茨とブラフのダンボール
「その子は――――っ?」
尋ねようとした瞬間、ドアの傍から半透明な蔓や茨が大量に現れる。
まるで逃がさないとばかりに、植物の壁が出入り口をあっという間に覆い尽くした。
理解できない現象を前にして、目を疑わずにはいられない。
「質問しているのは私よ」
こちらの言葉には一切耳を傾けず、彼女は蔑むような目でボクを見る。
その視線に思わず退くと、背中が窓ガラスにぶつかった。
「お……落ち着いてよ。正直に言って、天王寺さんが何を言ってるのかさっぱりなんだ。事情はわからないけど、ボクの身の潔白を証明するにはどうすればいいのさ?」
「身の潔白? 既に真っ黒な貴方が何を言っているの?」
話を聞いてもらえない以上、説得するのは不可能だ。
だからと言って、このままでは確実に五体満足では済まされない。
理由は全くもってわからないが、彼女はボクに何かを求めながらも警戒している。
この窮地を脱するには、それを最大限に生かすしかない。
「………………」
ドアは塞がれている。
窓から脱出するにしても、そう簡単に逃がしてはくれないだろう。
チャンスは一度きりだ。
「…………はあ……わかったよ」
今までの怯えた様子から一転して、降参とばかりに両手を上げた。
オーバーリアクションな溜息によって二人の視線を上半身に向ける一方で、気付かれないように革靴の踵を壁に擦りつけて脱ぎかけの状態にする。
そして悪の親玉の如く、余裕のある笑みを浮かべながら答えた。
「でも、後ろには気をつけた方が良かったね」
指をパチンと鳴らした瞬間、天王寺さんと半透明な少女が素早く背後を確認する。
二人が目を離した僅かな隙を突いて、靴投げの要領で革靴を勢い良く蹴り飛ばした。
「「!」」
ブラフだと理解した少女達が窓から逃げようとするボクに気付くが、あらぬ方向へ飛んでいった革靴がダンボール箱に衝突する音に反応して身構える。
この機を逃す訳にはいかないと窓枠に足を掛け、勢いよく外へジャンプした。
「~~~~~~」
思っていた以上に高い。
土の地面に着地した瞬間、足の甲の部分にビリッとした痛みが走った。
しかし痛がっている暇はない。
慌てて立ち上がると、手錠をかけられ靴が片方ないままの状態で全力疾走する。
少ししてから周囲を確認するが、二人が追いかけてくる気配はなかった。
「はぁ、は……けほっ、けほっ」
それにしても、一体何が起こっているというのか。
手掛かりになりそうなのは、天王寺さんが口にしていた四つのキーワードだけだ。
・アニミスト
・轟君
・裏ルール
・エミナス
轟君というのは、間違いなく颯のことだろう。
それ以外の三つについては、心当たりが一切ない…………筈だった。
「…………エミナス……?」
思わずポツリと声に出す。
その単語を、ボクはどこかで見たことがある気がした。
『この度は第三回エミナスカップに再登録ありがとうございます』
「!」
そして思い出す。
慌てて携帯を取り出そうとするが、天王寺さんに見つかった場合を考えるとここはまずい。どこかに隠れる場所はないかと周囲を見渡し、視界の端に小さな物置を見つけた。
校庭にある体育倉庫と比べると半分くらいの大きさしかない物置に駆け寄ると、扉には頑丈そうな南京錠。しかしながら引っ掛けられているだけで、鍵は掛かっていない。
錠前を取り去り中へ入ると、埃っぽい空気が立ち込めている。どうやら行事等で使われる用具の収納場所らしく、折り畳み式のテントやパイプ椅子が所狭しと置かれていた。
扉を閉めて完全な暗闇となった物置を、携帯のライトで照らして奥へ。用具の固まりの中へ身を隠すように腰を降ろすと『登録が完了しました』と書かれたメールを確認する。
この度は第三回エミナスカップに再登録ありがとうございます。
エミナス用のアニマ球につきましては、このメールを受信した後でお手元に届くよう手配しておりますので、そちらの方もご確認ください。
では、お受け取りになられた後の説明をさせていただきます。
アニマ球の頭頂部にはスイッチがあります。押すことでロックが解除されますので、吹き込みたい物の傍に置いてから媒体名をこのメールに打ち込んで返信してください。
以上がエミナスを生成するまでの流れになります。
後はエミナスの力を駆使して、負のアニマの回収に専念してください。負のアニマに関しましては、このメールの受信をもって視認可能となっております。
追って連絡する期日までに回収した数の上位五割が、エミナスカップ二回戦進出です。
優勝者には望みの肉体が付与されるため、奮ってご参加ください。
その他ご不明な点等ございましたらエミナスに尋ねるか、メールにてお気軽にお問い合わせください。
ご健闘をお祈りしています。
「…………」
何だこれ?
本文を一通り読んだ後の感想は、それ以外の何物でもなかった。
聞き慣れない単語が多すぎて、いまいち理解できない。
ただメールの内容全てが意味不明だった訳ではなく。断片的に心当たりがある。
知らぬ間に携帯と一緒にポケットの中に入っていた球を取り出した。
「あれ?」
昼休みに見た時は真っ黒だった球が、どういう訳か灰色になっている気がする。
照らしているライトのせいでそう見えるだけかもしれないと、今は気にせずにメールを再確認。そして天王寺さんが言っていたことを思い出した。
『既に貴方がアニミストである裏は取れているの』
アートをする人ならアーティスト、ベースを弾く人ならベーシスト。接尾にISTを付けた場合『~する人』という意味になることくらい、勉強が苦手なボクでも知っている。
それなら、アニミストとは一体何なのか。
例に倣えばアニメを見る人の総称を表しそうな単語ではあるが、仮にメールに書かれていた『負のアニマの回収』なる行為をする人という意味なら筋が通りそうだった。
「……………………」
目の前で不可解な現象を見せられた以上、エミナスの生成とやらを試す価値はある。
スイッチは球を見つけた時にうっかり押してしまっていたため、頭頂部が凹んだままであることを改めて確認した後でメールの返信画面を表示させた。
後は適当な物の傍に置いて、その名前を打ち込むだけ。何にするべきか自分の周囲を見渡していると、いきなりガタンと音を立てて物置の扉が開かれる。
暗闇だった空間に真っ赤な夕日が差し込み、その眩しさに目を細めた。
「かくれんぼは終わりよ」
逆光に照らされたシルエットから発せられた声を聞いて、全身から血の気が引く。
どうしてここがわかったのか。
驚くボクの目の前に、生徒会室で蹴り飛ばした革靴が放り投げられた。
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