アラシとフーコのダークホース

「……………………?」


 予想だにしない第一声。

 含みのある言い方ならまだしも、怪しさの欠片もない素のリアクションだった。

 ボクを油断させる作戦かと警戒する中、男はエミナスの頭をポンポンと叩く。


「良かったなフーコ! 新しい友達が増えるで!」

「(ふるふる)」

「嬉しくないんかーい!」


 男は目をキラキラとさせながら、首を横に振ったエミナスに突っ込みを入れた。

 関西人独特のテンションを見せられて反応に困るが、襲ってくる気配はない。


「スマンスマン! まずは自己紹介やな! ワイは嵐山あらしやま言うねん」


 名前を名乗った男は、エミナスと共に歩み寄ってくる。

 相手が進んだ分だけボクは退き、周囲を確認しつつ一定の距離を保った。


「そない警戒せんといてーな! 別に争うつもりはないさかい!」

「…………じゃあ、どうしてエミナスを半霊体にして呼んだんですか?」

「そら帰り道の話し相手が欲しかったからや! 普通に呼ぶと二キロまでしかおられへんやろ? ここから駅までは丁度十分くらいやし、ワイの帰りを待ち詫びてるフーコのことを考えたら、こうして呼んだ方が早く会えて喜ぶさかい」

「(ふるふる)」

「喜んでないんかーい!」


 戦闘とは何一つ関係ない理由を聞かされ、思わず拍子抜けしてしまう。

 まだ完全に疑いが晴れた訳ではないが、話くらいは聞いてみるべきだろうか。


「すいません。まだアニミストになってから日が浅いからビックリしちゃって……ボクはマコトと言います。それとエミナスのサイです」


 念のため偽名を名乗りつつ会釈する。

 万が一に備えて録音でもしておこうかと思ったが、今は携帯の電池が切れかけ。こんなことなら予備のバッテリーを持ってくるべきだったかもしれない。


「よろしゅうなマコト君。ちなみにワイのエミナスはフーコ言うんや。ほれ、挨拶しー」

「(ふるふる)」

「堪忍なーマコト君。フーコ、ちょっと照れてるみたいやねん」

「(ふるふる)」

「こう見えてワイのことが大好きでベッタリな、素直で可愛い子なんやで」

「(ふるふるふるふる)」

「何でそこだけメッチャ首振んねんっ!」


 首を横に振る度、毛先に付いているキューブもろとも長い髪が左右に揺れる。

 サイと同じくらい物静かなエミナスだが、話を聞く限り喋れない訳ではなさそうだ。


「挨拶いうんは人の心! 親しき仲でも礼儀だけは通さなあかんで!」

「(ふるふる)」

「さよか。言うこと聞かない悪い子には、アレするしかないなー」

「はじめましてふーこですよろしくおねがいします」

「は、初めまして」

「偉いでフーコ! 家に帰ったらご褒美や!」


 …………アレって一体何なんだろう?

 娘を溺愛している父親のようにフーコちゃんの頭を撫でつつ褒めるアラシさんだが、対称的な二人の表情を見ている限り、その愛は一方通行に見えなくもない。


「さて、せっかく同業者と会えたんやし話とか色々したいんやけど、良かったら三十分くらい付き合ってもらえへんか? 勿論、時間がないっちゅーなら無理にとは言わんで!」

「えっと……三十分くらいなら大丈夫です」

「おーきに! ほなこんな道端も何やし、そこ曲がった先にあるお寺にでも行こか! ごっつ静かで落ち着く、ええ場所やねん」


 止めていた自転車を手で押しつつ、嵐山さんの後に続く。

 天王寺さんに助けを求めるのが難しくなるし、人気の少ない場所となると一層危険かもしれないが、移動先でこの人が言い出すであろう『色々』を考えれば納得の提案だ。


「嵐山さん。早速なんですけど、一つ聞いてもいいですか?」

「おう! 呼ぶ時はアラシでええで!」

「えっと、アラシさんは轟颯って――――」

「おぉっ? マコト君、ハヤテ君のこと知っとるんかっ?」

「あ、はい。クラスメイトでして」

「そらえらい偶然やな! ハヤテ君はワイの数少ないアニミスト仲間やで! 同じ制服を着とるからまさかとは思うとったけど、クラスまで一緒やったんか!」


 やはり天王寺さんが話してた関西弁の男は、アラシさんで間違いないらしい。

 ただ颯と知り合いだったことを隠す様子もないし、容疑者というのは違和感がある。


「ん? ほならハヤテ君が言うとった仲間ってマコト君かいな? ワイの記憶が間違ってなければ、確か女の子って聞いた気がしたんやけど……」

「あ、それは別の人のことだと思います。もう一人、同じクラスにいるんで」

「三人もアニミストがおるんかっ? そら話も盛り上がって毎日が楽しそうやなー」

「…………いえ、アニミストは二人です」

「二人? マコト君にハヤテ君、それにそのお友達の三人や…………」


 そこまで言いかけて、アラシさんはハッとした表情を浮かべ足を止める。

 とてもじゃないが、演技には見えない反応だった。


「誰か、アニミスト辞めたんか?」

「はい。颯が」

「ハヤテ君がっ? 何でやっ?」

「ボクがアニミストになったのは一昨日ですし、颯がアニミストだったのも昨日知ったばっかりなんで理由までは……ただ記憶を失ってるだけで、本人は元気にやってます」

「…………」

「あの、もし良かったらアニミストだった頃の颯について、どんな些細なことでもいいんで教えてくれませんか? アラシさんが知る颯を聞きたいんです」


 立ち止まっていたアラシさんが、再び歩き始める。

 そして何とも言えない表情を浮かべたまま、ゆっくりと口を開いた。


「ハヤテ君と会ったのは三月の中頃やったな。負のアニマを回収してるところを偶然ワイが見掛けて声を掛けたんや。その後で意気投合して語り合ったんやけど、ハヤテ君の方が先輩やったから色々物知りでな。半霊体のこととかも教えてもらったんや」

「颯がアニミストになったのって、いつ頃だったかわかりますか?」

「確か一月や言うとったで。活動を始めて二ヶ月とは思えないくらいエミナスと息ピッタリでな。名前は迅雷や言うて、格好いい忍者の姿しとったわ」


 何に吹き込んだのかまではわからずとも、隠れオタクである颯らしいエミナスと言える。 例えアニミストとしての記憶が失われても、趣味嗜好は変わらないということか。


「語り合った後はワイの頼みでエミナス同士の簡単な手合わせをお願いしたんやけど、これがまたごっつ強くてな。フーコの完敗やったわ」

「(ふるふる)」

「認めてないんかーい!」


 落ち込み気味だったアラシさんは、空元気ながらもオーバーリアクションで突っ込む。

 話を聞いている限り天王寺さんが想像していたような悪人じゃないみたいだし、いくらなんでも流石にこの人が颯の記憶を奪ったとは考えにくいだろう。


「…………あの、もし良かったらボクとも手合わせしてもらえませんか?」

「勿論、大歓迎やで! 実はワイからもお願いしようと思ってたんや!」


 人気の少ないお寺に移動しているのは、やっぱりそういう理由だったらしい。

 天王寺さんが言っていたようなエミナスを狙うアニミストに備える意味でも、こうした特訓をする機会は滅多にないだろうし、サイの実力も知っておきたいところだ。


「アニミストには一昨日なったばっかりや言うとったけど、そうなるとマコト君はエミナス同士の手合わせは初なんか?」

「はい。負のアニマの回収も、まだ一回しかやってないです」

「さよか。回収っちゅーのは、何や不完全燃焼でなー。あっさり終わり過ぎて面白ないやろ? でもエミナス同士の戦いは、ごっつ熱い気持ちになれるで!」


 そうこうしているうちに目的地であるお寺に到着。落ち着く場所かどうかはともかく、随分と寂れているようで境内は人っ子一人見当たらずガランとしていた。

 アラシさんと一緒に石段へ腰を下ろすと、エミナスの二人は敷地の中央で向かい合う。


「ルールはシンプルで降参言うたら負けや。マスターへの攻撃は当然禁止。フーコは半霊体が切れたら戻ってまうから、もっかい掛け直したらスタートでええか?」

「えっと……質問なんですけど、半霊体と霊体って戦っても大丈夫なんですか?」

「慣れさえすれば、半霊体も攻撃対象を選択できるんや。フーコには霊体の時と同じように攻撃させるから大丈夫やで。そうやないと、お寺を傷つけてまうしな」

「成程。ありがとうございます」

「よっしゃ! フーコ、準備はええな?」

「(ふるふる)」

「できとらんのかーい!」


 和服の裾から十手を取り出し距離を取るサイに対し、フーコちゃんはこれといった武器を用意することもないままボーっと立っている。

 少しして半霊体が解けると、純白のエミナスは目の前からパッと姿を消した。


「ほな始めるで! ニグルム! アートルム!」


 再びフーコちゃんが姿を現す。

 それを見るなり、サイは助走をつけるように勢いよく滑り出した。

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