現実と真実のシュプレヒコール

「………………え?」


 別に聞こえなかった訳ではない。

 あまりに突拍子もない発言のため、思わず漏れた疑問の声だった。


「アニミストという存在は他の無機物同様、-所詮は依り代の一つに過ぎない」

「依り代?」

「本来アニマとは人間に魂として宿るものを示す。人生に満足したアニマは転生する運命だが、時には悔いを残したまま命を落とす人間もいる訳だ」


 不治の病。

 不慮の事故。

 心残りのある寿命。


「そうした負のアニマを浄化し、再び現世に蘇らせる依り代としての力が自然物や用途のある人工物には備わっている。もっとも自然物の浄化する力に比べれば、人工物の力なんてものは無くても困らないような些細なレベルだ」


 生い茂る草木が。

 そびえ立つ山々が。

 負のアニマを浄化し、この世界のバランスを取っていた。


「しかし時が経つにつれ人間の生態は変化する。生きるために自然を破壊し、文化を大きく発展させた。さて、浄化の大半を担っていた自然が減ると負のアニマはどうなる?」

「………………」

「理解したようだな。依り代が不足すれば、負のアニマは往来を蔓延るようになる。そんな世界が続いた結果、世の中は不穏へと変化していった」


 犯罪。

 鬱病。

 自殺。

 数ある社会問題を挙げ連ねた後で、運営はサイを指差す。


「だからといって、何も対策をしなかった訳ではない。依り代そのものに意志を与えることで、次々と根を広げる負のアニマを消し去るための対抗勢力が生み出された」

「それが…………エミナス?」

「皮肉な話だろう? 元々は同じアニマだったにも拘らず、依り代の有無という小さな差異によって、狩る側か狩られる側かを運命づけられるなんてな」

「っ! そんな共食いみたいな言い方――――」

「人間もやっている」


 運営は静かに言い放つと同時に、強い衝撃が走りサイから投げ出される。

 何が起こったのかと顔を上げた時には既に、突然現れた大男の棘鉄球が迫っていた。


「木を切るのと何が違う? 山を崩すのと何が違う? 物を壊すのと何が違う? 人間さえいなければ、こんな腐った世界が生まれることもなかった。そしてその人間を倣ったからこそ、負のアニマを浄化せずに消し去るという決断に至った」


 慌てて転がり直撃は避けられたものの、左腕が嫌な音と共に潰された。

 飛びかけた意識を必死に繋ぎ止める。

 相手は霊体であり精神ダメージだけの筈なのに、左半身がピクリとも動かなくなった。


「別に貴様を責める訳じゃない。ただ失敗作である貴様達アニミストが、全ての元凶である人間の真似事をしている姿は見ていて虫唾が走る」

「失……敗…………作……?」

「依り代が足りないなら増やせばいい。そんな安易な考えから、エミナスという存在が生み出される前に創られたものがある。自然物同様の役割を持つ、人の形をした依り代だ」


 運営がボクを指差すと同時に、モーニングスターの鎖がジャラリと鳴る。

 襲いかかってくる第二撃を前にして全身から血の気が引いた瞬間、サイのチェーンが放たれる音と共に大男が持ち上げた棘鉄球の動きが止まった。


「しかしその結果は、負のアニマの増殖速度に間に合わず大失敗。浄化を諦めて消す方針になったものの、元々がただの依り代に過ぎないエミナスだけでは不十分だった」


 負のアニマを回収するためには、導く存在が必要になる。 

 丁度いい失敗作が、そこにいた。


「アニミストと名付けられていた人形には社会へ溶け込む際に怪しまれないよう、周囲からの認識を変換する能力が備わっていてな。まさに好都合だったという訳だ」

「嘘だ…………そんな話……信じてたまるか…………ボクは生まれた時から今まで霊崎真だ…………両親だっているし……友達だっている…………お前の言う人形なんかじゃない」

「それなら言葉で答えるのではなく情景として、貴様が主張する生まれた時から今までの思い出とやらを想起してみろ。捏造された記憶を覚えていればの話だがな」


 そんなこと簡単だ。

 星の数よりある思い出を忘れる訳がない。


「――――――――――」


 …………あれ?

 ………………どうしてだろう?


「――――――――――――」


 左腕のアニマを潰された影響か?

 そんな馬鹿な話、ある筈がない。


「――――――――――――――」


 言葉としては覚えているのに、浮かび上がってくる映像は真っ白な世界だけ。

 思い出のエピソードの一つ一つが、打ち込まれた文章のように薄っぺらな記憶だった。


「理解したか? 霊崎真という存在は、メールが届く数日前に生まれた。貴様が映像として思い出せるのは本当に生まれた後のことだけ……それ以外の記憶は見聞きした情報を実体験のようにすり替え、周囲の環境に適応しただけに過ぎないものだ」

「…………嘘だ」


 サイを生み出した理由を思い出せ。

 元々は中学入学時に買ってもらった自転車で、当時はサドルを一番低くしてもつま先がギリギリ届くような状態だったけど、今では逆にサドルを一番高くして――――。




『限界ギリギリまでサドルを高くしてたら、裏側にある支え部分がボキッていってよー』




 それなら入学して最初にやった春の課題テストだ。

 三教科いずれも平平凡凡で、颯に負けるくらい――――。




『テスト勉強とか全然だし、今回も超ヤバいんだけど~』




「……………………嘘だ」


 思い出そうとすればするほど、自分の中が空っぽであることが露見していく。

 攻撃を受けた訳でもないのに、不思議と身体は震え始めていた。

 ボクが人間じゃない。

 信じ難い話にも拘わらず、無意識に認めてしまい頭の中が真っ白になる。


「貴様が母さんと呼んでいたこの女は、早くにして夫を亡くした未亡人だ。忘れ形見として認識させていたようだが、父親の姿を思い出すことはできたか?」

「………………………………」

「知りたいことはこれで充分か? 貴様が最後に送信した質問の答えだが、アニミストは新しく創るよりも役立たずな不良品を処分して創り直した方が早く済むからだ」


 運営の身体がぐねぐねと歪み始める。

 魚眼レンズを通して見たように捻じ曲がった後、その形態が変貌していった。


「しかしコイツといい貴様といい、大量生産したセカンドのアニミストはどうにも失敗作ばかりで困る。サードを創る前に修正を施す必要がありそうだな」


 かつてはアニミストだった友人が、吐き捨てるように言う。

 着ている服は勿論のこと、背丈から声に至るまで紛れもなく颯そのものだった。


「大人しくエミナスカップなどという狂言に振り回されて、負のアニマの回収に専念していればいいものを、アニミストの使命も果たさない役立たず共が」


 チェーンの千切れる音がする。

 逃げなければならないのに力が入らない。

 右手だけで起き上がろうとした結果、ボクの身体は無様に横転した。


「終わりだ」


 大男がモーニングスターを振り上げる。


 走馬灯というやつだろうか。



 何一つとして情景は現れないが、時間の流れだけが随分と遅く感じた。




 もう……いいや……。






「――――――――――」






 減速した時間の中で、ボクの目に映ったもの。






 それは身を挺して飛びこんでくるエミナスの姿だった。




 振り下ろされる棘鉄球よりも早く。



 自らの身体を盾にして。


 必死にボクを守ろうとするサイが、そこにはいた。


「………………サ………………イ…………?」


 未だかつてない大きな不協和音と共に、時の流れが急激に戻される。

 前のめりに倒れてきた身体を受け止めた。

 顔を隠していた深編笠が、肉体と共に消えていく。

 露わになったのは色鮮やかな蒼白色をしている、編み込まれた短い髪。

 そして初めて見るサイの顔は、とても綺麗な顔だった。


「…………サイ……? ……サイっ! サイっ! どうして――――」


 何度呼び掛けても、その目が開くことはない。

 いくら身体を揺すっても、肉体の消失は止まらない。


「二人仲良く消えろ」


 大男の容赦ない一撃が迫る。

 サイの身体を強く抱きしめ目を閉じた。








「アートルム!」








 ……。

 …………。

 ………………?

 聞き覚えのある声だった。

 瞑っていた瞼をゆっくりと開ける。

 目の前に広がっていたのは、蔓や茨によって生成された緑のカーテン。

 ボクとサイを守ってくれたその壁は、以前に見覚えがあった。


「お楽しみのところを邪魔して悪いわね」


 声のした方を振り返る。

 そこにいたのは、よく知る二人の少女だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る