パンクとハンバーグのコレステロール

 自転車のパンク修理が終了したのは日が沈み辺りが暗くなり始めた頃。体調も少しずつ回復してきたところで、工具と生徒会室の鍵を返してきた天王寺さんが戻ってきた。


「私の時間と労力を浪費させた罪は重いわよ」

「ご、ごめん。ところで天王寺さん、ボクの携帯って……」

「向こうに着いてから返すわ。それよりパンクが直ったのなら乗せていきなさい」

「二人乗りは法律で禁止されてるよ?」

「警察に捕まったら、足首を捻った女子を家まで送ってるとか適当に誤魔化して頂戴」

「えぇ……」


 物置でライト代わりに使っていたボクの携帯を未だに返してくれない天王寺さんは、籠に入りっぱなしだった鞄の上へ自分の鞄を叩きこむようにして乗せる。

 女子との二人乗りは男なら誰もが夢見る青春シチュエーション。密着することでドキドキ度は更にアップするものの、彼女はボクにしがみつく気はないという意思を示すように進行方向に対して横を向く形で荷台に腰を下ろした。


「じゃあ、行くよ?」


 スタンドを上げてサドルに跨り、ペダルへと足をかける。

 二人乗りに慣れていないというのもあるが、体調が戻ってきたとはいえ負荷の大きい運動をできるような状態ではなく、漕ぎ出した矢先にフラついてブレーキを掛けた。


「危ないわね。私が重いとでも言いたいのかしら?」

「べ、別にそういう訳じゃないけど……何か身体が思うように動かなくて」

「当たり前よ。寧ろ動ける方が異常なくらいだわ」


 そう言うなり、天王寺さんはボクの背中に指先を当て動かし始める。

 何を書いているのかはわからなかったが、背中をなぞられるという滅多に味わうことのないむず痒い感触に不本意ながら少しテンションが上がった。


「伝わったかしら?」

「わからなかったんだけど、何て書いたの?」

「変態」

「…………」

「てっきり喜ぶかと思ったけれど、霊崎君はMじゃなくてSなのね」

「何でそうなるのっ?」


 溜息を吐きつつ改めてペダルを漕ぎ出すと、最初は先程同様にフラついたものの速度が上がっていくにつれて安定し、何とか走り出すことができた。


「それにしても、随分と手慣れているのね」

「手慣れてるって、何が?」

「パンク修理よ。生徒会じゃあるまいし、普通はそんな技術身につけていないもの」

「やり方さえ覚えれば簡単だよ。それに今回みたいなこともあるからいざという時にできないと困るし、やっぱり自分で手入れするのって大切だからさ」

「そう。てっきり自転車マニアなのかと思ったけれど、単なる変わり者ということね」

「天王寺さんに比べたらマシだと思うけど? 手錠を持ってる人なんて普通いないよ?」

「いるわね。真冬でも半袖短パンの小学生くらいにいるわ」


 パンクを直せる高校生と、手錠を持ち歩く高校生。どちらが多いか調べたら一目瞭然な気がするが、指摘をしたら倍になって言い返されるだけな気がしたため黙っておく。

 他愛ない話をしながら漕ぎ始めて数分。補導されることもないままファミレスに無事到着すると、天王寺さんは籠から鞄を抜き取り一足先に店の中へ入っていった。


「マイペースだなあ……ああ、今の人のことは帰りに話すよ」


 小声でサイに言い訳しながら鍵をかけると、店内に足を踏み入れる。夕食時ということもありそこそこ混んでいる中、いらっしゃいませと店員さんが明るく出迎えた。

 天王寺さんはどこにいるのかと見渡し、隅のテーブル席に陣取っている姿を発見。隣に例の半透明な少女が座っているのを見て若干驚きつつも、彼女達の対面に腰を下ろす。


「鞄、こっちに置いておこうか?」

「結構よ」


 自分の鞄を空席へ置きつつ尋ねるが、未だに敵視されているのかあっさり断られた。

 テーブルの上に用意されている水の入ったグラスも、天王寺さんと半透明な少女の前に一つずつでボクの分はなし。もう一人来ることくらい伝えてくれても良かった気がする。

 更に注文を決めた天王寺さんは、長居するつもりはないと言わんばかりに何の断りもなく呼び出しボタンをポチっと一押し。到着したばかりでメニューを手に取ってすらいなかったボクが慌てる中、店員さんが小型の端末を片手にやってきた。


「お待たせ致しました」

「ハンバーグステーキのセットと、ドリンクバーを一つ」 

「じゃあ……このフライドポテトを一つ。それと、お水をもう一ついただけますか?」

「かしこまりました。ご注文を確認します」


 店員さんはそつなく復唱した後で、ドリンクバーの説明をしてから去っていく。

 これといって何も注文しなかった半透明な少女をチラリと見るが、グラスが置かれている辺りから察するに他の人には普通の女の子に見えているんだろうか。


「随分と小食なのね」

「実は、あんまり食欲がなくて」

「私があんなことまでしてあげたのに、まだ全快していないなんて相当の変態なのね」


 天王寺さんは淡々と答えた後で、ドリンクバーを取りに席を立つ。

 話せば話すほどイメージが崩れていくクラスメイトが去ったことで、テーブルにはボクと半透明な少女の二人だけが残される形になった。


「えっと、初めまして……で、いいのかな?」

「あの…………その…………ゴメンなさいっ!」

「ど、どうしたのっ?」


 声を掛けるなり、いきなり深々と頭を下げて謝られる。

 理由がわからず困惑していると、半透明な少女は申し訳なさそうな顔を見せつつ答えた。


「な、何と言いますか……私のせいで、色々とご迷惑が……」

「え? ああ、さっきのことなら未だによくわかってないし、別に気にしてもないよ。とりあえずお互いに自己紹介しよっか。ボクは霊崎真。宜しくね」

「か、かのんと言います。花の音と書いて花音です。宜しくお願いします」


 人見知りなのか、半透明な少女は少しオドオドした様子で名前を名乗った。

 天王寺さんと違って素直で礼儀正しいし、幼いとはいえかなり可愛い。恥ずかしがっている仕草も、守ってあげたいという父性を刺激される。


「花音ちゃんは注文しなくていいの?」

「は、はい。私はお水だけで大丈夫ですので」

「そっか。えっと……」


 花音ちゃんについて聞こうとしたところで、天王寺さんが白葡萄ジュースを入れたグラスを片手に帰還。席に座りストローで一口飲んだ後、思い出したように口を開く。


「そうそう。霊崎君に言い忘れていたけれど、花音は私達以外に見えていないわ。私がいない状態で話しかけたりすると、幻覚が見えている不審者の独り言と思われるわよ」

「…………」


 善意ある助言に聞こえるものの、他の人に見えていないなら花音ちゃんの前に置かれている水はボクの分ということ。そしてそんな紛らわしい配置をしたのは間違いなく天王寺さんであるため、やっぱり悪意しかないんだなと再確認する。

 追加で頼んでいた水をタイミング良く店員さんが持ってきてくれたものの、もしかしたら今の今まで頃合いを見計らっていたのかもしれない。男子高校生が壁に向かって独り言をブツブツと話していたら、間違いなく不気味で運ぶのを躊躇うだろう。


「それと霊崎君の自転車をパンクさせたのはこの子だから」

「ええっ?」

「ゴ、ゴメンなさいっ!」

「まあそんな下らない話はさておき、本題に入りましょう」

「下らない話って……」

「霊崎君が一体どこまで理解しているのか、今日あったことを全て話して頂戴」


 しおらしい花音ちゃんが再び頭を下げる一方で、高圧的な態度の天王寺さんは謝る気配など一切見せず、ボクの携帯を取り出した後で質問してくる。

 起床してから今に至るまでの行動全てを馬鹿正直に話したら「そんなことは聞いていないわ」と呆れられそうなので、異変の発端と思わしき放課後の一件から思い出していった。

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