急襲と閃光のワームホール

 媒体に宿っている時の回復は思っていた以上に速いらしい。帰宅するなりサイは定位置である押入れの中に引き籠るが、フーコちゃんから受けた傷は大体治っていた。

 母さんは帰りが遅くなると言っていたので、一人で夕飯を済ませると部屋に戻って勉強を再開……する筈が、アラシさんとの手合わせを思い出す度にウキウキしてしまう。


「アニミスト巡り……かあ……」


 旅に出たくなるとまでは行かないものの、他のアニミストがどんなエミナスを連れているのかは考えるだけで妄想が膨らみ、非常に気になるところである。

 学校は天王寺さんの領分だし、今から回収を始めるにしても数ヶ月の差は簡単に埋まらない。それならいっそやりたいことをやる方が面白そうだ。


「あ」


 すっかり忘れていた質問を思い出し、充電していた携帯を手に取る。

 バッテリー残量は僅か5%。結構な時間が経っているにも拘らず全然溜まっていない。


『最初のメールに書かれていた再登録とはどういうことでしょうか?』


 仮に二度目だとしたら、前に回収した分も累積されていたりしないだろうか。

 そんな淡い期待を抱きつつ送ろうとしたところで、タイミング良くドアがノックされた。


「シン君、いる~?」


 陽気ではない普通のノックの後で、母さんが部屋に入ってくる。

 ボーっと考え事をしていて気付かなかったが、いつの間にか帰っていたらしい。


「お帰り」

「たっだいま~。今日はお土産を買ってきたわよ~」

「お土産って?」

「ふっふっふ~。ちょっとあっち向いててくれる?」


 どうせまた、ろくな物ではないだろう。

 言われるがまま机に向き直り、運営にメールを送信した。




 ――――瞬間、サイが飛び出した。




「…………えっ?」


 襖のアニマが蹴破られると共に、背後で衝撃音が鳴る。

 慌てて振り返ると、そこには得体の知れない得物を持つ母さんがいた。

 巨大なヘラとでも言うべきだろうか。

 一方は平坦だが反対側は鋭利な形をしている武器が、サイの十手と交差している。

 瞳に映し出されている光景が、何一つとして理解できなかった。


「ちっ……エクストラクション!」


 部屋の中が強い光に包まれ、あまりの眩しさに目を瞑る。

 瞼を開いた時には、周囲の景色が変わっていた。


「っ?」


 色鮮やかな世界から一転して、暗闇の空間が目の前に広がる。

 小さく細かい光が照らしている辺りは夜空を彷彿させるが、蜃気楼みたいにゆらゆらと揺れており見続けていると酔ってしまいそうだ。

 足元も同じように蠢いており、奥行きがどこまであるのか見分けはつかない。

 握り締めたままだった携帯を確認すると、一応電波は届く場所らしくアンテナマークが表示されているが、出入り口のようなものは一切見当たらなかった。


「……」


 周囲を警戒するように、サイが十手を構える。

 先程までいた母さんの姿は見当たらない。

 そもそも、あれは本当に母さんだったんだろうか。

 携帯をポケットに入れた後で、混乱している頭を整理する。


「この場所へ生きた客を呼ぶのも、久し振りになるな」

「!」


 聞き覚えはあるものの口調の異なる声が聞こえるなり、前方の空間に波紋が生じた。

 まるで繊維にインクが染み込むように、母さんの姿をした敵が滲み出てくる。

 その手に持っている武器は先程と異なり、巨大なナイフのような形状になっていた。


「ここはどこだっ? それに、お前は一体誰なんだっ?」

「そうだな。冥土の土産に教えてやろう」


 そんな返事を聞いた矢先に、不協和音が響き渡る。

 何事かと思った時には既に、サイが吹き飛ばされていた。


「もっとも、話を聞いていられる保証はないがな」


 音もなく現れたのは、半透明な巨漢の男。

 筋肉質な肌を銀色のライダースーツで包み、下半身はランプの魔人みたいな不定形のエミナスが、棘鉄球を鎖で繋いだフレイル型のモーニングスターを手にしていた。


「なっ――――?」


 モーニングスターを持っていない左手が振り上げられる。

 単なる殴打でも、プロレスラーのような体型を考えれば無事では済まない。

 そう頭では理解しているのに、身体が思うように動かず腰を抜かしてしまった。


「……」


 拳が振り下ろされた瞬間、起き上がったサイが素早く間に割って入った。

 十手をクロスさせ、大男の打撃を受け止める。

 しかし力負けしているのか、じわりじわりと押されていく。


「ここはアニミストが生まれた場所。まあ今では役立たずなアニミストの墓場か」


 必死に後ずさりをする中、そんな説明が聞こえてきた。

 目の前では限界が近いのか、サイのインラインスケートから激しい音が鳴り始める。

 耐え切れなくなった細い身体は、フックのようなスイングによって弾き飛ばされた。


「サイっ!」


 見えない地面で二転三転する姿を目の当たりにして、思わず立ち上がり駆け寄る。

 サイはむくりと身体を起こすが、その傷は決して浅くない。

 最初に受けたモーニングスターの一撃と合わせ、既に全身の半分以上が消えていた。


「………………」


 落ち着け。

 アラシさんとの手合わせを思い出せ。

 冷静になって相手を見定めようとしたが、大男は忽然と姿を消した。


「そしてオレは、貴様らがメールを送っていた相手だ」

「っ?」


 突如、目の前に大男が現れる。

 言葉通り、目にも止まらぬ速さだった。

 薙ぎ払うような大振りと共に、モーニングスターの棘鉄球が飛んでくる。

 防御は不可能。

 回避も間に合わない。


「――――――」


 絶体絶命だと思った瞬間、ボクの腕が力強く引っ張られた。

 いきなりのことで関節が軋む。

 しかしそのお陰で、棘鉄球は鼻先を掠めるだけに留まった。


「わっ?」


 今度は身体が持ち上がり、大男から逃げるように動き出す。

 一体誰が助けてくれたのかと視線を下ろし、思わず目を疑った。


「……」


 霊体状態のエミナスは、アニマしか触れることができない。

 物理的干渉はできない筈なのに、ボクを担いでいるのは他でもないサイだった。


「半……霊体……?」


 サイの身体が半透明ではなく、普通の人間同様にはっきりとしている。

 ニグルムは唱えていない。

 しかしながらこうして助けてもらった以上、半霊体であることは間違いないだろう。

 どうしてなれたのかはわからないが、逃げる分にはこの状態の方が好都合だ。

 それより、さっきアイツは何て言った?

 運営?

 どうして運営がアニミストを襲う?


「不意打ちを防いだことにも驚きだったが、随分と出来がいいエミナスのようだな。壊すのは少々惜しいが、例え優秀だろうと役に立たなければ何の意味もない」

「壊すだってっ? お前が運営側の人間だとして、一体何が目的なんだっ?」

「人間だと? 冗談はよせ」


 母さんの姿をした運営は、嘲笑うように答える。

 後に続く言葉を聞いて、ボクは思わず耳を疑った。


「アニミストは人間などではない」






 オレも。




 そして、貴様もな。

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