会話と黒い球のプレイボール

 クイズを出してからは手紙が回ってくることもなく、やがてチャイムと共に授業が終わり昼休みを迎えると、クラスメイトの数人は購買に向かい残った面々は弁当を出し始める。

 ボクも買いに行こうと立ち上がった瞬間、背後から何者かに両肩をガシッと掴まれた。


「マッコトー! 飯食おうぜ、飯! さっきの続きでもしながらよー」


 わざとらしく大きめの声で話す颯だが、全くもって白々しい演技だ。

 天王寺さんの興味を引かせる作戦のつもりだろうが、隣にいた少女は特にこちらを気にする様子もなく黙って教室を出て行ってしまった。


「建前はそれくらいにして本音は?」


 眼鏡をクイッと上げつつ、肩を掴む力が弱くなった友人に改めて尋ねる。

 颯は空いていた前の席にどかっと腰を下ろした後で、ボクの机の上に傷だらけの弁当箱を乱暴に置いてから満面の笑顔を見せつつ小声で答えた。


「今すぐクイズの答えを教えねえと、お前の顔がこの弁当箱みてえになるぞ?」

「怖っ! 超怖っ!」


 勿論冗談だろうが、颯の見た目だと洒落にならないので尚更怖い。もしも第三者が聞いていたら、ひ弱な眼鏡男子を脅すヤンキーだと間違いなく答えるだろう。


「なあマコト。この手が何を握り締めてえかわかるか?」

「んー、輝かしい未来? あ、それとも彼女の手とか夢のあることを言っちゃう?」

「ニヤニヤしてるお前の顔だっ!」

「ほべっ! ほめんほめん。はらひて」

「俺が授業中、どれだけ必死になって考えたかわかるかっ?」

「考えたって、彼女のことふぉおおおおおおおっ? ヘゥプッ! ヘルプミーッ!」

「悪いのは頭かっ? この頭が悪いのかっ? クイズのことに決まってんだろうがっ!」

「痛い痛いっ! ギブギブギブっ!」


 それなりに手加減はされているが、側頭部を締め上げられズキズキとした痛みが走る。

 クラスメイトの視線が集まり始めると、颯はようやく手を離してくれた。


「あ痛たた……仕方ないなあ。じゃあヒントを一つ」

「もしそれでわからなかったら?」

「あんパン奢りで」

「グーパン奢りだな」

「奢られたくないっ!」


 羞恥心からか、言動と行動がやけに攻撃的な颯。痛い目にあっているボクの身にもなってほしいが、こちらも少し悪ノリし過ぎたので真面目に話を聞くことにした。


「そもそも颯が望む会話イベントっていうのは、どういうものをイメージしてるのさ?」

「別にそんな大それたことじゃねえよ。単に話すきっかけが欲しかっただけだ」

「話すきっかけって、普通に声を掛けるんじゃ駄目なの?」

「そうじゃねえんだよ。何かよくわからんが、知らない間に怒らせちまったっぽくてさ」


 妙に歯切れの悪い言い方だが、その原因は間違いなく颯にある気がする。

 勝手なイメージではあるが好きな女子に意地悪をする小学生みたいなことをやりそうだし、何かしら彼女の気に障ることをした可能性は充分に高い。


「まあ理由はどうあれ、話をしたい……と」

「そういうこった。とにかくヒントでも何でもいいから、さっさと教えてくれよ」

「うーん、問題をよく読むことが大切かな」

「一日に二回、一年に一回しかないものといえば?」

「そうそう。じゃあボクはお昼を買いに行ってくるから」

「ちょっと待て。ヒントってそんだけか?」

「とりあえずはね。答えがわからなかったら他のヒントも教えるよ。ジュース一本で」

「ヘッドシザース一本か。仕方ねえな」

「プロレス技だよねそれっ?」


 不満そうな颯は弁当を食べながら、問題が書かれた紙とにらめっこする。

 ようやく解放されたボクは教室を後にすると、何を食べるか考えつつ購買へ向かった。


「あれ?」


 学ランの左ポケットから財布を取り出そうとした際、違和感を覚えて足を止める。

 一緒に入れていた筈の、自転車の鍵が見当たらない。

 右ポケットを調べてみるが、出てきたのはハンカチとティッシュと家の鍵だけ。焦りながらズボンのポケットを探ると、指先に携帯とは異なる球体の感触が伝わってきた。


「…………?」


 何かと思い取り出すと、手にしていたのはピンポン玉より一回り大きな黒い球。身に覚えのない代物を前にして不思議に思いつつも、摘むように持ってまじまじと観察する。


『カチッ』


 重量感の一切ない球から、不意にスイッチを押すような小さな音が鳴った。

 人差し指の触れていた箇所が小さく凹んだため確認すると、そこだけ星型の模様がうっすらと刻まれている。ノック式のボールペンのような感覚だったが、もう一度押したり他の部分を触ってみても黒い球は凹んだままで元の形には戻らなかった。


「…………」


 何だかよくわからないが、とりあえず今は自転車の鍵を探す方が先決だろう。

 得体の知れない謎の球をポケットに戻しつつ、鍵を抜き忘れた可能性を考慮して昇降口へ。靴に履き替えて早足で外へ出ると、駐輪場と向かい合わせになっている花壇の前には天王寺さんがいた。


「あら、霊崎君」


 片手に黒いシャベルを持ち、花壇の花をボーっと眺めるように立っていた少女は、こちらに気付くなり少し驚いたような表情を浮かべつつ声をかけてくる。


「天王寺さん? 何してるの?」

「ちょっとした生徒会の仕事よ。霊崎君こそ、こんな所に用事でもあったのかしら?」

「実は自転車の鍵が見当たらなくて、確かめに来たんだけど……あっ!」


 花壇のすぐ近くに止めていたサイを見て、ホッと胸を撫で下ろす。予想通りロックを掛けておきながら抜き忘れたらしく、鍵が挿さったままになっていた。


「探し物は無事に見つかったみたいね」

「うん。ありがとう」


 鍵をポケットに入れつつ、こちらをジッと見つめる天王寺さんに礼を言う。お昼も食べずに仕事を優先する辺りといい、外見だけじゃなく内面まで魅力満点の優しい子だ。

 せっかくだし軽く世間話でもしようかと思ったが、颯のために撒いた種を自ら回収しては元も子もない。クイズのことを尋ねられる前に退散するとしよう。


「霊崎君。ちょっといいかしら?」

「うん。どうしたの?」

「さっきの授業中、霊崎君が轟君に渡していた手紙について尋ねたいのだけれど」

「え? あー、あれのこと?」


 釣り糸を垂らして一発目に大物がヒットした気分って、こんな感じなんだろうか。

 作戦が狙い通りに成功して嬉しい一方、颯のいないこのタイミングで食い付いてこられるのは非常にまずいため、時間を稼ぎながら誤魔化す方法を考える。


「あー、いや、何て言うか…………その、実はあの手紙はボクが書いたんじゃなくて、颯から渡された物をそのまま返したんだ。折り畳まれた手紙の中に入っててさ」

「つまりあれを書いたのは、轟君ということかしら?」

「そういうこと。ボクにはわからなかったから、答えが気になるなら颯に聞くといいよ」

「…………そうなのね。引き止めてごめんなさい。詳しくは轟君に聞かせてもらうわ」

「うん。そうするといいよ。それじゃ!」


 我ながら咄嗟に考えた嘘としては、満点をあげてもいいくらいの出来だ。

 しかしこうなると、颯には一刻も早く答えを知ってもらう必要がある。完璧な仕事をこなしたんだし、あんパンの一つくらい奢ってもらっても良いだろう。

 そんなことを悠長に考えながら、ボクは意気揚々と校舎に戻る。

 この時はまだ、自分の置かれている状況に気付いてなかった。

 今回の場合、すっかり忘れていたというべきなのかもしれない。

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