連絡と遭遇のランダムウォーク
「テスト勉強とか全然だし、今回も超ヤバいんだけど~」
「ってかワークの範囲とか広過ぎで、マジふざけんなって感じじゃない?」
「言えてる言えてる! あれ全部とか絶対に馬鹿っしょ!」
「ね~ね~。この後、図書室で協力プレイしていこうよ~?」
天王寺さんとの一騒動から一夜明けた翌日。クラスメイトの雑談が耳に入ってくる中、ボクはポケットからハンカチを取り出すと、無事に修理を終えた眼鏡のレンズを拭く。
昨日は結局あの後で眼鏡屋に寄り、帰宅後はサイの回復速度が少しでも上がるように自転車のメンテナンス。タイヤへの空気入れは勿論、ブレーキやギア、チェーンの注油などを丁寧にやっていた結果、勉強する時間は全然取れなかった。
「――――で、聞いてくれよー。前に話してたサドルが折れてさー」
「はぁ? サドルが折れたぁ?」
「限界ギリギリまで高くしてたら、裏側にある支え部分がボキッていってよー。マジでビックリしたし死ぬかと思ったわー」
当のサイは視聴覚室で姿を消してから、一度も顔を見せていない。今朝は枕元に立っていることもなかったし、花音ちゃんから受けた傷が未だに治っていないのだろうか。
「…………」
拭き終えた眼鏡を掛けてから、窓の外をボーっと眺める。
校内の負のアニマに手を出さないとなると、回収するなら敷地の外。ただ今から回収を始めたところで、ボクが一回戦を突破できるのかも疑問なところだ。
開催日程について運営に尋ねてみたものの、返事は『お答えできません』の一言のみ。二ヶ月前の颯が痺れを切らすくらいなら終わりは近そうだが、未だに新規アニミストを集めていることを考えるとまだまだ続くという可能性も否定できない。
「えー、皆さんに大事な連絡があります」
色々と悩んでいるうちに帰りのホームルームが始まると、副担任の口から告げられたのは今週になってから体調を崩していた担任が暫く休むという連絡だった。
「総合病院を紹介されて受診したところ,当分の間は安静が必要という診断が出されたそうです。五月に入って間もないですが、今後は私が担任になりますので――――」
それなりに高齢だが元気な担任だったため、具体的な病名を言われないのが少し気になる。仮に精神的なものだとしたら、これも負のアニマが原因だったりするんだろうか。
思考がやたらアニミストに繋がってしまいがちだが、今日こそはテスト勉強に集中するためホームルームが終わるなり図書室へ。空いている席で問題集を広げると、黙々と知識を詰め込んでいく。
昨日と違い人目も多いため、天王寺さんが接触を図ってくる気配はなし。来る途中で駐輪場を軽く確認したが、知らぬ間に三度目の襲撃をされているなんてこともなかった。
「………………」
懸念事項は天王寺さんの他にもう一つある。
勉強が一区切りついたところで、休憩がてら運営が最初に送ってきたメールを確認した。
『この度は第三回エミナスカップに再登録ありがとうございます』
再登録。
すなわちボクは、以前にも一度登録をしていたということになる。
仮にアニミストとして活動していた時の記憶を失っているだけだとしたら、天王寺さんが予想していたように颯を手に掛けたのがボクという可能性も0じゃない。
しかし今回が二度目だとしたら、一体誰の意志で再登録をしたというのか。
一つの可能性としては、記憶を失う前のボク自身による決定。ただそうなるとメールが届いていない颯は、再びアニミストになる選択をしなかったということになる。
天王寺さんに届いたメールには何と書かれていたのか気になるところだが、聞いたところで答えてはくれないだろうし、この辺りも運営に確認しておくか。
『電池残量が少なくなっています』
充電は毎日してる筈なのに、残り15%を切り通知が表示される。昨日も妙に消費が激しい気がしたが、漏電でもしてるんじゃないかと疑いたくなるレベルだ。
気付けば少し休憩するだけのつもりがノートの端に疑問をまとめ始めていたため、図書室での勉強は一旦終了。筆記用具やノート類を鞄の中に戻し、席を立ち上がる。
「…………?」
入り口のカウンター前を通りがかったところで、視界の端が僅かに歪んだ気がした。
足を止めつつ振り返り、反射的に身を強張らせる。
一体いつからいたのか、本棚の角で負のアニマが蠢いていた。
周囲に悟られないよう平静を装いつつ、ゆっくりと息を吐き出す。
駐輪場からここまでは恐らく百メートルもない。
『学校の敷地内は私の管轄だから、手を出さないで頂戴』
すかさずサイを呼び出そうとしたが、天王寺さんの言葉を思い出し踏み止まった。
しかし辺りを見渡しても、花音ちゃんの姿は見当たらない。
「――――」
負のアニマはこちらに気付いたのか、ゆっくりと移動を開始する。
その透明な腕が、直線上にいた女子生徒へ微かに触れた。
「っ」
少女は眩暈を起こしたのかフラっとよろけ、本棚で身体を支えつつ目元に手を当てる。
やっぱり駄目だ。
こんな奴を放っておく訳にはいかない。
このままでは他の生徒は勿論、本や机のアニマも傷つくことになるだろう。
「サ――」
小さな声でサイを呼び出そうとした瞬間、背後から茨の鞭が勢いよく飛んできた。
ものの数秒で絡みつき締め上げられた負のアニマは、形を崩して四散していく。
振り返るとそこには、悠然と図書室へ入ってくる天王寺さんがいた。
「…………」
視線すら合わせることなくボクの横を通り過ぎた少女は、他の生徒から不審に思われるような動きを一切見せないまま、流れ作業の如く負のアニマを回収する。
そんな手慣れた無駄のない仕事っぷりを、思わず呆然として見続けている自分がいた。
「!」
少ししてから我に返ると、黙って図書室を後にする。
ボクでも同じように対処できただろうか。
不自然な動きをして、他の生徒から怪しい目で見られていたかもしれない。
捕縛できる花音ちゃんと違って、サイは取り逃してしまうかもしれない。
そう考えると、手を出さなくて正解だったのだろう。
そして何よりボクが回収しなければ、天王寺さんと争うこともない。
だから、これで間違っていない筈だ。
「わかればいいのよ」
本を片手に図書室から出てきた少女は、すれ違いざまにそう囁くのだった。
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