十手と旋風のカプリオール

「やったれ! フ――――」


 勝負開始から僅か一秒程度だろうか。

 瞬きをする間に加速したサイが、フーコちゃんの目の前に移動する。

 気付いた時には、半霊体の身体を後方へ吹き飛ばしていた。


「……………………」


 強い。

 予想だにしない光景に呆然とする。

 花音ちゃんに拘束された時は抵抗も虚しく一方的にやられていたため、吹き込んだ時の不具合で他のエミナスに比べて弱くなっているのかと思っていた。


「な……何やねん今のはっ? ホンマビックリしたわっ! サイ君、ごっつ速いやんっ!」


 アラシさんも驚いているし、ボクの思い上がりではない。

 高まる期待で、自然と拳に力が入る。


「せやけど、フーコも負けてへんで!」


 ダメージでお腹の辺りが消えたフーコちゃんが、仰向けから元気よく跳ね起きた。

 もう一発お見舞いとばかりに、サイは再び十手を構えて加速する。


「っ?」


 しかし勢い良く吹き飛ばされたのは、フーコちゃんではなくサイの方だった。

 目で追えたのは、エミナス同士が衝突する瞬間まで。

 一体何が起こったのか、大木に激突したサイの身体はフーコちゃんのダメージの受け方とは異なり、全身の至る所へ小さな傷を負ったように消えていた。


「まずは旋風のお見舞いや!」


 フーコちゃんはサイに掌を向ける。

 そして両手の指を少し曲げながら、手首を軸にして左右に振り出した。


「!」


 薄灰色の手袋を付けた指先から、激しい旋風が吹き荒れる。

 空気の塊に巻き込まれた塵が、螺旋を描きながら飛んでいくのが見えた。

 サイが横へ避けると、旋風のぶつかった大木から大量の木の葉が舞い落ちる。


「逃がさへんで!」


 間髪入れずに放たれる二発目。

 風の刃はサイの肩に直撃し、滑走を止めると共に横転させた。


「いくらサイ君が速くても、風より速いっちゅーことはないやろ」

「風……」


 素早く身体を起こしたサイは、左手に持っていた十手を投擲する。

 当然のようにフーコちゃんは避けるが、その逃げた先に右手の十手を投げつけた。


「台風!」


 アラシさんが叫んだ瞬間、フーコちゃんが両手を広げる。

 右斜め上から左斜め下へ往復させるように手を動かすと、周囲に風の障壁が現れた。

 投擲された二本の十手は、純白の少女を中心に展開されたバリアーによって弾かれる。


「さあさあ、どんどんいくで!」


 フーコちゃんの手の動きに合わせて風が止んでいく。

 弾かれた十手を拾い上げたサイを目掛けて、再び無数の旋風が放たれた。


「………………」


 人間では再現できないような、目まぐるしく繰り広げられる攻防。

 特撮というよりアニメに近い戦いに、呆然としながらも黙って見守る。


「さっきから静かやけど、マコト君はサイ君に指示とか出さへんのかいな?」

「指示って言われても、サイが戦ってるのを見るのも初めてみたいなもので……」

「ほなら教えたる! エミナス同士の戦いはな、相手を知り己を知るんや!」

「相手を知り、己を知る?」

「せやで! エミナスは媒体の性質を受け継ぐさかい、どんなエミナスにも得意不得意があんねん! 相手の正体が分かれば弱点を突けるっちゅーこっちゃ!」


 フーコちゃんが操る風に翻弄され、サイの攻撃は届かない。

 確かに向かい風は自転車にとって、苦手とする部類に入るだろう。

 花音ちゃんに拘束された時も一方的にやられていたのは、宙釣りにされたことで車輪が地についておらず、自転車としての力を出せなかったのが原因だったとしたら……?


「逆に相性が悪いゆーても諦めたらあかん! エミナスには無限の可能性があるんや! その力を引き出すのは、他でもないマスターの知識なんやで!」

「ボクが……サイの力を引き出す……?」


 そんなこと、思ってもみなかった。

 フーコちゃんの旋風や台風といった技も、元々はアラシさんが考えたのかもしれない。

 薔薇のエミナスである花音ちゃんだって棘だけじゃなく、蔓どころか根に至るまでありとあらゆるものを武器にしていた。

 それなら自転車であるサイには、一体何ができるのか。


「…………ありがとうございますアラシさん。少しわかったような気がします」


 フーコちゃんの正体は、既に見当がついている。

 そしてその対応策も、今のアドバイスで何となく見えてきた。

 あとはボクの思い描いたことを、サイが実現してくれるかどうかだ。


「さよか。アドバイスはしても、容赦はせんで!」

「サイっ!」


 防戦一方となっているパートナーの名前を呼ぶ。

 そしてフーコちゃんが旋風を放つ前に、最初の指示を出した。


「風を切るんだっ!」


 指先から勢いよく放たれる空気の塊。

 今まで避け続けていた旋風が、突然サイの目の前で弾けた。


「!」


 驚いた様子のフーコちゃんは、続けざまに二発、三発と旋風を打ち出す。

 しかしいくら飛んでこようと関係ない。

 サイが十手を目の前にかざすだけで、螺旋を描いていた風は細切れになった。

 当たり前だ。

 だって自転車は、風を切るんだから。


「なっ…………面白なってきたやないか! それなら台風をお見舞いしたる!」


 好機とばかりにサイが加速する。

 フーコちゃんはすかさず両手を広げ、台風の構えを取った。


「チェーン!」


 ボクは技名を叫ぶように命じる。

 呼応したサイが足を大きく蹴り上げると、スケート靴から銀の鎖が飛び出した。


「っ?」


 攻撃の起点である、フーコちゃんの手が捕縛される。

 単に動きを止めただけじゃない。

 サイの足が鎖を引っ張ると、純白の少女は大きくバランスを崩した。


「フーコ! 竜巻を見せたれ!」


 前のめりになりながらも、フーコちゃんは両手の人差し指を立てる。

 そして縦に向かい合わせて構えると、指をくるくる回し始めた。


「サイっ!」


 まるで心が通じたかのように、ボクの指示よりも早く十手が投げられる。

 狙うべき場所は、風を生み出す手ではない。

 一直線に飛んでいった十手は、フーコちゃんの髪留めに突き刺さった。


「!」


 長い白髪の先端を留めていたキューブを貫いた途端、発生しかけた竜巻が止んでいく。

 硬直したフーコちゃんに向けて、サイは残る一本の十手を構えて加速した。

 高速から放たれる一撃は、斬撃でも投擲でもない。


「っ?」


 予想だにしなかった光景に、思わず目を丸くする。

 文字通りの突撃。

 サイはフーコちゃんの胸に、躊躇いなく十手を突き刺していた。

 エミナスの傷つく、特有の不協和音が響く。

 隣にいたアラシさんが、ゆっくりと口を開いた。


「ここまでやな。フーコ、降参しとき」

「(ふるふる)」

「我儘言うたらあかん。悪い子にはアレやで?」

「こーさん」

「っちゅーことでワイらの負けや。堪忍やでマコト君」

「え……? あ、はい……」


 フーコちゃんの言葉を聞くなり、サイは十手を引き抜く。

 突き刺していた胸部を中心として、その身体は半分近くが消えかかっていた。

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