美少女と手錠のプロポーズ
やけに硬い質感を背中に感じて、ゆっくりと目を開く。
視界に入ったのは白をベースに黒い線の模様が描かれている、学校独特の天井だった。
「…………?」
上半身を起こし立ち上がると、開かれたままの窓から見えたのは何の変哲もない校舎の壁。クラスで見ているのと同じ二階からの景色だが、普段とは異なるアングルだ。
「目が覚めたみたいね」
「っ?」
不意に背後から声をかけられ、ビクッと驚きつつ慌てて振り返る。
普通の教室とは異なる、やや細長い間取り。
一箇所しかない出入り口と、黒板の代わりに置かれているホワイトボード。
壁には沢山のファイルが入っている本棚と、ごちゃごちゃと物が詰められたダンボール箱が山積みになっており、部屋の中央には長机がくっつけて並べられている。
そんな部屋の中で天王寺さんが一人、ブックカバーの付いた文庫本を読んでいた。
「………………」
不覚にも、その姿に見惚れてしまう。
夕日の差し込む中で読書する少女は、言葉では言い表せないくらい絵になっていた。
「口を開けたまま固まって、どうしたのかしら?」
「え……? あっ…………」
指摘されて、ようやく我に返る。
顔を上げつつ不思議そうに尋ねた少女は、栞を挟み文庫本を閉じると鞄に入れた。
「て、天王寺さん、どうしてここに…………っていうか、ここって……?」
「生徒会室よ。ここなら誰にも邪魔されないでしょう?」
邪魔されないという言葉に違和感を覚える中、天王寺さんはゆっくりと立ち上がる。
そしてボクに歩み寄りながら、長く綺麗な髪をかきあげつつ口を開いた。
「霊崎君に、どうしても聞きたいことがあるのよ」
「き、聞きたいことって?」
普通に話すよりも、一歩近い距離。
パーソナルスペースに踏みこんできた少女は、こちらをジッと見つめる。
「っ?」
不意にボクの両手が握られ、柔らかい感触が伝わってきた。
左手には右手が、右手には左手が触れると、重ねるように両手で優しく包み込まれる。
ゴツゴツした男子の手とは異なる、ふんわりとしたシルクのような肌触りだった。
「て、天王寺さんっ?」
自然と鼓動が高鳴っていく。
夕日に照らされた誰もいない生徒会室で、可愛い女子と二人きり。
夢でも見てるんじゃないかと思いたくなるシチュエーションだが、紛れもない現実だ。
「ねえ、霊崎君」
「は、はいっ!」
「そこに置いてある物、何かわかるかしら?」
天王寺さんはボクの両手を握り締めたまま、チラリと長机を見る。
そこに置いてあったのは、彼女が昼休みに持っていた黒いシャベルだった。
「何って、シャベルじゃ――――」
「はい確保」
そう言われるなり、妙な感触と共にガチャリと金属音が響く。
視線を下げると、ボクの両手首には銀色に輝く手錠が掛けられていた。
「…………へ?」
「中々目を覚まさないせいで、すっかり夕方になってしまったわね」
「て、天王寺さんっ? 確保って……えっ? ちょっ、どういうことっ?」
「ねえ霊崎君。手錠ってどういう人に掛けるか知っているかしら?」
「え? は、犯罪者……?」
「残念、外れよ。正確には容疑者ね。それじゃあ貴方に手錠を掛けた私は誰でしょう?」
「け、警察とか?」
「何を言っているの? 天王寺若菜に決まっているじゃない」
「そ、そうだね…………って、そうじゃなくて! 意味が全然わからないよっ?」
状況が分からず混乱するボクとは対称的に、天王寺さんは淡々と答える。
そして長机の上に置かれた黒いシャベルを手に取るなり、呆れた様子で溜息を吐いた。
「随分と余裕そうね。先に言っておくけれど、恍けたところで時間の無駄よ。貴方がアニミストである裏は取れているし、何も知らないとは言わせないわ」
「アニミスト……?」
「答えなさい。どうして轟君に裏ルールのことを話していたのかしら?」
「裏ルールって、何のことを言っているのか――――」
わからないと言うよりも先に、天王寺さんが大きく踏み込んでくる。
そして持っていた黒いシャベルを、躊躇いなく振り抜いてきた。
「わっ?」
首元を通過する、弧を描いた軌道。
咄嗟に身体を仰け反らせたが、避けきることはできず先端が首元を掠める。
不思議と痛みはなかった。
「――――――――」
感じたのは背筋がゾッとする悪寒と、三半規管を狂わされたような気持ち悪さ。
この嫌な感覚は初めてじゃない。
脳裏によぎったのは、花壇で出会った歪みの存在だった。
そもそもボクは何故、この生徒会室で横になっていたのか。
呼び起こされた記憶に、一転して緊張感が高まる。
「ちょっ? ちょっと待って! 話をしよう!」
「そうよ。貴方は知っていることを全て話せばいいの」
「だから知ってることって言われても、ボクは何も――――」
「恍けても無駄と言ったのが聞こえなかったのかしら?」
天王寺さんが黒いシャベルを上から振り下ろす。
ボクは反射的に手錠の鎖で受け止めようと、両腕を高く上げた。
「っ」
シャベルを持つ少女の動きが不自然に停止する。
まるで攻撃するのを躊躇うように、振り下ろした腕をピタッと止めた。
その隙に後方へと下がり、天王寺さんと距離を取る。
「シラを切るつもりなら、貴方のエミナスを引きずり出すまでよ。やりなさい、花音」
天王寺さんが声を上げると、物陰から小さな女の子が現れる。
パッと見た雰囲気は小学校高学年くらいに見える小柄の少女。明らかにサイズが合っていない薄緑色のパーカーに身を包んでおり、長すぎる袖がダラリと垂れ下がっていた。
フードから覗かせる短髪は赤とピンクが混じった珍しい色で、丈の長いパーカーから伸びている細い足には茶色のストッキングを履いている。
そんな謎の少女だが、何より違和感を覚えたのはその全身だ。
透けている。
身体が半透明というより、洋服を含めた少女そのものが半透明だった。
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