変態と無敵のストローク

 ――――繰り返そう。

 僕の掌が行き着いた場所は、ムニュっとした柔らかい胸だった。

 というか揉んでいる。

 現在進行形でオッパイングだ。


「○×※△□☆~?」


 声にならない悲鳴が上がり、胸に刺さっていた槍が消滅する。

 パーカーのフードがずれ、眼鏡なしでもわかるほど顔が真っ赤になっていた。


「な……なな…………何を――――」

「ふんっ!」

「ひゃあっ?」


 身を退こうとする花音ちゃんに対し、逃がしはしないと手を取り強引に引き寄せる。

 飛び込んできた幼い身体を、今度は後ろから羽交い絞めにして揉みしだいた。


「や、やめてくだ…………っ」


 パーカーの生地は思っていたより薄く、発育は未熟だが生八ツ橋のようにプニっとした柔らかい胸の感触が掌にフィットしてはっきりと伝わってくる。

 サイズ的には少し物足りないが、思春期である高校生男子の欲求を満たすには充分だ。


「んっ…………あっ……」


 花音ちゃんの口から洩れる声が、やや色っぽいものになる。

 勿論それが精神を高揚させる促進剤になったのは言うまでもなく、既に身体を貫かれたダメージなんてものは忘れてしまうくらいにまで回復していた。

 いくらもがこうとボクが花音ちゃんを触れるのに対して、花音ちゃんはボクのアニマにしか触れないため、このセクハラ攻撃を防御する方法はない。

 敵意を持たれボクのアニマが傷ついたとしても、この状態を維持している限り即時回復できるため無敵。これぞボクの編み出した、対エミナスにおける最終手段である。


「まごうことなき変態ね」

「そんなこと言っても、こうでもしない限り――――」

「その卑猥な顔をこっちに向けないで頂戴。私が孕んだらどうするの」

「えぇ……」


 いくらなんでも、酷い言われようだ。

 まあ罵声を浴びるのはわかりきっていたし、こうなった以上は開き直るしかない。


「何にせよ、まだ続ける気なら次はパンツだよ」


 胸を揉んでいた指をわきわきと動かした後で、なぞるように下へ移動させていく。

 それを聞いた花音ちゃんは、ビクッと身を強張らせた。


「アートルム」


 ボクの腕の中から、花音ちゃんの身体がパッと消える。

 天王寺さんの方を振り向くと、そこには怯えながらパーカーの裾を抑えている少女の姿。目を細めなくてもわかるくらいに頬を紅くしており、高揚だけに紅葉したようだった。


「可愛い女の子の胸を弄り回して満足かしら? 変態のロリ崎君」

「サイを助けられたって意味でなら満足だよ」


 半透明な蔓が徐々に消えていき、拘束の解けたサイが着地する。

 様子を見る限り無事ではあるようだが、締めつけられて傷を負った箇所を中心として半透明な肉体そのものが所々消滅しており、部分的にすっぽりと抜けてしまっていた。


「…………興が削がれたわね。やめにしましょう」


 その言葉を聞いて安心し、ホッと胸を撫で下ろす。

 天王寺さんが投げ捨てられたシャベルを拾う中、ボクは断片的な情報から導き出した仮説を元にして質問した。


「そのシャベルって、エミナスが作った霊装だよね?」

「さあ? どうかしら」

「それ、颯から貰った霊装でしょ?」

「…………」

「颯から聞いたよ。持っている物がわかるかどうか、四月にも同じ質問をされたって。中等部の頃はそれなりに仲良くやってたのに、今は全然話さなくなったとも言ってたけど、それって颯がアニミストじゃなくなったからだよね?」

「仮にそうだとして、何が言いたいの?」


 先程までは饒舌だった天王寺さんが、颯の名前を出すなり不満そうに答える。

 眼鏡無しだと表情までは細かく見えないため颯から貰った霊装かどうかは読み取れなかったが、反応や声色を聞いた限りアニミストだったことは間違いなさそうだ。


「アニミストの記憶が消える理由は色々あるみたいだけど、天王寺さんがボクのエミナスを排除する理由を聞いた時、颯の記憶がないのも天王寺さんの仕業かと思ったんだ」


 最初は親切に振舞うことでエミナスカップの競合相手から情報を引き出し、用が済んだところで消しに来る魔性の女と言われても違和感はない。

 昨日ボクを襲った本当の理由も消した筈である颯の記憶が戻った可能性を危惧し、仲良さそうに話していたアニミストを狙ったということなら筋が通りそうではある。


「でもそうなるとシャベルが見えなかった颯に対して、天王寺さんが怒ってたっていう説明がつかないんだよね。だから颯の記憶を奪ったのは別の誰かで、霊装を貰うくらい仲良しだった天王寺さんはそのアニミストを探してるんじゃない?」


 天王寺さんが颯と話している間、花音ちゃんはボクを監視していた。

 いくら『アートルム』で呼び出せるとはいえ、これだけ用心深い彼女がエミナスのいない無防備な状態で会いに行った点からも、親しい間柄だったことは充分に窺える。

 四月の時には今回と違って、幾度となく聞いたのかもしれない。

 どうして見えないのか。

 本当に何も覚えていないのか……と。


「昨日あんなにもボクを警戒してたのは、颯の記憶を奪った犯人だと思ったからでしょ?」

「探偵にでもなれそうな推理っぷりね。そういうことにしておこうかしら」

「残る謎は今日になってまた襲ってきた理由だけど、ボク達の敵が負のアニマだけじゃなくて天王寺さんが話したような考えを持つ他のアニミストもいるって伝えるためかな?」

「さっきも言ったでしょう? 元々貴方にはアニミストを辞めてもらうために刺客を送っておいたのだけれど、予想外の事態が起こったのよ」

「じゃあ、そういうことにしておこうか」


 例え正解だったとしても、彼女は素直にYESだなんて絶対言わないだろう。中学時代からこんな性格だったとしたら、一緒に活動していた颯はさぞ苦労したに違いない。

 まあやり方はどうあれ心配してくれた訳だし、お礼は言っておくべきなんだろうか……なんて考えていると、シャベルを収納した天王寺さんが口を開く。


「ついでに言っておくと、目をギラつかせて廊下を徘徊している不審者がいたことも予想外だったわね。いつもの伊達眼鏡が無いから気付かなかったわ」

「いや、レンズ入ってるからね?」

「それならアニミストデビューのつもりでコンタクトにしたのかしら? どちらかと言うとデビューじゃなくてデビルね。人相が悪すぎて常人なら逃げ出すレベルよ」

「…………」

「そんな目で見ないで頂戴……この制服、クリーニングに出しておこうかしら」

「ボクの視線は汚れなのっ?」

「汚れね。アンモニア臭がするトイレの黄ばみくらいに嫌な汚れよ」


 日常会話の如く罵詈雑言を吐き捨てられ、言いかけた感謝の言葉を黙って呑み込む。よくもまあここまでポンポンと人を傷つける発言が出てくるもんだ。

 言いたいことを好き放題口にした天王寺さんは、落ちていたアニマ球を拾い上げた。


「霊崎君が何をしようと興味はないけれど、あげると言われた訳だし花音への慰謝料としてこれは貰っておくわ。それと学校の敷地内は私の管轄だから、手を出さないで頂戴」


 その花音ちゃんはといえば、天王寺さんの背後に隠れたまま。マスターに守られるエミナスというのも奇妙な光景だが、先程までの冷酷モードよりは断然お似合いだ。

 くるりと背を向け去っていく少女達は、視聴覚室のドアを前にして立ち止まる。


「………………元アニミストだったのは事実よ」

「!」

「春休み明けに会った時には、アニミストとして活動していた時の記憶だけが綺麗さっぱり消えていたわ。恐らくエミナスを消されたんでしょうね」

「運営からのメールとかも残ってなかったの?」

「綺麗さっぱりと言ったでしょう? エミナスを狙うような輩の存在は過去に何度か返り討ちにしていたから轟君も知っていた筈だけれど、まさか負のアニマの回収を止めると言った矢先にやられるなんて笑えない話よね」

「回収を止めるって、どうして?」

「面白味のない作業と進展しないエミナスカップが退屈で痺れを切らして、情報収集がてら他のアニミストを探しに行こうとしていたのよ。エミナス同士で手合わせした方が楽しいっていう、どこぞの関西弁を喋るアニミストに触発されてね」

「関西弁のアニミスト?」

「私も詳しくは知らないけれど、犯人が霊崎君じゃないとしたらその男が第一容疑者かしら。少なくとも轟君がそこらの雑魚相手に負けるようなアニミストじゃなかったことだけは確かだから、相手はかなりの実力者で間違いないでしょうね」


 天王寺さんはそう言い残し、花音ちゃんと共に視聴覚室を出ていく。

 どことなく寂しげに見えた気がする背中を見届けつつ、ボクは大きく息を吐いた。


「さてと……サイ、大丈夫?」


 相変わらず口を利いてくれないパートナーをチラリと見る。

 ダメージを負って見かけ上は消えていても動く分には支障ないらしく、サイは平気だとアピールするように滑ってみせた。

 今回は何とか危機を脱したが、これから先もあんな戦い方が通用するとは思えない。


「とりあえずボロボロだし、今日は帰ろっか」

「……」


 首を縦に振ることもないまま、サイは身体を癒すべく目の前から姿を消すのだった。

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