友人と手紙のダイアローグ

 入学してから最初に行われた課題テストでは、三教科いずれも平平凡凡。中間テストで巻き返さなければと思うものの、四限を迎えると空腹で集中力が切れる。

 指先でペンを回しつつ時計を見ると、さっき確認した時から五分しか経っていない。ボーっと窓の外を眺めたりもしたが、この二階からの景色も流石に見飽きた。

 クラスメイト達の方を見ると、ボクと同じように呆けている者や寝ている者が数名。そんな中でふと、隣に座る少女からの視線に気付く。


「霊崎君。これ、轟君からよ」


 日本人形の如く、綺麗に真っ直ぐ伸びた長髪。

 思わず見惚れてしまうような、クールで清楚な印象を受ける整った顔立ち。

 聞いた話によれば絵に描いたような美少女がいるという噂は隣のクラスにまで届いており、入学して一ヶ月程度なのに告白して玉砕した男子もいるらしい。

 どことなく近寄りがたい雰囲気すら感じるクラス委員長かつ生徒会役員の天王寺さんは小声で囁くなり、丁寧に折られた手紙を差し出してきた。


「え……? あ、うん」


 声を掛けられたことに驚きつつ、先生に見つからないよう素早く手紙を受け取る。女子がよくやる定番の折り方だけに、轟君からという単語を聞くまでワクワクしたのは内緒だ。

 ノートを切って作られた手紙を開くと、中にはでかでかと一文だけ書かれていた。


『何 か や ろ う ぜ !』


 …………実に馬鹿っぽい文章だが、これでも課題テストはボクより上位なんだよな。

 手紙を返すにしても、颯の席までは微妙に遠い。最後尾の端であるボクの隣に天王寺さんがいて、彼女の斜め前に颯と、チェスでいうナイトの動きの位置関係だ。

 手紙を送ってきた張本人と目が合うなり「早く返事をよこせ」と言わんばかりのジェスチャーをされるが、真面目に授業を受けている天王寺さんの邪魔をするのは気が引けるためズボンのポケットから携帯を取り出す。


「――――であるから、この文は第五文型。SVOCの形で――――」


 先生が黒板に書いている隙を窺い、右手はノートの上でペンを動かす素振りをしながら、机の下の左手で携帯を操作しメッセージ画面を開くと文章を打ち込んだ。


『別にいいけど、手紙は席位置的に無理でしょ? こっちでやらない?』


 メッセージを送った後で、ポケットに戻そうとした携帯が手の中で震え出す。

 妙に速い返事だなと思いつつバイブを止め、再び先生の目を盗んで画面を確認した。


『登録が完了しました』


(……ん?)


 送り主は颯じゃない。

 登録されていない宛先から届いたのはメッセージではなくメール。それもアルファベットと数字が適当に羅列しているだけの、初期設定みたいな怪しいアドレスだった。

 謎の件名に眉を顰めつつも、一応メールを開いてみる。


『この度は第三回エミナスカップに再登録ありがとうございます。エミナス用のアニマ球につきましては、このメールを受信した後でお手元に届くよう手配して――――』


 こんなものに登録した覚えはないため、恐らくは架空請求の類だろう。

 ただ少し気になるのは、この手の迷惑メールに付き物である筈のリンクがないこと。最下部まで軽く確認してみたものの、文章が長ったらしく書いてあるだけだった。


「霊崎君」

「ん?」


 不意に天王寺さんに話しかけられ、慌てて携帯をポケットに入れる。

 一体どうしたのかと思えば、彼女が手にしているのは先程と同じ折り方がされた手紙。チラリと颯を見ると、ボクのメッセージを読んでいないのか親指をグッと上げられた。


「なんかごめんね」

「いいえ、気にしないで頂戴」


 申し訳なさから天王寺さんに謝りつつ、手紙を受け取った後で中を開く。


『俺達の間に若菜がいることが重要なんだっての! 手紙を中継させることで「さっき何を話していたの?」みてえな会話イベントが発生するかもしれねえだろ?』


 どうやらメッセージを見てないのではなく、颯なりに考えた行動だった模様。会話イベントという言い回しをする辺り、相変わらずのオタク脳である。

 天王寺さんを若菜呼ばわりなんて何様だと突っ込むのはさておき、そういう考えならとノートの端を破って手紙を作成。こういう心理的な駆け引きはボクの得意分野だ。


「ごめん天王寺さん。これ、颯にお願いしていい?」

「ええ。わかったわ…………?」


 天王寺さんは紙を受け取った後で、目の色を僅かに変えた。

 ボクが渡した手紙には、ちょっとした二つのポイントがある。

 一つ目は折っていないため、中身が見えるようになっていること。

 そして二つ目は彼女の目に入るように渡した、その内容だ。



『一日に二回、一年に一回しかないものといえば?』



 要するに、クイズである。

 こうしたシンプルな問いかけは意外と答えが気になるものであり、それは優等生の天王寺さんでも例外じゃない。寧ろ彼女のような授業に余裕がある人間こそ興味を示す筈だ。


「…………」


 天王寺さんは颯に紙を回した後で、ペンを口元に当てて考えるような仕草を見せる。

 その様子を横目で確認した後、ボクは机の下でメッセージを打ちこみ送信した。


『授業後に答えを聞かれるイベントが確率で発生するから、颯も頑張って考えてね』


 渡された手紙を見て首を傾げていた友人は、その後に送られてきたメッセージを確認するなり、こちらをチラリと見てからニヤッと怪しげな笑みを浮かべるのだった。

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