう隠す必要もないんだし、普通に喋ってみてよ」
(拒否)
「どうしてさ? ボクとしては、サイと普通に話したいんだけど」
(断固拒否)
「あれ……? もしかして怒ってる?」
(別に)
「いやそれ絶対怒ってるよねっ? 性別を勘違いしてたことならこの通り謝るからっ!」
「完全に霊崎君の一人芝居にしか見えないわね。傍から見ていて物凄く不気味よ」
「酷いっ!」
「全く……霊崎君ってやっぱり変わり者ね」
天王寺さんが不敵な笑みを浮かべる。
ボクも釣られて小さく笑った。
「サイ。準備をして頂戴」
投げ捨てた携帯を拾いつつ、天王寺さんが命令する。
ボクも探そうと周囲を見回した際、床に落ちていた運営の武器が目に入った。
やはり、どこかで見たことがある気がする。
最初に持っていたのは、なめしたり小さな穴を開けられそうなヘラ型だった。
次に変化したのは、切るために使いそうなナイフ型。
そして目の前に落ちているのは持ち手部分に○と△と□の穴があり、先端にはギザギザが付いている武器。全体の形状的にはノコギリ型というよりカッター型に近い。
「…………………………」
なめして。
穴を開けて。
切って。
模様をつける。
「!」
脳内にピンと答えが閃いた。
どこかで見たことがあると思ったら、母さんが作った自動小銃のせいか。
しかしそうなると、一つ気になることがある。
運営はどうして、粘土ベラを武器として使っていたんだろう…………?
粘土。
不定形。
姿を変える。
「っ」
嫌な予感がして、慌てて振り返る。
磔になっていた運営の腹部が、ボコボコと怪しく蠢いていた。
天王寺さんとサイは気付いていない。
「危ないっ!」
運営の身体から、蛇のように細長い刃が勢いよく飛び出す。
大声で叫んだが、間に合わなかった。
(――――)
サイの心臓を刃が貫く。
二本の十手が音を立てて落ちた。
「なっ……何をしているのっ?」
天王寺さんが叫ぶと、磔になっていた運営の拘束が強まり首にまで枷が掛けられる。
それでも刃は止まらない。
「封じられるのはエミナスかアニミスト、どちらか一方の力だけのようだな」
母さんでも颯でもない、初めて耳にする声が聞こえた。
転がした粘土の如く伸び続ける刃が方向転換し、天王寺さんへと襲い掛かる。
演技ではない恐怖の表情を浮かべた少女の数センチ手前で、刃がピタリと止まった。
「ほう……まだ足掻くか」
心臓を貫いた刃を両手で握り締め、サイが必死に抑え込む。
消滅が進行した肉体は、既に空気へ溶けるように散り始めていた。
(――――ター……マスター)
「サイ……うん、聞こえてるよ……」
いつもと同じくらい小さな声で答える。
ボク以外の誰にも聞こえることのない、絞り出すような震えた声だった。
(忘れないでほしい……)
優しい微笑みが向けられる。
最初で最後の笑顔を、潤んだ視界で見届けた。
(貴方の声は……ちゃんと届いてる……)
別れの言葉は言わない。
例え姿が見えなくなっても、サイはボクの中にちゃんといる。
ただ最後に少しだけ……ほんの少しでいいから、その力を貸して欲しい。
「……」
サイの足元に落ちていた二本の十手が浮かび上がり、ボクの手中に収まる。
力強く握り締めた瞬間、全身に衝撃が走り何かが弾けた。
「これで貴様らも終わりだっ!」
刃が突き刺さるよりも早く、ボクの身体は天王寺さんの元へ走り出す。
十手を力任せに振り下ろすと、刃の先端は細枝のように折れた。
何て嫌な感触なんだろう。
地面に落ちた刃が溶け込むように消える中、残った部分も立て続けに斬っていく。
再び運営の腹部が蠢いたのを見て、ボクは十手の先端を向かい合わせにした。
「サイ……ありがとう……」
光り輝いた二本の十手が一本に繋がり、本来あるべき姿に戻る。
ハンドルを握る構えから生み出された武器を、剣のようにして構えた。
「霊崎君っ!」
運営の身体からガトリングガンが現れる。
激しい連射による無数の弾丸を、一振りで一気に薙ぎ払った。
磔になっている運営の元に一瞬で踏み込み、ガトリングガンを一刀両断する。
そして枷の掛けられていた首をはね飛ばした。
「貴……様…………」
「まだ息があるのか、糞野郎」
残された運営の身体を、所構わず切断する。
まだだ。
こんなものでは済まない。
「アー……ト……ルム……」
足元で呻き声が聞こえる。
その言葉が何を意味しているのかは、既に分からなくなっていた。
「――――――――」
背後で少女が何かを叫ぶと、拷問台が消滅する。
運営の胴体が地に落ちる前に、心臓を串刺しにしてやった。
物足りない。
心の中で嫌な物が渦巻く。
「ヒ……ヒヒ………………ヒャアアアアアアアアッハッハッハッハアアアアア!」
大きく息を吸った後で、感情のままに言葉にならない言葉を叫んだ。
怒りの咆哮なのか。
哀しみの雄叫びなのか。
最早ボク自身ですら、何もわからない。
串刺しにしていた運営の心臓が消滅しても、心が満たされることはなかった。
「…………キヒッ!」
なんだ。
いるじゃないか。
周囲にいた大量のエミナスを見るなり、歯を剥き出しにして笑う。
止まらない涙を頬に伝わせながら、ボクの身体は群れの中へと飛び出した――――。
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