ニグルムとアートルムのスペリオール
駐輪場に向かい自転車のロックを外すと、サドルに跨りペダルを漕ぎ出す。
他の生徒に危険が及ぶ前に負のアニマは消えたが、心の中はモヤモヤしていた。
自分を納得させるために合理化しても、その葛藤は拭いきれない。
もしもボクが躊躇せずサイを呼んでいたら、あの女子生徒も傷つかずに済んだ。
本当に天王寺さん一人で、広い学校の敷地内全てをカバーできるのか。
昨日みたいに回収したアニマ球を渡すなら、手伝っても問題ないんじゃないだろうか。
「ふぁ……ふぁ……ぶえっくしょ~い! アホンダラボケカスゥ!」
赤信号で止まると、隣にいたサラリーマンが盛大なくしゃみをする。
余計な単語を付け足すのは人によってありがちだが、随分とまた酷いくしゃみだ。
「ん? ああ、スマンスマン」
「!」
ボクと目が合うなり、サラリーマンは謝るように両手を合わせた。
別に先程の言葉が自分に向けられたものだとは思っていない。
ただ関東圏とは異なるアクセントを聞いて、観察するようにスーツ姿の男を眺めた。
「キミのことやないから、気にせんでええでー」
外見的にはおじさんと呼ぶべきかお兄さんと呼ぶべきか、適する言葉が見当たらず悩む三十代くらいの男。細身かつ長身で、狐みたいに細い目がこちらを見ている。
そしてその口調は、紛れもない関西弁だった。
「…………」
ボクは黙ったまま、ペコリと頭を下げる。
落ち着け。
この人が天王寺さんの言っていた関西人である確証はない。
「ふぁあああ……」
信号が赤から青に変わると、男は欠伸をしながら横断歩道を渡っていく。
仕事帰りのように見えるし、向かっているのは駅の方向。アニミストの性質を考えると尾行しても意味はなさそうだが、ひょっとするとひょっとするかもしれない。
駅に着くまでの十分くらいならと、男を抜き去り少し距離を取った後で自転車から降り、制服のポケットや鞄の中を漁って何かを探すような素振りを見せつつ様子を窺った。
これといって怪しい挙動もないまま、男はボクの方へと歩いてくる。
「――――ニグルム」
何の前触れもなく、数メートル手前まで近づいてきた時だった。
アニミストしか知らない、エミナスを半霊体にする呪文。
思わず耳を疑うが、聞き間違いではないことを示すように男は言葉を続ける。
「アートルム」
呼び出しに応じて現れる、半霊体化したエミナス。
その姿は霊体時に比べると色濃くなっており、人間と比較しても遜色ない。
綺麗な白髪の先端をキューブ型の髪飾りで留めた、地面に着くほど長いポニーテール。
純白と言っても過言ではない、フリルの沢山ついた真っ白なゴスロリ服。
手には薄灰色の手袋を身につけ、ボクと同じくらいの年齢に見えるエミナスだった。
「っ」
どうして気付かれたのか。
半霊体ということは、精神へのダメージだけじゃ済まされない。
相手が半霊体だった場合、霊体状態でも攻撃を受けることはできるのか。
そもそも戦うにしても、サイの傷はどうなってる?
「――――サイっ!」
大量に流れてきた情報に処理が追いつかないまま、反射的に相棒を呼び出す。
ボクの前に姿を現すなり、臨戦態勢に入って十手を構えるサイ。どうやら傷の方は問題ないらしく、消えていた肉体はすっかり回復して元通りになっていた。
――ドクン、ドクン――
緊張で鼓動が加速する中、ゴクリと息を呑んだ。
どうする。
先に仕掛けるべきか。
いや、相手は一目でアニミストを見抜くような手練れだ。
不意打ちどころか先手を取られた以上、こちらから攻撃するのは得策じゃない。
学校付近まで引きつけることができれば、天王寺さんが気付いてくれる。
二人掛かりで協力すればいけるか……?
――ドクン、ドクン、ドクン――
ほぼ初めてに近いエミナス同士の戦い。
負のアニマの回収とは異なり、緊張で手が震える。
相手のエミナスは無表情のまま、これといった動きを見せない。
やがて男がニヤリと笑うと、長い沈黙が破られた。
「こら驚いたでっ! キミ、アニミストやったんかっ?」
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